第11話『私の敵』


 エクスの命令に従い撤退していく帝国軍。

 それを俺達は静かに見送り――



「ようやく私の敵が現れてくれたな」


 ぽつりと。

 感慨深げにエクスはそう呟いた。


「よくぞレゾニアを倒してくれた。そして……ふむ。どうやらギルベルトも敗れたようだな。実に……実に喜ばしい事だ」


「お前……帝国三騎士のトップだよな?」


「いかにも。我が名はエクス。エクス・デュランダー。貴殿の言う帝国三騎士。その最後の一人だ」



 エクス・デュランダー。

 帝国三騎士。その最後の一人。

 そして。こいつの言う事が正しければリルはギルベルトとの戦いに勝利したらしい。



 だからこそ、分からない。



「その帝国三騎士の最期の一人が仲間の敗北を聞いて喜ばしいって言ってるのはどういう訳か。聞いてもいいか?」



「それは――」



「それはこいつらの目的が戦いそのものだからよ」



 エクスが口を開くのとほぼ同時に。

 傷だらけのリルがゆっくりとこちらに戻って来た。



「り、リルッ!!」


「リルカッ。大丈夫!?」


「私は大丈夫。アンタ達こそレゾニア相手によくやったわね。さすがだわ」



 俺とティナは傷だらけのリルに駆け寄る。

 良かった。だいぶ傷ついてるけど命に別状はなさそうだ。



「ねぇリルカ。さっきのってどういう――」


「レゾニアとギルベルト。あの帝国三騎士の二人はね。ここに居るエクスと対等に戦える相手を見定める為の試金石に過ぎなかったのよ」


「対等に戦える相手を見定める? 意味不明。それに何の意味があるの?」


「当然、意味なんてないわよ。全部が全部このエクスって魔人の自己満足。こいつは対等に戦える相手がなくて飢えてたみたいでね。だからこそ、自分と対等に戦える相手を探す為だけに争いの種をまき続けてたのよっ!」


 そう言ってリルカがエクスを睨む。

 エクスは肩をすくめながら。



「自己満足とは言ってくれる。もっとも、否定などするつもりもないがな」



 そう言ってリルの言葉を否定せず受け入れるエクス。

 全部その通りって訳か。


 奴は俺達をゆっくりと眺め。



「スキルを極めし者に古代の混ざりものの生き残り。そして転生スキル保持者か。なんとも面白い顔ぶれが揃ったな。これだけの者達が同じ時代に生まれるなど。何かしらの因果なのか。はたまた力は力を呼び寄せるのか。お前達はどう思う?」


 そんな質問を投げかけて来た。

 だけどそれをリルカは「ハッ」と鼻で笑い。


「知らないわよそんなの。気になるなら私たちに倒された後、地獄でゆっくり考えてなさい。どうせ逃がすつもりはないんでしょ」



 そのリルの言葉にハッとする。

 そうだ。

 このエクスという魔人の目的は戦いそのもの。


 自分と対等に戦える相手と熱い勝負がしたいというのが望みなんだろう。


 その為の試金石がレゾニアとギルベルトであり。

 だとすれば。

 そんな二人を打倒した俺達をこいつが見逃すはずがないっ。



 そう思っていたのだが。



「いいや? 俺は貴様らを見逃すつもりだ。全員もう戦える状態ではないだろう? 万全の状態となって出直してくるがいい」



「「え?」」



 見逃す?

 なんで?


 俺とリルが目を点にして驚いている中。

 ティナが一歩前に出てエクスに話しかけた。


「私たちは今、戦いの後で消耗しょうもうしてる。私たちを倒すのだけが目的ならばこの機を逃す手はない。けど、あなたの目的は充実した戦いそのもの。だから、この場は見逃してくれる。そういう認識でいい?」


「その通りだ。貴様らの準備が整うその時まで俺は待とう」



 こっちの準備が完全に整うまで待つと言うエクス。


 ……冷静に考えてみればそうか。


 リルの話を聞く限り、こいつの目的は熱くなれる戦いそのもの。

 要するに、バトルジャンキーだ。

 そんな奴が消耗しきっている今の俺達と嬉々として戦う訳がない。



「もっとも、帝国軍には引き続きクロウシェット国とジェイドル国を攻めさせるがな」


「………………なぜ? さっきは退かせたはず」


「アレは貴様らの素晴らしい戦いを見せてもらった礼だ」


「礼?」


「なんだ? それだけでは不服か? ならばそうだな。我ら帝国軍はクロウシェット国に対し、三日間は攻勢に出ないと誓ってやろう。それをもって先ほどの戦いへの礼とする」



 機械的なティナの質問に対し、どこまでも上から目線のエクス。


 こいつ。この言い方。

 はるか上空とかから俺達の戦いを見てたって訳か。





 その戦いが見ていて面白かったから。

 だからクロウシェット国に三日だけ猶予ゆうよをやろうと。


 つまりはそう言う事だ。



「意味不明。あなたの目的は対等の戦いを行う事のはず。なのになんで帝国軍をクロウシェット国に差し向けようとするの? それも新しい強者を見つける為?」


「無論、それもある。だが、それだけではない」


「それだけじゃない?」


「確かに俺が求めるのは俺自身が熱くなれるような戦いだ。だが、それとは別に駒を使った戦いも好みでな」


「駒?」


「そう、駒だ。俺にとっての帝国軍。そんな自軍の駒を強化させ、敵軍の駒を殲滅せんめつする。これが中々に良い暇つぶしとなってな。ついでに俺と戦える相手を見つける為の試金石にもなるのだ。やらぬ理由がないだろう?」



 引き続きティナの疑問に答えていくエクス。

 だけど、俺にはその内容がうまくのみ込めなかった。


 なぜかって?


 違ったからだ。


 価値観が。考え方が。何もかも俺とは致命的にずれている。

 


 暇つぶし?

 ついでに強いを相手を見つけることができるかもしれない?


 たったそれだけの理由。

 それだけの理由でこいつは戦争を起こしていると。

 こいつはそう言っているのだ。



「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 瞬間。

 リルがキレた。



「さっきから上から目線で何様のつもりよ!! ギルベルトの奴にも言ったけどね。人間様をなめんじゃないわよっ!!」



 その体が眩しく輝く。

 バチバチと輝きだすリルの体。

 アレは……一体?



「――雷神招来」


 発光を続けるリルの体。

 それを興味深げにエクスは見て。


「ほう……面白い。やる気のようだな。しかし正気か? この場でやり合うのは俺にとっても本意ではない。そもそも、そのスキルは一歩間違えれば自滅じめつするものだろう? 加えて貴様は満身創痍まんしんそうい。冷静に考えれば仕掛けるのは今ではなかろう」


 冷静になるといい。

 エクスはそうリルへと語り掛けていた。

 しかし、リルはもう完全にキレていて。


「うっさいっ! そんなの関係ないわよっ! 私はただ、アンタの事が許せないからぶん殴りたい。ただそれだけ。女には退けない時があんのよぉぉぉぉぉっ」



 そう叫ぶなりリルが消えた。

 尋常じんじょうじゃない速度。



 気づけば『――バチィ』っと電気が弾けるような音がしていて。

 

 リルの拳が魔人エクスの腹部をつらぬいていた。



「……え? 終わり?」



 なんて呆気あっけない終わり方。

 いや、それだけリルが規格外に強くなっていたという事だろうか?




 バチバチと青白く体そのものを光らせているリル。

 まるでリル自身が雷様になっているかのようだ。


 もし、その通りなのだとすれば魔人エクスといえど敵わないのは当然で――



「ご主人様っ! 気を抜かないで。魔人はそこまで甘くないっ!! 撃って!!」


「は?」


 リルが叫ぶようにして俺に撃てと言う。

 何を?

 決まってる。銃かミサイルランチャーか。とにかくTPS武器を取り出してエクスを撃てと言っているのだろう。


 だけど、必要か?

 だってエクスは腹を貫かれていて――



「――見事。この俺が反応すらできない速度。さすがギルベルトを倒しただけの事はある」



 そう言って一歩後ろへと下がるエクス。

 そうしてリルによって貫かれていた腹部は……ただ服が焼けた後しか残っていなかった。


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