第3話 洞窟の中で

 葉一と響也は山道の入り口に辿り着くと、古地図を片手にしながら山登りを始めていた。標高はそれほどない上、頂上まで向かう訳でもない。そのため、普段のスニーカーでも問題なく進むことができていた。


 途中、地図が示す苔むした地蔵の地点まで辿り着くと、山道を逸れて道なき道を行く。そのまましばらく進むと、そこで急に空気感が変化していた。


 二人の目の前に——

『——ッ!』

 ぽっかりと大きな口を開けた洞穴があった。そこから、微かな冷気が漂ってくる。古地図と照らし合わせても特徴が一致しており、間違いなくここが目的地のようだった。


 この奥に、水城浦家に関する何かが眠っているらしい。まるで冥府の底へ繋がっているような雰囲気だったが、一方の響也は俄然その瞳を輝かせていた。

「……じゃあ……行くぞ……!」

 そう言いながら懐中電灯のスイッチを入れると、真っ先に突入しようとする。


 一方の葉一は、恐る恐るその背に続こうとしていたのだが——

「——ん?」

 そこで、足元に何かを発見していた。


 立ち止まって下を観察していると、それに気づいた響也も足を止めて振り向く。

「なんだ? どした?」

 すると、葉一はそこで中腰になり、地面を指差していた。

「これって……誰かの足跡だ……それも、つい最近のものに見える」


 この発見に——

「——なんだって⁉」

 響也が慌てて駆け寄ってくる。ただ、一方の葉一はそちらには視線も向けず、可能な限り眉間を狭めていた。


「既に……誰かがここに来てる……?」

「な……ッ⁉」

「……なんだ? ここまでの過程が、作為的にも思える……? これが誰かのミスだとすると、この先へ行くのは……」


 何やら色々と思考を巡らせているが、とにかく嫌な予感しかしない。だが、一方の響也は事実を表面的にしか捉えていなかった。

「——おい! グズグズすんな!」

 と、再び洞穴の奥へ。

「⁉」

 その言動に反応した葉一が慌てて視線を向けると、一方の響也はただ焦燥感にかられて走り出していた。


「誰かに先を越された……! 急ぐぞ!」

「——あ! おい……!」

 葉一が慌てて引き留めようとするが、聞く耳は皆無。やむなく追随していたが、相手は走る速度を上げており、なかなか追いつくことができなかった。

「響也! やっぱり、何かおかしい! 一旦、引き返して——」


 と——

 なおも翻意を促そうとしていた時だった。

 急に——

「……?」

 前方の響也がピタリと足を止める。理由は分からなかったが、葉一はこの隙に一気に距離を詰めていた。


 次いで、相手の背に語り掛ける。

「どうしたんだ?」

 すると、響也は懐中電灯の光で、その周囲を照らし出していた。

「……おいおい……いきなり行き止まりじゃないか」


 そこは——

『——!』

 広い半球状の空間になっていた。直径が十メートル以上あり、天井は手を伸ばしても全く届きそうにない。鍾乳石がいくつか確認できるので、自然に形成された場所のようだ。ただ、いくら電灯で周囲を照らしても、その先へ続く道は一向に見当たらなかった。


 響也が首を傾げる。

「どうなってんだ? もしかして、入る洞窟を間違えたのか?」

 すると、葉一がその隣に立ちながら、足元を指差していた。

「ここ……人の手が入ったような形跡は確かにあるよ。地面がならされているからね」

「!」

「でも……古地図に記載されているような扉は確認できないね」

「そうなんだよな……」


 響也が思わず肩を竦める。同時に難しい顔にもなっていると、葉一が相手を急かし始めていた。

「……とにかく、一旦ここを出よう。何か、気味が悪いよ。そもそも二人でないと開かない扉とか、理解できないし」

 この提案に、一方の響也もそれ以外の方向性が見出せない。

「……とりあえず、そうするか」


 と、揃って踵を返そうとした——

 直後だった。


 突然——

『——ッ⁉』

 二人は強烈な眩暈を同時に覚える。響也が思わず懐中電灯を取り落とす中、一方の葉一は下半身の力が一気に抜けていく感覚に襲われていた。


「……な………………んだ……?」

 それに耐え切れず、地面に両膝をつく。意識も一気に朦朧としてきており、状況を正常に把握することも困難になっていた。

「……急に……………こんな……」


 何が起きているのか全く分からないが——

「きょう——」

 とにかく、親友の姿を探す。


 すると——

「——ッ!」

 霞が掛かったような視界の中、その響也が急に全身の力を失い、ゆっくりと仰向けに倒れ込む姿が目に飛び込んできた。


 葉一はわずかな光源の中でそれを確認し、慌てて手を伸ばす。

「……響也……ッ!」

 が——

「——ッ⁉」

 そこで、下半身の感覚が完全に消失。前方に突っ伏してしまう。口の中にまで土が入ってきていたが、今はそんな感触も徐々に遠のいてきていた。


 このままでは——

 二人とも、命の危険にさらされかねない。

 どちらかでも、外に助けを呼びに行きたいところだったが——

「………………う……」


 もう——上半身にも、ほとんど力が入らなくなっていた。意識と共に、全身の感覚が急速に失われていく。それでも、葉一は最後の力を振り絞って、前に手を伸ばそうとしていた。


「……きょう………………や……」

 すると——

「……う………………よう……い……」

 向こうも、なんとか手を伸ばしてくる。もう、その意識は消える寸前だったが、力の限り手を伸ばして来ていた。


 そして——

 二人の指先がなんとか届いた、そのタイミングで——

 両者の意識は、そこでプツリと途切れることになっていた。


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