第12話 新生活へ

 そして——

 月が変わった。桜の季節——卯月。今日は乙葉の晴れの日だ。もちろん、親友の京華と共に碧央学園への入学となる。その日、少女は緊張感から早めに目覚めると、階下で朝の日課をこなしてから、すぐに自室へと戻っていた。


 相変わらず家族は例の調子だが、徐々に慣れてはきている。不本意ではあったが。それよりも、今から行う初めての行為の方が気掛かりだ。乙葉は気が重いのを実感しつつも、昨晩のうちに準備しておいた進学先の制服一式を手にする。次いで、まずはブラウスに着替えていた。


 ただ——ここで手が止まる。

「上は……ネクタイだから、まだ違和感は小さいけど……」


 その両手で恐る恐る摘まみ上げているのは、あまりにも馴染みがない一枚の衣類だった。下着の方もそうだが、そちらは上下ともに隠せるからまだいい。しかし、こちらはそうはいかなかった。


 これを穿けば——誰からも、純度百パーセントの女子に見られることだろう。本当は男子である乙葉にとって、それはどうしても抵抗感があった。


 だが、このまま下半身を下着一つで済ませる訳にもいかない。それでは、ただの痴女だ。無論、そちらの方がもっと問題になる。故に、しばらくしてから覚悟を決め、学園指定のそのスカートを一気に身に着けていた。


「……下が……スースーする……」

 そんな普遍的な感想を呟いたあと、最後にブレザーを着る。次いで、室内にある姿見の方に直行していた。


 そして——

「——!」

 完全に硬直する。鏡面に映る自分自身の姿を凝視しているのだが、そこに佇んでいるのは間違いなく一人の女子高生だ。その事実に、とにかく困惑しており、今度は部屋から出ることを躊躇ってしまっていた。


 果たして、この姿を家族にどう思われるのか。それが不安で仕方がなかった。休みの間は服装も自由にできるが、学園生活が始まればそうもいかない。慣れるしかなかったが、どうしても足が前に進まなかった。


 そんな折——

「——乙葉ちゃーん!」

 急に、一階から母親の声が。

「⁉」

 思わず動揺していると、ここで意外な続きがあった。

「京華ちゃんが迎えに来てますよー」


 これを聞いて——

「——え……⁉」

 乙葉が慌てる。親友と一緒に初登校をすることは前から決まっていたが、こんなに早く自宅まで迎えに来るとは思っていなかった。そのため、急いで通学鞄を肩に掛けると、無意識に室外へと出て階段を下りている。そして、玄関に辿り着くと、すぐに京華の顔を確認していた。


 その直後——

『——ッ!』

 二人は思わず息を呑む。お互いの制服姿を視界に収めて。

 そのまま数秒間見つめ合ったあと、不意に乙葉の方から口を開いていた。


「あ……なんか……おはよう……」

「ああ……うん……」

「なんか……不思議過ぎる感覚なんだけど……」

「こっちも……笑ってやろうと思ってたのに……お前、似合い過ぎだろ……」

「そっちこそ……」


 そこまで何気に話すと、お互い小さく苦笑する。次いで、京華が距離を詰めながら肩を竦めていた。

「家を出る前に、二人で撮った中学の卒業写真を見てきたんだけど……短期間でここまで絵面が変わることってあるんだな」

「らしいね……」

 と、乙葉も前に進み出て、ローファーを履きながら同意する。


 すると——

「……とりあえず、まずはチェックからだ」

 ここで京華が真顔になって、何やら意味不明なことを言い出していた。

「チェック?」


 一方の乙葉が何やら嫌な予感を覚えていると——

「——ッ⁉」

 急に、京華が相手のスカートをめくり上げていた。


「……む……なるほど。純白か……」

「——い、いきなり何するんだ⁉」

 乙葉が顔を真っ赤にしながら、慌てて相手の手を振り払う。だが、一方の京華はその非難の眼差しにも、真面目な表情を続けながら断言していた。


「決まってるだろ。女子力の検査だ」

「⁉」

「乙葉ちゃんは……見事に合格だな。俺よりも女子力は高かったぞ。これなら、誰かに正体がバレることもないだろうな」

 それは、からかい半分の冗談だったのだろう。ただ、一方の乙葉は、本物の女子からのこのお墨付きに愕然としていた。


「……見えないとこで、京華に勝ってどうするんだ……ダメだろ……これは……」

「うん? どした?」

「………………いや……別に……」

 と、言いながらも、ひどく動揺している。その意味が京華にはよく分からなかったが、ここで急に意識を切り替えていた。


「——とにかく……!」

「⁉」

「行こう! 新生活に向かって……!」

 と、言いながら、相手に掌を差し出している。


 一方の乙葉は——

「——!」

 その自然な笑顔につられて、京華の手を無意識に握り返していた。


 そこには——間違いなく、女子の魅力が十全に満ちているような気もしていた。

 これならば、彼女が本来の自然な状態に収まる日も近いのかもしれない。

 それは、確かに願望だったのだが——

 乙葉はそう信じて疑わず、二人でそのまま外へと駆け出していた。






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