第16話 〇〇な風紀委員

 結局のところ、乙葉と京華は午後から普通に勧誘会へと参加し、各部活動を順に見て回ることにしていた。教室内で色々と喋っていても、全ては想像の域を出ない。実際に、その目で見て確かめることが肝要だった。


 そこで、まずは馴染みの薄い文化系の部へと赴くことにする。ただ、それらの部室に向かう途中のことだった。図書室の横に差し掛かった時、京華がいきなり脱線をする。どうやら、新しい学び舎を見て回ることに新鮮さを覚えていたようで、色々と探検がしたい様子だった。


 こういうところは、まだ以前の性別の癖が抜けていない。なんにせよ、唐突にその部屋の扉を開けて、騒がしく中へと進入。それを見た乙葉が、慌ててあとを追っていた。


 だが、その直後——

『——失礼しました……!』

 二人が同時に飛び出してくる。そのまま廊下を走って図書室から離れると、足を止めてから揃って自分達の心音を聴いていた。


 しばらくして、京華が口を開く。

「……あー、びっくりした……! 一斉に変な目で見られたんだが……!」

 この言動に、一方の乙葉は肩を竦めながら指摘をしていた。


「……今のは、京華が絶対に悪いよ。先輩方……勉強中だったみたいだし。ちゃんとマナーを守らないと」

「なんで……始業式があったその日の午後から、もう満室なんだよ……おかしくないか?」


「この学校……普通に進学校だから。これが当たり前なんじゃないの?」

「……俺にとっては、一生縁のなさそうな場所だな。大勢が揃ってるのに、よくあんな沈黙に耐えられるよな」

 京華がなおも適当な発言をしている。それを聞いて、乙葉はふと本来の任務を思い出していた。


「ちょっとは見習ったら? 静かにすることを」

 その結果、少しでも理想的な女子になってくれれば。そんな願いを密かに込めた提案だったのだが、一方の京華はここでその瞳に邪な色を宿していた。


「……そうだなー……乙葉も一緒に訓練するのなら考えるぞ」

「え?」

「訓練というよりも、勝負だな」

「勝負?」

「ああ。先に……エロい声を出した方の負けだ。この俺の執拗な責めに、お前は果たして耐え切ることができるかな?」


 そのいかがわしい発想と共に——

 京華が両手に怪しい動作を加えながら、距離を詰めようとしてくる。それを見て、乙葉は自らの双眸に絶対零度を宿していた。


「……うん。あとで……じっくり話し合う必要があるみたいだね……」

 一方の京華は——

「——そ、それよりも……!」

 自分の背中に人生で最大級の悪寒を感じ、慌てて話題を変えようとする。


「なんか……熱くなってきたよなー……!」

 適当にそんなことを言いながら、ネクタイを一気に緩めていた。先程の図書室からの逃走と、現状の追い詰められた者の心理。その二つの要因から、体内にかなりの熱量が籠っていたようだ。また、いつの間にかブレザーのボタンを外して前を全開にしており、ブラウスのそれも胸元近くまで外し始めていた。


 ただ、一方の乙葉はそれを見て一気に冷静になると、すぐに見咎める。

「——ちょ……! 京華……!」

「うん? なんだ?」

 親友がキョトンとする中、乙葉は周囲を気にしながら注意をしていた。


「さすがに、それは着崩しすぎだよ。先生や上級生に目をつけられるよ。さっき、あんなことがあったばかりなのに……」

 傍から見て、あまりにも品がない。見ようによっては、不良娘と誤解されても仕方がなかった。


 だが、一方の京華は楽観的な返事をするのみ。

「……分かってるよ。このあと、先輩方の前に出る時は、ちゃんとする」

「だったら……いいんだけど……」

 と、乙葉が渋面でなんとか見逃そうとした——

 直後のことだった。


 急に——

「——ちょっと! そこの新入生!」

『——ッ!』

 大きな声で呼び止められ、乙葉も京華も弾かれたように振り向く。


 すると——

 廊下の先で一人の女子生徒が仁王立ちになりながら、京華の方に人差し指を突き付けていた。


「そう! そっちのあなた! 何やら騒がしいと思って来てみたら……ネクタイ、もっとしっかり締めなさい!」


 同じ制服に身を包んだ女子生徒だったが、胸元に新入生を示すリボン記章がない。どうやら、二年生以上の在校生のようだ。その服装には一切の乱れもなく、掛けている眼鏡がより一層お堅いイメージを醸し出していた。


