第9話『想定外の結果』



 ――レゾニア視点



「行けっ! ティナっ!」



「了解っ!!」


 

 私の氷の世界に煙が充満する。

 その中で敵の声が響くが。



(ふん。愚かな)



 特に危機感を抱くことなく、私は静かにその場から移動する。


 確かに、あの赤目の少女は厄介だ。

 こちらの薄い防御など、一発で叩き壊してくる。

 それに、以前戦ったときよりも威力が上がっているように思える。


 ゆえにあの少女の攻撃。

 アレは一撃たりとも喰らう訳にはいかない。



(だが、この視界の中で私の位置が分かる訳がないだろう)



 煙が充満しているこの中で。

 私の位置を正確に把握できるわけがない。


 こちらが素人ならば気配や殺気でこちらの位置を掴まれたかもしれない。

 だが、この私が気配や殺気を遮断しゃだんできないはずもない。



(二人の位置は声である程度は把握した。だが……銃器使いはひとまず放置だ)



 銃器など、いくらでも氷の壁で弾ける。

 念のため、私は周囲に氷の壁を生成しようとして。



(――おっと、危ない)



 寸前で氷の壁を作るのをやめる。

 危なかった。


 私が周囲に氷の壁を展開すれば。

 視界は塞がれていようとも、その音を頼りにこちらの位置が把握されてしまう可能性がある。


 それこそが敵の狙いか?


 この閉じた世界の氷を私は自在に操ることが出来るけれど。

 さすがに音もなく氷の壁を生成する事は不可能だからな。



(まぁ良い。氷による防御などあの赤目の少女には無意味だからな。氷の壁など用意する必要もなかろう)


 そうして私は気配を殺したまま、音を頼りに赤目の少女を狙い打つべく耳を澄ませ。



 ――タタタタタッ



(っ!!)



 静かな足音。

 赤目の少女のものだろう。

 なんとか音を殺して走ろうとしているようだが、慣れない氷の足場という事もあり殺しきれていないらしい。

 


 その音を頼りに。

 私は音がした辺りの氷を操り、鋭い氷柱つららを生成。

 赤目の少女へと攻撃を開始する。



「くっ――」



 短い苦悶くもんの声。

 命中したようだ。


 しかし、足音は止まない。

 浅かったか。


 ならば次々と作り出すまで――



(………………なに?)



 そこで気づく。

 赤目の少女のものと思われる足音。

 それが真っすぐにこちらへと向かってきている。



(この視界の中。私の居場所を把握できているのか?)



 そうだとすれば少し厄介やっかいだ。

 なにせ、こちらは相手の位置を音でなんとなく把握できているだけ。


 近くに到達されるまでに赤目の少女を仕留められるかは……怪しい。



 そのまま赤目の少女を音を頼りに攻撃したものの。

 有効打は与えられず、音がすぐ近くまで迫ってきた。



(くっ――)



 まずい。

 いや、落ち着け。

 落ち着いて赤目の少女の攻撃をかわすのだ。


 赤目の少女を仕留める事は出来なかったが、それなりに傷つける事はできたはず。


 その傷ついた体で。

 この氷の世界で。


 私が避ける事すらできない一撃を放てるとは思えない。

 私は意識を集中させ、迫る赤目の少女の一撃を避けるべく構え。



「――ご主人様。今っ!!!」



「なに?」



 この期に及んで銃器使い?


 確かに。

 赤目の少女の声とは別の方向から気配と殺気を感じる。

 奴もこの視界の中で私の位置を把握できているというのか?



 だが、銃器使いの攻撃ならば問題ない。

 周囲に氷の壁を展開すれば簡単に銃撃など防げるはずで。



「ちっ――。やってくれる」



 数瞬の思考でそれは愚行だと私は悟る。


 腹立たしい事に、私はどちらかの一撃を受けるしかないようだ。


 銃器使いに対応するため、周囲に氷壁を張れば私は逃げ場を失ってしまう。

 そうなれば赤目の少女の一撃を避ける事は不可能だ。


 逆に氷壁を張らなかった場合。

 赤目の少女の一撃を避けれたとしても、銃撃を喰らってしまうだろう。


 銃器使いの気配と殺気。

 それを頼りに一方向に氷壁を張れば逃げ場も残るだろうが、そんな中途半端な防御策を講じればどちらも喰らってしまう可能性もあるので却下だ。



(さて)


 どちらの攻撃を受けるべきか。

 判断は一瞬だった。

 


(私にとっての脅威は古代魔術を操る赤目の少女の一撃のみ。ならば銃器使いは放置だ)



 なにせこの身は魔人。

 人間などより頑丈に出来ている。


 ゆえに、銃撃など喰らっても死にはしないだろう。

 無傷というわけにもいかないだろうが、赤目の少女の一撃を喰らうよりはマシだ。



「Φωτεινή Εκρηκτικότητα!!」



 近くで詠唱される古代魔術。

 視界を封じられた煙の中でもその光は視認出来た。


 ならばもう恐れることはない。

 銃撃によって訪れる衝撃にだけ注意し、私は赤目の少女の一撃を避け――




 ――パァンッ




「な……に……?」



 頭に訪れる強い衝撃。

 それと共に、私の身体は意思とは関係なく崩れ落ちる。



「馬鹿な……。ただの銃撃だぞ? 氷壁で防げる程度の一撃で……この私が?」



 あり得ない。

 だが、間違いない。

 私を狙って発射された弾丸。


 それは私の頭に直撃した。

 そこまではいい。想定通りだ。


 想定外なのはその結果。

 その一撃は私にとって致命傷となっていた。

 


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 迫る赤目の少女の一撃。

 回避せねば。

 そう思いはするものの、瀕死ひんしの体は思うように動かず。




「……申し訳ありません。エクス卿」



 そうして。

 私の視界は光に包まれ。

 その光景が私の最期に見たものとなった――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る