第15話 一触即発

 そのあまりにも唐突で無体な蛮行に——

『——ッ⁉』

 乙葉も京華も完全に思考が停止する中、目の前の女子達は、あからさまな演技で煽るような言動を続けていた。


「あれー? こっちも……最初からおかしいことになってるよー?」

「あー、ほんとだー。これはひどいねー」

「どうしよー。こんな風になっちゃうと、トイレの紙にも使えないよねー」

「そうだよねー。もう捨てよっかー」

「さんせーい!」


 そこで——

「——お前ら……ッ!」

 ついに、京華の堪忍袋の緒が切れる。

「——ッ⁉」

 一方の乙葉がその剣幕を見て、改めて相手の腕を引いていたが、京華はもう一切それを気にしていなかった。


「……いったい……どういうつもりだ……?」

 凄まじい殺気を放ちながら、二人に凄んでいる。遠巻きに様子を窺っていた他のクラスメイト達がそれを見てドン引きしていたが、一方の女子二人に臆した様子は全くなかった。


「……おや、まぁ……」

「思ったより品がないお嬢様みたいだけど……」

 むしろ、その瞳に明確な敵意を宿らせながら、揃って顔を寄せてくる。主に、京華の方に向かって。


「……お前ら、目立ち過ぎなんだよ……」

「……調子のってんなよ……」

 この本性丸出しの物言いに——

 一方の京華も、完全に理性が吹き飛んでいた。


「……言ってることの意味はよく分からないが……なるほど……お前らの魂胆は、よーく分かった……」

 ただ、この一触即発の状態に、乙葉が慌てふためく。

「——ちょ……ッ! 待って……!」


 入学初日でこれ以上の展開に発展したら、クラス内での第一印象は最悪だ。今後の親友の性格矯正に、大きな支障をきたしかねない。そのため、乙葉はまだなんとか掴んでいる相手の腕を、さらに強く引いていた。


「京華……! 冷静になって……ッ!」

 だが、一方の親友は力ずくでも前に出ようとする。

「……止めるなよ、乙葉。こうも明確にケンカを売られたんなら……例え相手が女子であろうとも……!」

「——ッ!」


 その力に乙葉は抗えず、もう腕を放してしまいそうだ。焦燥感だけがさらに高まっていると、ここで目の前の二人がダメ押しをしていた。

「やーん! こわーい! そんなつもりなかったのにー!」

「あたし達、仲良くなりたいだけなのにー。周りの皆もそこんとこ、ちゃんと見てたよねー?」

「こいつらは……ッ!」


 と——

 もう爆発する寸前のことだった。

 ここで急に教室の扉が開き、この現場へと乱入してくる一人の女子の姿が。


「——あ! マーちゃんにユーちゃん! ここにいたー!」

『⁉』

 その登場に最も驚いたのは乙葉だ。そういえば、目の前の女子達は三人組だった。今まで残りの一人が姿を見せなかった理由はなんなのか。乙葉は嫌な予感を覚えながらそちらに意識を向けると、対象の人物が持っている物を見て唖然としていた。


 同時に、目の前の女子達もそれに気づいて大仰に反応する。明らかに、茶番ではあったのだが。

「あ、ミーちゃん! その手に持ってるバケツみたいなのは、なーに?」

「あ、これー? なんかねー、トイレの中にあったのー。中に水が張ってあったんだけど、これって本当にお水かなー?」

「どうかなー? ちょっと調べてみようかー。こっちに持っておいでよー。あ、でも気をつけてねー。躓いたりして、この二人に掛けたりしちゃダメだよー?」


 その陳腐なやり取りに——

『——ッ!』

 乙葉も京華も瞬時に身構える。このあとの展開は、考えるまでもなかったからだ。二人のそんな反応は目の前の三人組も見ていたはずだが、一切気にせず、三文芝居を続けていた。


「分かったー! 気をつけるねー」

 そう言いながら、最後の一人が歪んだ笑みを保ちながら近づいてくる。


 それを見て——

「——もう、我慢の——!」

 京華が思わず殴り掛かろうとしていたが——

「——待って……!」

 そこで、乙葉が背後から抱き着いてでも相手を止める。


「——⁉」

 京華がその大胆な行為に言葉を失う中、一方の乙葉はここで小声になり、その瞳に妙な自信を宿していた。


「……大丈夫……必ず、天罰は落ちるよ……」

 そのあまりにも意外な言動に、京華も思わず意識が逸れる。

「……乙葉? 何を言って……」


 そして、近くまで迫っていた最後の一人が、二人に向けて悪意を放とうとした——

 次の刹那だった。

「——さーて……よっこい——」


 そこで——

 それまで全く存在しなかった物理的な力が、最後の一人の足元へと急に掛かる。

 その作用により——

「——えッ⁉ わわ……ッ⁉」

 バケツの口の向きが、あろうことか、仲間二人の方へ。


 その結果——

「う——ひゃ——————ッ⁉」

「——な⁉ ちょっと……何やってんの⁉」

 それまで絡んできていた女子二人が、全身ずぶ濡れに。最後に現れたもう一人は完全に動揺しており、慌てて言い訳を探していた。


「ご……ごめん……! なんか……急に足がもつれて……!」

「……こんなタイミングで……」

「さい……あく……」


 ふと——

「……ぷ」

 その失笑が耳に届き、三人組が弾かれたように顔を向ける。

『——⁉』

 すると、そこには笑いを必死で堪える京華の姿があった。

「……早く着替えに行ったら? 風邪ひくよ……ぷ……」


 この言動に——

「……言われなくても……ッ! 行こう……ッ!」

 三人組は慌てて教室から退散。一気にその姿を消していた。


 それを見送ったあと、京華がようやく離れた乙葉に向き直る。

「……うーん、まさに天罰。お前、よく分かったな。あいつの足元が覚束ないこと」

 同時に褒めていたが、一方の乙葉は渋い表情だった。


「……ただの観察眼……というか、最後のは余計だよ」

「そうか?」

 京華はそれだけ呟くと椅子に戻り、何事もなかったように弁当の残りを処理し始める。一方の乙葉も同様にしていたが、その顔は物憂げだった。


 もちろん——

 あの女子の脚をもつれさせたのは、乙葉の念動力だ。ただ、今回はたまたま活用することができたが、いつも上手くいくとは限らない。これからも、親友の手綱はしっかりと握る必要があるようだ。そんなことを内心で思いながらも、とりあえず、今だけはすっきりした気分に浸っていた。


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