Episode_03

その少し寂し気な顔をした彼女が愛らしくて。私は自身の手を、そっと彼女の目の前に差し出した。

「…俺の爪になら…いいけど」

キョトンとした彼女の顔は今でも忘れない。声が出ないながらもプッと吹き出した彼女の顔が、私の中にフラッシュメモリーの様に刻まれている。

 今でも生きていたら―――結婚できただろうか。

自然と頬に温かいものが流れてきて、私は手の平で拭った。もう3年も経ったというのに、まるで昨日亡くなったかのように、涙が出てくる。

「どうなってんだ…俺の身体」

泥酔しつつ独り泣きながら笑いをこぼしているその様が異様に見えたのか。マスターが「…お客様、本当に大丈夫ですか?」と尋ねて来た。私は、うんうん、と頷いて答える。アルコールの飲み過ぎで視界がボウッとしている中、またスマホがバイブを鳴らした。『兄貴』と表示されたその画面に、私はようやく、カウンターの席から腰を上げた。

「マスター、ありがと。もう行くよ…」


                 *


斗真、と怒鳴り声が響く。深夜2時になろうとしている頃に自宅に帰宅した弟に、兄、徹也てつやは怒号を響かせた。

「お前、いい加減にしろ!今何時だと思ってんだ!」

国内大手のレストランチェーンである『BONES《ボーンズ》』の会長を務める兄、徹也は、酩酊して帰宅した弟に、顔をしかめて対峙した。私が中学生の頃に亡くなった両親の代わりに会長に就任し、この牛沼うしぬま家を支えてきた徹也は、落ち着いた雰囲気の大人の男というタイプで、一見して穏やかに見えるが、実は芯が強いしっかりした性格だった。幼少期から次男として甘えて育った私とは少し性格が違う。

「ごめん、兄貴…」

兄の叱責にも、朝とも昨日とも変わらず覇気無く謝罪を口にする姿を見ていると、徹也の態度からは、怒気はしおしおと引いていく。

「疲れてるんだ…ごめん、もう部屋に行くよ…」

斗真は広く大きな玄関傍を後にし、階段を上ってやがて姿を消した。顔をしかめていた徹也は、弟のそんな後姿に大きめの溜息を吐いた。

彼の脳裏には、3年前に事故死した斗真の恋人―――美奈みなの顔が浮かぶ。

「もう……3年か」

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凍てつく鼓動 赤魚の煮つけ @ishizawa1

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