 また、その彼女——若宮風香わかみやふうかの上腕部には、他の生徒にはない腕章がある。

「……風紀委員……」

 京華がそこに記されている文字を口にしていると、一方の風香はなおも憤慨した様子で続けていた。


「入学式があった初日から、なんてだらしのない……!」

 その指摘に関しては、乙葉も異論はない。ただ、これ以上の騒動も好ましくないため、素直にこちらから頭を下げていた。

「……すいません! よく言い聞かせますので、ここは穏便に……」

 慌てて間に入っていたが、これには京華が不満げだ。


「いや、乙葉がそこまで——」

 ただ、それ以上何かを言う前に——

「——とにかく!」

 と、風香が強引に割り込んでくる。その際、大きく腕を振って相手を無遠慮に指差しており、それに連動して上半身まで大きく動いていた。


 そんな一連の動作を見て——

『——!』

 乙葉と京華が何かに敏感な反応を示すが、一方の風香は気にせず続ける。

「ここで、すぐに直しなさい! それまでは解放しませんからね!」


 と、なおも一方的な指導をしていたのだが——

「……なんですか? その疑わしそうな目は? 特に、そっちの新入生」

 小首を傾げながら京華の方を見つめていると、当の本人はどことなく不快な様子で聞き返していた。


「……いや……先輩、風紀委員ですよね?」

「それが何か? この腕章が見えませんか?」

「いや、そういうことではなく……」

 京華が何やら頬を引きつらせていると、風香はその意味不明な反応を一蹴しようとしていた。


「……よく分からないですけど——!」

 と、再び上半身をダイナミックに揺らす。どうやら、これは彼女の癖らしい。気分が高揚している時の。


 ただ、再度それを見て——

『——!』

 二人が再び何かに反応している。特に、京華の方は何故か頬まで引きつらせていた。


 だが、やはり風香は何も気づかない。

「風紀を乱すような行為は、絶対に許しませんからね!」

 その言動の——

 直後だった。


 京華が——

「——あんたが——」

 突然、逆切れをする。

「——言うな——————ッ!」

「な……⁉」

 一方の風香が面を食らう中、これには乙葉も驚愕していた。


「ち、ちょっと……京華⁉」

 慌ててなだめようとするが、一方の親友は目の前の上級生のことを不躾に指差すのみ。

「乙葉! お前も見ただろ! 風紀を乱してるのは、こいつ自身だぞ!」

「いや、とにかく落ち着いて……!」

 乙葉がなおも間に入ろうとしていたが、その効果は全くなかった。


 また、一方の風香も、ここで怒り心頭の反応をする。

「世迷いごとを! 私の——どこが綱紀粛正に反していると……ッ!」

 それと同時に、再び上半身を揺らしていたのだが——

 度重なるその行為による結果が、完全に京華の癪に障っていた。


「だから……これ見よがしに、そのデカい胸を揺らしてんじゃね——————ッ!」


 確かに——

 目の前のこの二年生は、服の上からでも分かるほどの巨乳の持ち主だった。そのため、身体を揺らすたびに、それが同調して上下に動くのだ。限りなく煽情的に。ただ、一方の乙葉には、それが何かの計算のようには見えていなかった。


「京華……! 完全に不可抗力だよ! 落ち着いて!」

 と、正論を告げるが、京華はなおもいきり立っている。

「落ち着いて——いられるか……ッ!」


 そのまま飛び掛かりそうな雰囲気もあったため、乙葉は相手を背後から羽交い絞めにしている状態だ。そのまま親友を拘束しながら、なおもなだめようとしていた。この説得方法は、やや不本意だったのだが。

「京華は……! 本当は……違うんでしょ⁉ なんで、そこまで食って掛かるの⁉」


 親友のこの反応は——

 もしかしたら、女子としては自然なのかもしれない。それ自体は別にいいのだが、現状でその感情を丸出しにするのはマズい。今はなんとか止めることが先決だった。


 一方の京華はその指摘に、苛立ったままの様子で吐き捨てる。

「……なんか……自分でもよく分からないけど、無性に腹が立つんだよ! あれを見せつけられると!」

 これを聞いて、乙葉は内心で複雑な心境になるしかなかった。

「……あー、もう……なんか、ややこしいことに……」


 すると——

 ここで、風香の雰囲気が一変。

「……私は年齢による上下関係など特に気にしませんが……」

『⁉』

 乙葉と京華がやっとその様子に気づく中、一方の風香は烈火の如き憤怒をそこに体現しようとしていた。


「数々の無礼な発言……見逃すつもりは——」

 が——

 その途中だった


「——その辺にしておきたまえ」

 唐突に、水を差す声が。

『——ッ⁉』

 その場の三人が揃って顔を向けると——

 廊下のさらに先に、いつの間にか一人の男子生徒が立ち尽くしていた。



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