第19話 今後の方針

 結局、数分待っても、京華はスヤスヤと寝入っているだけだった。乙葉がどんなにその頬をつねっても、起きる気配は全くない。睡眠薬の効果は抜群のようで、京華はずっと膝枕の状態でその身を預けていた。


 乙葉は改めて親友の顔を上から覗き込む。こうやって大人しくしていれば、ただの普通の女の子にしか見えなかった。だが、今の乙葉はこの親友を同性として支える立場でしかない。その事実に内心で何やらモヤモヤした感情を抱いていると、ここで悠馬が急に口を開いていた。


「……ふむ。そろそろ話を再開しようか。繰り返すが、実は水城浦家の方からも、直々に通達を受けていてね」

「おばさんから……」

 乙葉がおもむろに視線を向けると、生徒会長は小さく頷く。


「和泉君の方には極秘のミッションがあるから、そちらの方を優先的に手伝ってほしいという依頼を受けているのだよ」

「極秘のミッションって……」


 あまりにも仰々しいと思ったが、過剰に反応して向こうの興味を刺激することも得策ではなかった。そのため、乙葉はそこで沈黙してしまう。ただ、一方の悠馬は相手の心理を既に看破していたようで、柔和な笑みで断言していた。


「これも繰り返すが、私は自分の野望以外に興味はない。必要以上に介入する気はないので、安心したまえ」

「何かもう……いっそ、清々しいです……」

「誉め言葉として受け止めておこう」

「やめてください全く褒めていません……」


 乙葉が本気で嫌がっている。その事実に気づいて、生徒会長は思わず咳払いをしていた。

「……んん……! とにかく、和泉君に協力して、水城浦君をこの学園生活で立派なレディへと導くように依頼をされている」

「!」

「私が関与できるのは、この一年間だけだ。もう三年の身なのでね。卒業までに完遂できればいいのだが……」


 そう言いながら、乙葉の膝の上にある顔を確認。その後、この人物には珍しいことなのだが、思わず溜息をしていた。

「……彼女の性格矯正には骨が折れそうだ……」

「……その点に関してだけは同感です」

 乙葉が思わず頷いていると、一方の生徒会長は相手に意識を向け直す。


「やはり、性根の部分からの是正が必要であろう。その点について、和泉君は何か妙案でもあるのかね?」

「それは……」

 一方の乙葉が視線を泳がせていると、悠馬はここでしたり顔になっていた。


「私は……やはり、日本人としての原点に立ち返ることが一番だと思う」

「!」

「幸い、この碧央学園には武道に関連する部活動が揃っている。そのどれかに所属してはどうだろうか?」

「武道……」

 乙葉もその単語を口にして何事か考え込む中、一方の生徒会長はさらに踏み込む。


「ちなみに、私の妹が弓道部の部長を務めている」

「え……」

「我が愚妹なら、ある程度の融通が利く。個人的には、その選択を強く推奨しよう。それに、あの武道による精神統一は、心の底から魂が洗練される。少しでも触れてみれば、性格矯正のためのヒントが何か掴めるかもしれない。考えてみてはどうだろうか?」


 この提案自体には特に裏は感じられないため、乙葉も無下にはしなかった。

「……一考しておきます」

「そうしたまえ」

 悠馬がもう見慣れてきた作り笑顔を向けている。すると、ここで乙葉が他の選択肢を選ぶための最良の機会があることを思い出していた。


「……というか、今日だけですよね? 部活の勧誘会があるの。そろそろ行きたいんですが、いつになったら京華は起きるんですか?」

 この問い掛けに、一方の生徒会長はキョトンとする。わざとらしい様子で。


「ん? 夜まで起きないが?」

「え……」

「残念だが、他の部活動を見て回ることはできないようだが……それほど気にすることはない。少なくとも、我が妹には話を通しておく」

「……あの、なんか誘導しようとしていません? その方が、より一層恩を売れる機会があるとか考えていません?」


 ジト目になった乙葉に追及され、悠馬は苦笑していた。

「……ふ。我が思考を読む……か。私は有能な同志を持って幸せだよ」

「いえ誰にでも分かります……」

 即座の指摘があったが、生徒会長に臆する様子は全くない。


「……とにかく、話は以上だ。裏門の方に水城浦家の送迎車が来るようだから、そちらまで彼女を運ぶのを手伝おう。私の権限があれば、本来は職員専用のエレベーターでも扱うことができるのだよ」


 一気にそう言いながら立ち上がっていたが、一方の乙葉は座ったまま、胡乱な視線を向けるだけだった。

「それも……恩に感じればいいんですか?」

「無論だ。ククク……」


 どうやら——

 場合によっては、こちらの性格矯正も行う必要があるのかもしれない。乙葉はそう感じていたが、すぐに翻意していた。今は目の前のことに集中するしかない。それ以外は、ただの蛇足だ。少女はその内心で、何度も自分にそう言い聞かせることになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る