第18話 生徒会室で
乙葉と京華は生徒会長直々に案内されて、同じ校舎の四階へと導かれていた。そのフロアには音楽室等の特別教室が連なっており、部活の見学以外の生徒はあまり見受けられない。そんな廊下が続く先に、生徒会室があった。
その部屋の主に乙葉と京華は促され、緊張しながら入室をする。この人物が味方であることはもう理解していたが、こちらの詳細までは知らないはずだ。余計なことは喋らないように、二人とも気を引き締めていた。
そんな心境など知る由もない様子で、生徒会長が自身の執務机に向かいながら促す。
「そこのソファーに掛けたまえ」
この指示に乙葉と京華が素直に従っていることを確認すると、部屋の主も着席しながら口を開いていた。
「さて、入学式の時も顔を見せているが、生徒会長の
「……水城浦京華です」
「……和泉乙葉です」
「まずは、ご入学おめでとう」
『……ありがとうございます』
この堅い反応を見て、悠馬が思わず苦笑する。
「そんなに緊張しなくていいと言いたいところだが……初日からこのような場所に呼び出される新入生もいない……か」
その言動に二人が小さな戸惑いを見せていると、生徒会長が急に視線を部屋の隅に向けていた。
「……ふむ。そうだな……舟江君」
すると——
「——はい。会長」
二人の真後ろに、いつの間にか人の気配が。
『!』
乙葉と京華が驚いて顔を向ける中、悠馬はにこやかに指示を出していた。
「二人の気分を解すために、もてなしてあげてくれ」
「かしこまりました」
その上級生の女子——
そんな一連の現象に乙葉と京華が唖然としていると、ここで生徒会長が場を仕切り直す。
「……さて、単刀直入に言おうか」
『!』
二人が慌てて視線を戻す中、悠馬は自身の事情を語っていた。
「私も忙しい身でね。このあとに控えている雑事にも顔を出さないといけないのだよ。君達との認識のすり合わせは、手際よく済ませることにしよう」
その内容自体は、もう特に気にならない。故に、ここで乙葉も腹を割っていた。
「……どこまでご存じなんですか? 私達の……事情を……」
「大したことは聞いていない」
『!』
その言葉に乙葉と京華が耳を傾ける中、生徒会長は端的に述べる。
「私がここの理事長から受けた指示……それは、君達二人が学園生活で何か困っているようなことがあれば、最優先で処理するようにとの通達だ。その一点のみだよ」
この言葉と同時に——
二人の傍に、また人の気配が唐突に出現。
「お待たせしました」
『!』
先程、室内からいなくなったはずの上級生の女子だった。再び、いつの間にか姿を現し、二人の前にお茶を並べている。その隠密能力に二人が再び唖然としていたが、乙葉の方はすぐ前に向き直っていた。
「……それだけ……ですか?」
と、生徒会長に意味深な確認をする。
「肯定だ。それが何か?」
一方の悠馬が即座に問い返すと、乙葉は客観的な疑問を投げ掛けていた。
「……いえ……なんで私達だけを優遇するように命じてきたのか、疑問に思われなかったのかと感じて……」
この内容に——
「無論、疑問はある」
生徒会長はそう断言。
『!』
乙葉と京華が思わず小さく身構えていると、一方の悠馬はここでその本心を素直に語っていた。
「だが……これは私にとってもチャンスなのだよ」
「……チャンス?」
京華のその確認に、生徒会長は大きく頷く。
「そう……この件で、私は水城浦家に恩を売ることができる」
『⁉』
そのあまりにも建前がない本音に、乙葉も京華も言葉を失っていたが、悠馬は気にせず続けていた。
「君達の細かい事情などに、興味はないよ。わざわざ掘り起こして、反感を買うつもりもない。それよりも、私には大きな目標があってね」
「目標……?」
再び京華がオウム返しをする中——
ここで、悠馬はその双眸に圧倒的な私利私欲をちらつかせていた。
「そうだ。私には……この街のトップに立つという野望があるのだよ」
『⁉』
乙葉と京華が絶句している。そのまま揃って口をポカンと開けていると、一方の生徒会長はなおも己が業を垂れ流しにしていた。
「そのためには、この街の真の実力者である水城浦家とのパイプが、どうしても必要なのだよ。この碧原市は自動車産業等で潤っており、不交付団体の中でも随一の財政を誇っている。そこの首長になることが、どれほどの意味を持っているのか。私は……そのこと以外に興味はないのだよ。クククク……!」
この暗い笑みに——
京華はもう、暗澹たる気持ちで呟くしかない。
「……なぁ、乙葉。こいつ……ここで始末した方がよくないか?」
「……京華……聞こえてるよ……」
一方の乙葉は視線を逸らしながらそんな指摘をしていたが、当の悠馬は何も気にしていなかった。
「……ふ。なんとでも言うがよかろう。人の良心? 誠実さ? そんなものは、深海のダイオウグソクムシにでも食わせておけばいいのだよ。我が野望の前には、どれも雑音にしか聞こえぬ」
「御立派です……会長……」
いつの間にかその傍に控えていた凛子が、感動しながら持ち上げている。それを見た京華は、ただ瞳を澱ませるだけだった。
「なぁ……こいつら……ほんとに信用していいのか?」
「……無能な味方ではないんだろうけど……」
一方の乙葉もすぐには答えが出せないようで、小さく頭を抱えている。そんな様子は悠馬の目にも入っていたはずだが、一切気にせず、爽やかな笑顔で聞いていた。最早、悪魔の笑みにしか見えなかったが。
「それで、若宮君の他に何か差し当たって困っていることはないかね? なんでも相談するといい」
「いきなりそう言われても……」
乙葉が視線を泳がせていると、ここで生徒会長が一つ手を叩く。
「……そういえば、先程、教室でも一悶着があったようだね」
『!』
「そちらにも手を回しておこう。これはサービスだ」
「いや、どんな手だよ……」
京華がなんとか口を挟む中、乙葉も本音を隠せなくなっていた。
「……情報網が強すぎる……この人……ほんとに何者だ?」
ふと——
「——う……ん……?」
そこで、京華に何やら小さな異変が。
「……?」
乙葉も隣の状態に気づく中——
「——あ……れ? なんだ……急に……意識……が」
京華が、いきなり真横へと倒れ込む。
「え……⁉ おい……ちょっと……⁉」
乙葉が慌てて支えるが、一方の親友からはもう何も反応が返ってこなかった。ただ、耳をすますと、小さな寝息が確認できる。どうやら、眠り込んでしまったようだが、この唐突な展開の原因が全く分からなかった。
「……なんで、急に……」
思わずそう呟く中、ここで悠馬がいきなり暴露をする。
「ふむ。睡眠導入剤の効果が出始めたようだ」
それを聞いて——
「——⁉」
乙葉が親友の身体を慌てて抱き寄せながら、最大級の警戒心を向けていた。同時に、いつでも例の念動力を発動できる態勢に入っている。相手の意図が分からない以上、今はこれが正解だ。その超能力がどこまで役に立つか分からなかったが、ないよりマシだった。
ただ、それは結局、杞憂に終わる。
「そんなに警戒をしなくてもいい。入っているのは、水城浦君の方だけだよ。これから……和泉君の方とだけは、詳細を詰めないといけないからね。それは、彼女の耳には入れないでほしいとの通達も受けている」
ここまで聞いて——
「……!」
ようやく、全ての絵図を理解していた。どうやら、生徒会には親友の性格矯正に関することまでの依頼がなされているようだ。さすがに、核心部分までは知らされていないだろうが。なんにせよ、このような展開は性転換をした当日に続いて二度目だったが、慣れるはずもない。この上なく心臓に悪かった。
とにかく、乙葉は改めて親友の状態に意識を向けている。そんな少女の様子を見て、一方の悠馬はとりあえず居住まいを正していた。
このままさらに話を詰めたいところだったが、当の京華が完全に寝入っているのか。その確認も必要だ。休憩も兼ねながらしばらく様子を見て、そのあとで詳しいすり合わせを行うことになっていた。
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