第14話 不穏な空気
新入生達が掲示板の前で各々の行き先を確認し、それぞれの教室へ向かうと、すぐにホームルームが始まっていた。それは乙葉達のクラスも同様で、担任の教師が自己紹介をしてから、今日の残りの予定が告げられる。教科書や他の配布物等もこの時間内に配られており、これで公式日程だけは全て終了していた。
まだ完全に終わっていないのは、午後から部活動の勧誘会があるからだ。このタイミングでの新入生のそこへの参加は、基本的に自由ではある。ただ、学園の方針として、本学生徒はいずれかの部活動か、生徒会関連のどこかの委員会に必ず所属しなければならないという決まりがあった。
大半の生徒は、前者を選ぶ場合が多い。そのため、内容をよく知る機会として、多くの新入生達が勧誘会へと参加をすることが慣例になっていた。
無論、乙葉と京華も、その校則には縛られる。二人の意思も例には漏れず、基本的には部活動への参加希望だ。また、自分達の置かれた状況を考えると、同じ所属であることが望ましい。そういった相談は実際に入学してから行うことにしていたため、今日は共に弁当持参で初登校をしていた。
他のクラスメイト達もほぼ同じ傾向だが、半数以上は食堂に向かったようだ。教室内に残っている生徒は疎らであり、そんな中で乙葉と京華は昼食を摂りながら話し込んでいた。
「——やっぱ……サッカー部とかは無理だよなー。この学校……女子の面子は、そこまで揃わないみたいだし」
京華のこの渋い感想に、一方の乙葉は意味深な表情で告げる。
「……マネージャーとかでもやってみる?」
それは必ずしも女子の仕事とはいえないが、イメージだけでそんな提案をしていた。そういった活動に携われば、京華も自然と普通の女子に近づけるのではないだろうか。そんな打算があったのだが、当の本人は一切乗り気ではなかった。
「それって……要するに、ユニホームの洗濯とかもしなくちゃならないんだろ? 汗や汚れで汚くなったやつを。自分のだけならまだしも、他の男のやつなんてできるかよ……」
「女子力……高まるかもよ?」
「なってどうするんだよ……俺達、本当は——」
と、なおも反論しようとしていたが、そこで乙葉がジト目で遮る。
「——だから、一人称と言葉遣い……」
その有無を言わさない圧力に、京華もそれ以上の言葉を失っていた。だが、このまま言いなりになるのも癪だったようで、平然とおどけてみせる。
「……わたくし達……本当は性別が違いますことよ……?」
「うん。絶対にふざけてるよね」
乙葉が変わらない顔を向けていると、一方の京華は視線を泳がせながら口を尖らせていた。
「なんかこう……もどかしいんだよ。お前だって、分かるだろ?」
「分からなくもないけど……」
乙葉も思わず同意してから、小さな溜息をつく。これも分かっていたことだが、彼女の性格矯正は一朝一夕では無理なようだ。改めてそう理解した乙葉は、ここで目前の問題だけに意識を戻していた。
「……でも、実際にどうしようか? 私の方はいいけど、京華の方はずっと運動部だったからね。今更文化系に移るにしても……」
「ちょうどいい移籍先って、どっかにないもんかなー」
京華の方も改めて真剣に悩んでいる。二人揃って沈思黙考を始めていたが、一向に結論が導き出せない様子だった。
そんな時のことだ。
「——あー! あんた達ー!」
と、急に軽々しく声を掛けてくる者が。
『?』
二人が同時に視線を向けると——
「——!」
そこで、乙葉の方だけが思わず身構える。先程の入学式のあと、掲示板の前から確認した女子三人組の内の二人だ。同じクラスのメンバーであることは既に知っていたが、こうも早く絡んでくるとは、全く思っていなかった。
その女子二人は乙葉と京華を値踏みするような視線で見たあと、交互に口を開く。
「さっき見た時もそうだったけどー。やっぱり仲良しさんだったんだねー!」
「仲良くお弁当? 楽しそー」
だが、京華の方はまだその存在を認知していなかったようで、小さく首を傾げていた。
「……えーと?」
それを見て、最初に声を掛けてきた方が、さらに前へと出る。どうやら、彼女がリーダー格のようだ。
「あ、あたし達? 同じクラスの、マーちゃんとユーちゃんでーす! 以後、よろぴこー」
ただ、このあまりにも軽薄な口調に、京華が思わず小声で本音を漏らしていた。
「……あー……厄介なタイプか……」
「——京華……!」
「……!」
乙葉のその注意に、親友が思わず口を噤んでいたが、目の前の女子二人は全く気にしていない。それよりも、机上にある京華の弁当箱に注目を移していた。
「——あ! それ、出汁巻き? あたし、大好物なのー!」
次いで、リーダー格の女子がなんの断りもなく手を出してきて、そのおかずを強奪する。
この勝手な行為に——
「——あッ! おい!」
京華が一気に顔を歪めていたが、その隙にもう一方の女子もここで手を出してきて、全く同じ行動をしていた。
「あ! あたしも、もーらい!」
「お! うんまーい!」
リーダー格の女子がなおも京華を無視しながら感想を述べていると——
当の本人が、ここで席を立ちながら声を荒げる。
「——おい……ッ! お前ら……ッ!」
「⁉」
その言動にびっくりした乙葉が思わず硬直するが、一方の女子達には動揺も悪びれる様子も全くなかった。
「やーん。そんなに怒らなくてもー。これから仲良くしていくクラスメイトなんだよー。寛大にいこうよー」
「……こいつ……!」
と、京華が思わず拳を握り締めている。それを傍で見ていた乙葉は慌てて立ち上がると、すぐに相手の腕を取っていた。
「……京華……!」
同時に、小さく引いて押し留めている。すると、その意図を瞬時に察した親友が、そこで自らを律していた。
「……分かってるよ……校内での面倒事はごめんだ。母さんの面子もある……」
小声で、そんな事情を呟いている。どうやら、思い留まってくれたようだ。乙葉は安堵するのと同時に、その内心で京華の株を少しだけ上げていた。
そんな中、最初に絡んできた女子が急に話を変える。
「——あ! そうだ! ちょっとお願いがあるんだけどー」
『……?』
ただ、目まぐるしく変化するこの状況に、乙葉も京華もついていけなかった。揃って怪訝な目を向けていると、相手は一気に困った顔になる。そして、二人を拝み倒していた。
「さっき配られた……数学の教科書? もしかしたら、それに落丁があったかもしれないから、ちょっと比べさせてほしんだよねー。いいかなー?」
この急変に京華が戸惑いつつも、なんとか反応する。
「落丁? そんなの……そっちの奴と比べればいいだろ……」
もう一人を指差していたが、目の前の女子はなおも手を合わせるだけだった。
「それがー。ユーちゃんの方も同じ状態で、それが正常なのか、よく分からなかったの。だから……お願い!」
一転したこの低姿勢を見て、京華も思わず小さな同情をする。次いで、自分の通学鞄の中から、配られたばかりの新品の教科書を取り出していた。面倒そうではあったが。
「……ほらよ。確認したら、すぐに返せよ」
最後は突き放すような物言いだったが、相手は特に気にしない。
「お! ありがとー!」
差し出されたその冊子を迷いなく受け取っていた。
そして——
「——じゃあ……さっそく……」
と、適当なページを開くと——
いきなり、そこを力一杯に破り捨てていた。
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