第9話 ズレている家族

 和泉葉一、改め——

 和泉乙葉が水城浦家の送迎で、一軒家の自宅へと戻った直後のことだった。すっかり日が暮れていたため、ダイニングでは夕餉の支度が整っている。乙葉は音も立てずに玄関を潜ると、まずはその場所に恐る恐る顔を出していた。


 その席には父親である劉玄りゅうげん、母親である若菜わかな、二つ下の実弟である拓次たくじ。家族全員が既に揃っているようだ。


 ただ——

 今の自分の姿を見て、いったいどんな反応をするのか。乙葉はそれが不安で仕方がなく、親へと真っ先に詰問すること自体も失念してしまっていた。


 しかし——

 何故か周囲の反応が何もないまま、乙葉は自席へと座ることになる。そして、何故かいつものように一家団らんが始まっていた。


「——なぁ、母さん。醤油はどこに行ったんだ?」

「あらあら。手元にあるじゃないですか」

「お……そうか……これは下暗しだったな」

「あ、拓君。そこ、ご飯粒がついてますよ。ちゃんとお行儀よくしないと」

「……うっさいなー……俺の自由だろ」

「こら。お母さんに対して、なんという口の利き方だ。お姉ちゃんの方を見なさい。なんと上品なことか」

「そうですよ。お姉ちゃんのことを見習ってください」

「……うっさいなー……ここぞとばかりに、姉ちゃんと比べんなよ……」

「……しょうがない奴だな……仕方がない。ここはいつものように、乙葉にも言ってもらおうか。頼んだぞ、お姉ちゃん——」


 そんな——

 客観的には、ほのぼのとした光景の中——


「——だ——————ッ!」

 乙葉が発狂寸前の声を上げながら、自席を立つ。


『——ッ⁉』

 他の三人が驚いて注目する中、少女はその全員を見渡しながら、思いの丈をぶちまけていた。


「……この家族は……ッ! いったい、どういうつもりだ……ッ!」


 その絶叫に——

 一方の実父は首を傾げている。

「……乙葉……急にどうしたんだ? いつもは、もっと静かに食事をするのに……」

「これが! 黙っていられると思う⁉」

『?』


 それでも、他の三人は不思議そうに見合っている状態だ。一方の乙葉はその意味が分からず、なおも絶叫に近い詰問をしていた。

「なんで……違和感なく収まってるんだ⁉ おかしいでしょ! 息子がいきなり娘になって帰って来たんだよ⁉」


 この指摘に——

「……そう言われてもなー」

 世帯主である劉玄は、ここでやっと必要な段取りを思い出す。ただ、それは一気に割愛されており、偽りのない本音を垂れ流しにしていた。


「お父さん……本当は愛娘が欲しかったし」

「⁉」

 乙葉が絶句する中、その隣からはさらに同じ調子で本音が流れてくる。

「お母さん……本当は一姫二太郎が理想だと思ってたし」


 これを耳にして——

「……拓……⁉」

 乙葉は最後の頼みの綱に目を移していた。だが、その実弟はそこで視線を逸らしながら、か細い声で呟く。


「……兄貴から玉と竿がなくなって、おっぱいが二つ増えただけだろ? プラマイゼロで何も変わってないよな」

「どういう理解⁉」

 乙葉が思わずその将来を悲観しそうになっていると、ここで劉玄がどこか達観した様子で告げていた。


「……とにかく、どんな姿になっても、お前は家族だ」

「——!」

「これからも、よろしくな」

 だが——

 それを聞いた乙葉は、ただ胡乱な目を向けるのみ。


「……父さん……うまく収めようとしてるけどね……そもそも、あんたが最大の元凶なんだよね……」

 この極めて冷めた視線による指摘に、一方の実父は咳払い。

「……む……それは……それとして」


 そして、急に真顔になって続けていた。

「……ともかく、まずは一つのお願いがあるんだが……」

「?」

「一度でいい——パパと呼んでくれ……!」


 この発言の直後——

「——ッ!」

 乙葉はちょうど手元にあった熱々のグラタンを、無意識に片手で確保する。次いで、そのまま無言で振りかぶると、それを実父の顔面へと叩き込んでいた。


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