第4話 アフター・プロローグ

「——それにしても」

 と、京華が急に話を変えたのは、ちょうどテーブル上のカフェラテを飲み終えた直後のことだった。


 場所は、同じショッピングモールの一階にある有名なチェーン店。テーブルの向かいに座っている乙葉は、まだ同種の飲料に刺さっているストローに口をつけている。既に数件のアパレルショップを一緒に巡っていたのだが、少し疲れたので休憩中だった。


 京華が続ける。

「昨日は……ほんとに焦ったよな。あんな風に、急に意識が飛ぶなんて」

 この唐突な感想に、一方の乙葉は残りの液体を全て飲み干してから反応していた。


「……山とかだと、火山性のガスなんかの可能性もあるからね。まぁ……今回は、そっちでなくて良かったんだけど……」

「……ほんとに、命があって良かったよ。ただ、昨日の今日だと、まだ身体に違和感が残ってるものだよな」


 と、京華が何やら大げさに不調を訴えている。

「……?」

 その言動に乙葉が眉根を寄せていると——

 ここで京華が自分の荷物を持ち、急に立ち上がっていた。

「ということで、今日はもう疲れたし……そろそろ帰るか」


 が——

「……待ちなさい」

 と、乙葉がその腕を掴む。

「!」

 一方の京華がそれでも逃げようとしていたが、乙葉は強引に引き留めていた。


「まだ……これからランジェリーショップの方に行くんだけど?」

「……えー……いや、待てよ。俺達……本当は男だぞ?」

 京華が思わず失言をする中、一方の乙葉は周囲を気にしながら小声で注意をする。

「……声が大きい……! あと、一人称……!」


 ただ、二人の会話を聞いている者は、特にいない様子だった。今が平日の昼間で、店内が閑散としていることが幸いしたらしい。乙葉がそのことに胸を撫で下ろしていると、ここで京華がさらに突飛な発言をしていた。


「……ノーブラノーパンじゃダメなのかよ」

「な——⁉」

「お? 何か想像したのか? このエッチめ」

 その明らかにふざけている様子に、一方の乙葉は小声を続けながら怒気を発する。


「……冗談言ってる場合じゃなくて——!」

「!」

 その真剣な様子に京華が口籠る中、乙葉は冷静になって続けていた。


「……今はまだいいけど、来月からは学校だよ? 制服はスカートだよ? そっちの方が面倒なことになるって、すぐに分かるよね? 元が男なら、その視線がどういうものか、よく知ってるよね?」


 立て続けの詰問だったが——

 一方の京華は、戯言がやめられないらしい。

「……とりあえず、乙葉の方から先に御神体モードになってくれないか? 俺はそれを拝んでから、色々と試してみるよ」


 この反応に、乙葉はこめかみ辺りを騒がしくしながら、指先に力を込めていた。

「女の子が真顔で意味不明なことを言わない……!」

「——いたた……ッ! つねるなって……!」

 京華が本気で痛がっているため、乙葉も立ち上がってから手を放す。だが、その意志は微塵も揺らいではいなかった。


「……とにかく! ぼ——私も……覚悟は決めたから……」

「……あー……あのあと、目覚めない方が良かったかもな……」

「縁起でもないことも言わない。さ……覚悟が鈍らないうちに行くよ」

 そう告げると、自身も荷物を持ってから親友の背中を強引に押す。


 ただ——

「——!」

 その時、乙葉の内心では、小さな動揺が走っていた。


 記憶の中にあるそれは、以前はもっと筋肉質だったはずだ。何度か触れて、確認した覚えがある。そんな直近の過去を思い出して、一瞬だけ哀愁を感じていた。


 だが、それ以上の感傷は、すぐに頭から振り払う。そして、心を鬼にしてでも、親友の背を強引に押し続けていた。


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