第2話 親友の思いつき
刻は丸一日ほど前に遡る。つい先日、地元の中学を卒業したばかりの和泉葉一は、突然の呼び出しを受けていた。相手は水城浦響也。多感な時期を共に過ごした親友だ。お互いの性格も家柄も真逆だったのだが、それ故に惹かれ合ったのだろうか。判然としなかったが、不思議と馬が合っていた。
これからの進学先は別々だったが、お互い地元を離れる訳ではない。今後も付き合いは続けるつもりなので、二人が疎遠になることはないはずだった。
葉一は現在、春から始まる新生活の準備の真っ最中だ。そんな忙しい中での呼び出しだったのだが、既に諦めの境地にある。
「……毎度のことなんだよな、あいつの急な思いつきは……今日はいったい何を企んでいるのやら……」
そう呟きながら、跨っている自転車のペダルを適当に踏み込んでいた。
彼らが住んでいる自治体——
目的地は響也の自宅だ。あと数分でその門扉に辿り着くのだが、実をいうと、もう既に親友の実家には到着している。道路の真横を確認すると、同じ品種の樹木で統一された生垣が、進行方向の先へとどこまでも続いていた。
この碧原市の陰の実力者。それが水城浦家だ。なんでも、この一族は有能な祈祷師の家系であるらしい。その力によって、市内に居を構える実業家ほぼ全員と、なんらかの繋がりを持っているという噂だった。
科学全盛の今の時代に、そこまでの神秘が存在するとは眉唾ものだ。しかし、この屋敷の規模を見れば、信じざるを得ない。もっとも、葉一にとってそれは特に重要なことではなかったのだが。
ふと——
「——ん?」
急に懐のスマホが反応したため、葉一は自転車を一旦停めて画面を確認。すると、そこには予想通りの名前が表示されていた。
「……響也から? このまま……裏門の方に来いって?」
その内容を確認してから、思わず周囲を見回している。どこから見ているのかは不明だが、接近に気づいて通知をして来たようだ。未だにその目的自体も不明だったが、とにかく行くしかないだろう。そう判断して、指示通りに屋敷の裏へと回っていた。
それから数分後。ようやく目的地が見えてくると、すぐに見知った顔を発見する。その響也は裏門の前で既に待機しており、葉一と同じように自転車に跨っていた。
ただ、お互いが姿を確認したのと同時に——
「——こっちだ!」
響也がそれだけ言い残して、勝手にどこかへと走り出してしまう。
「!」
一方の葉一はやっと到着したと思っていたので、下半身の力が抜け掛けていた。そのため、慌ててペダルを踏み込んでいる。ただ、向こうも全力では走行していなかったようで、すぐに追いついていた。
すると、響也が後方を確認してから、ここで速度を上げる。
「このまま行くぞ! 付いて来い!」
「おい……! ちょっと!」
葉一の方は、なんとかそれに反応。ただ、相手に追随するだけで精一杯の状態だ。そのまま数分が経過したところで息切れをし始めると、それに気づいた響也が速度を落として隣に並ぶ。次いで、何気に顔を横へと向けていた。
「急に呼び出して悪かったな。今日のお前の予定は聞いてたけど、そっちの方は大丈夫だったのか?」
「今更それを聞くのかよ……」
葉一が肩で息をしながら呟いている。それを見て、響也は全く嫌味のない笑顔を向けていた。
「だから、悪いとは思ってるって」
そんないつもの表情に、一方の葉一は小さな溜息をついてから語り出す。
「……今日はなんか、うちの家族が妙に優しくてね。新生活の準備……代わりに、色々とやってくれるんだって。だから、問題はないんだけど……」
「それは、いいタイミングだったな」
響也がなおも心地よい笑みを浮かべていると、葉一はここでようやく本題に切り込んでいた。
「……で、まだ行き先を聞いてないんだけど……どこに向かってるんだ?」
すると、響也は率直に答える。
「俺の実家が所有する山の一つだよ」
「山?」
「ああ……実はな、さっきまで家の蔵を掃除させられてたんだけどな」
「蔵? 珍しいな。そんなのは、お手伝いさんの仕事だと思ってた」
葉一が首を傾げていると、響也も似たような仕草をしながら続けていた。
「普段はそうなんだが……たまには俺もやれってさ。そんなことを、母さんが急に言ってきたんだよ。俺の方も新学期の準備とか色々あるのにな」
「……?」
葉一がそれを聞いて、何か違和感を覚えている。自分がこうして暇を得たのも、いつもとは違う家族の対応があったからだ。お互い、それが重なったということだろうか。偶然なのかもしれないが、何か妙な感じがしていた。
そんな心境には気づかない様子で、響也が続ける。
「それはともかく……その時に、面白いものを見つけたんだ」
「面白いもの?」
「ああ……ちょっと停まるぞ」
そう言いながら、急ブレーキ。
「——!」
葉一の方も慌てて自転車を急停止させると、直後に響也が懐から何かを取り出す。そして、相手の眼前に差し出していた。
丸まった一枚の古い和紙だ。一方の葉一は、それを受け取って中身を確認。
そこには——
「……これって……」
墨で描かれた、この周辺の地図が描かれていた。
響也がニンマリとする。
「どうだ? なかなか面白そうだろ?」
「……昔の……古地図?」
「そんなに古いものじゃなさそうだ。俺でも読解ができたからな。ただ、ここのところに妙な記述を発見してな」
葉一も親友が指差す場所に視線を移すと、そこには達筆な文体で意味深な内容が刻まれていた。
「……洞窟の中に……二人でないと開かない扉……?」
「……なんだと思う?」
「いや、さっぱり」
葉一が即答する中、響也はさらに懐へと手を伸ばす。
「俺もだ。だから……これから確かめに行くんだよ。その奥に何が隠されているのかを。ここには、ちょうど二人いるしな」
そう言いながら取り出したのは、一つの懐中電灯だ。そのスイッチを入れたり切ったりして、電源の確認もしている。
「面白そうだろ? 何が出てくるのか」
再び無邪気な笑みを満面に浮かべていたが——
一方の葉一は不安でしかなかった。
「……いや、いいのかよ」
「大丈夫だ。全部、うちの所有物だからな。多分」
「多分って……」
短く呟くと、葉一は思わず脱力する。それを見た響也は、ここで強引に事を推し進めていた。
「……とにかく!」
「!」
「ここまで聞いたら、お前だって気になるだろ?」
「それは……」
と、葉一も好奇心をくすぐられて迷っていると、一方の響也はそこで相手から視線を外す。そして、今いる場所から最も近い山に意識を向けていた。
「だったら……あとは実行あるのみだ。目的地は、もうすぐそこだしな!」
そう言い残すと——
「あ——!」
急な行動に驚く葉一を置いて、再び前へと進んでしまう。こうなると、もう何を言っても無駄だった。
一方の葉一は——
「——独りで行くなよ!」
それだけ叫ぶと、無意識に自転車のペダルを踏み込んでいる。危なっかしい人間を放ってはおけない性分なのだ。もう何年も同じことが繰り返されているが、その関係性は一向に変化がない。いや、それがいつの間にか自然な間柄となっており、それを否定する気は、お互いに全くなかった。
ただ——
この先、鬼が出るか蛇が出るか。なんにしても、葉一にはいい予感がしない。それでも、一蓮托生という名の呪詛に囚われながら、親友の背を追うことになっていた。
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