第5話 おそらく少女の二人
それから——
どれほどの時間が経過したのだろうか。
やっと葉一の意識が回復してきたのだが、まだ全身の感覚がほとんど戻っていなかった。四肢を動かそうと思っても、神経を認識できない。瞳はなんとか開いているのだが、この暗闇と再起動したばかりの頭では、何も捉えることができなかった。
この間、ずっと脳裏を巡っているのは、生とは真逆の単語だ。実感は全くないが、その概念はこういうものなのだろうか。判然としなかったが、朧気でも色々と思うことはあった。
もっと——
長く生きていたかった。
まだ、やりたいことがたくさんあったのに——
そんな悔恨の念がずっと内心で燻っており、それだけが自我を保つ唯一の拠り所だった。
その後——
さらに、永遠とも思える刻が経過して。
ふと——
「………………う……ん……」
なんとか、声が出せる状態まで回復していることに気づいた。だが、大声を上げて助けを呼ぶことは、まだできそうもない。例えできたとしても、ここは山奥の洞窟の中だ。誰かに声が届くとは到底思えなかった。
そのため、葉一は体力を他に回す。再び全身の神経に意識を向けると、辛うじて四肢を動かすことができた。次いで、首もなんとか動くことを確認する。そのまま何気に横を向いていると、そこでぼんやりと光る何かを発見していた。
最初は、それが何かよく分からなかったが——
「——ッ!」
急に理解したのと同時に、葉一の意識がそこで完全に覚醒する。まだ全身がかなり重かったが、四つん這いの状態でなんとか起き上がっていた。
視線の先には——
光源となっている懐中電灯の灯火。
その傍に——
「……きょう……や……!」
親友が横たわっていた。葉一はなんとか身体を引きずりながら、そちらへと向かう。ただ、声を掛けても全く動かないため、我武者羅に這っていた。
が——
徐々に近づくにつれて——
「……?」
葉一は妙な違和感を覚える。
「……きょう……や……?」
暗闇の中、そこに横たわっている人物。着ている衣服は、確かに親友のものだ。だが、それに包まれている者が、どうしても同一人物とは思えなかった。
特に——
視覚的な相違点として、その頭髪が本人のものではない。何故か、身長とほぼ同等程度にまで伸びているのだ。まるで何年もの間、ずっと切らずに放置されていたかのような状態だった。
葉一は一瞬、お互い植物状態になっていたのかと思う。だが、それならば、すぐに動くことなどできないはずだった。
とにかく——
さらに、親友の元へと這う。
そして——
その顔を覗き込んだ直後のことだった。
葉一は——
「………………え……?」
そこに、見知らぬ少女の顔を発見していた。
いや——
その顔には、確かに親友の面影が残っている。だが、明らかにその性別が違うのだ。相手の全身も見回してみると、全体的に華奢になっている。そして、胸には明確な双丘。どこからどう見ても女子なのだ。これは響也のはずなのに。
「……どう………………なってる……?」
呆然と呟いていたが、とりあえず相手の顔の前に掌を向ける。呼吸が確認できるため、生きてはいるようだ。だが、どうしてこんなことになっているのか。全く理解ができなかった。
一度、頭の中を整理しようとするが、どこをどう繋げようとしても因果関係が導けない。頭の中はパニック寸前の状態であり、そのまましばらく呆けてしてしまっていた。
ただ——
「………………う……」
そこで、相手に反応がある。
「——ッ⁉」
葉一はさらに混乱しそうになっていたが——
とにかく、まずはその少女の認識を確かめることにしていた。
「……だい……じょうぶですか……⁉」
思わず、敬語になっている。だが、そんな自身の動揺自体は、まだ理解ができた。
それ以上に、ひどく驚いていたのが——
「……⁉」
自身の異変の方だった。
やっと気づいたのだが、声のトーンが妙に高いのだ。聞き慣れた自分の声音ではない。もしかして、先程の現象が原因なのだろうか。判然としなかったが、ここで相手の意識が覚醒したため、その究明は後回しにしていた。
すると——
「………………よう……いち……?」
相手の少女が、その名前を呟く。
それを聞いて——
「——ッ!」
当の本人は、目を丸くするしかなかった。
どうやら——
目の前の少女は、やはり響也らしい。自分にこのような知り合いはいないのだから。まだ因果関係の方はさっぱりだったが、そう理解するしかなかった。
「……うん。そう……だよ……」
なんとか、それだけ反応している。
同時に、響也の目もはっきりと見開いていたのだが——
そこで——
「……?」
相手が何故か首を傾げていた。
その反応が、葉一には分からない。
「……?」
揃って同じ仕草をしていると——
響也がなんとか上体を起こしてから、相手の姿を改めて確認。次いで、意外過ぎる発言をしていた。
「……お前……本当に……葉一……か……?」
これを聞いて——
「………………え?」
当の本人も、急に何か嫌な予感を覚える。つい先程も気づくタイミングはあったのだが、親友の状態に気を取られ過ぎていたようだ。
故に——
現在、自身が客観的にどう見えているのか。視覚的な異変の範囲は、親友だけなのか。一連の情報を総合的に考察すると、すぐに確かめる必要があった。
葉一は——
「——ッ!」
慌てて自分の全身に手を回す。すると、確かな差異が複数確認できていた。
頭髪が——何故か肩まで伸びている。
胸には——親友と同じような膨らみが二つ。
そして——
「——ッ⁉」
股間には——なんの感触も確認できなかった。そこにあるはずのものが、完全に消失しているのだ。葉一は徐々に頬を引きつらせると、茫然自失の状態で硬直していた。
その直後——
一方の響也も、やっと自身の異変に気づく。
「……うん……? んん……ッ⁉」
そして、葉一と全く同じ過程を繰り返すと、お互い見つめ合いながら沈黙することになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます