第7話『レゾニアの世界』


「Φωτεινή Αναγέννηση」



 レゾニアとの戦い。

 その開幕早々。

 ティナは古代魔術を詠唱し、その拳に光を集め始めた。


 その光は何物をも破壊する破滅の光。

 かするだけでも重傷を負い、直撃すれば相手が魔人といえど破滅は免れないというものらしい。



「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 レゾニアへと一気に迫るティナ。

 しかし。



「その一撃だけはもらう訳にはいかんな」



 レゾニアは足を軽く踏み鳴らすと共に短く詠唱。

 その足元から地面をうように氷がティナに向かって伸びる。


 そのまま氷はティナを捕らえ――



「無駄ぁっ!!」



 ――パリィンッ



 秒にも満たない時間で自分を捉えようとした氷を拳で叩き割るティナ。

 そのまま勢いを殺すことなくレゾニアへと向かい。



「無駄ではないよ。その数瞬の停滞さえあれば十分」



 いつの間にかレゾニアが遥か後方へと移動していた。

 レゾニアの足元から生成された氷。

 アレはティナを狙うと同時に、自分の移動補助のためのものだったらしい。



 そのままレゾニアは冷ややかな視線をティナへと向け、詠唱開始。



「Πάγια――」


「させるかっ!!」



 俺はレゾニアに向けてアサルトライフルを向ける。

 するとレゾニアは「ちっ――」と舌打ちしながら古代魔術の詠唱を中断。

 俺が引き金を引く前にレゾニアの周囲を覆うように氷壁が出現し。



 ――パァンッ



 そこで発砲。

 当然のようにアサルトライフルの弾は氷壁に阻まれ、レゾニア本体には何のダメージも与えられなかった。



「目障りだ。まずは貴様から狩るか」



 そのままついでのようにレゾニアは俺に向けて氷弾を飛ばしてきた。

 こっちはアサルトライフルを撃ったばかりで硬直状態。


 アーマードウォールを出せば防げるだろうが、この状態では不可能。

 この一撃、俺には防げない。



「ご主人様っ!!」



 そこでティナはレゾニアを追う手を止め、俺へと迫る氷弾を撃ち落としてくれた。

 ただ、そのせいでティナの足が完全に止まり。



 そこでようやく、全員の足が止まった。



「――やれやれ。面倒な組み合わせだな。防御不能の一撃と補佐に優れた中距離からの銃撃。どちらか一方だけならいくらでも対策のとりようはあるのだが」



 そう言いながら俺とティナへと視線を飛ばすレゾニア。

 こっちからしたらそんな俺達の攻めを難なくかわしているお前はなんなんだと問い詰めたい所だ。



「面倒なら逃げればいいんじゃないか? 俺達は止めないぞ」


 一応、そう提案してみるが。


たわけ。その手には乗るか。その気になれば貴様は遥か遠くから私を狙い撃てるのだろう? そうなれば更に厄介さが増すだけだ」



 ダメだった。やっぱりばれてた。

 距離さえ稼がせてもらえたなら再度スナイパーライフルで狙撃を続けるつもりだったのに。



「とはいえ、同じことを何度も繰り返すのは無粋ぶすいというもの。ゆえに……一つの地獄を見せてやろう」



 そう言うなりレゾニアの周りに氷の壁が生成されていく。

 同時に。



「Εδώ είμαστε στον κόσμο του πάγου――」



 レゾニアの詠唱が開始される。

 当然、それを黙って見ている訳にはいかない。



「ティナッ!!」


「分かってるっ!! けど……たぶん間に合わないっ!」



 そう言いつつも詠唱を止めるべくティナが飛び出した。

 しかし、そこでレゾニアの周りに生成されていた氷の壁が何重にもティナの行く手を阻む。



「Φωτεινή Αναγέννηση!」



 その手に光を集めるティナ。

 光をまとったティナの拳が氷の壁を簡単に割る。

 しかし――



「くっ、破壊したそばから氷が増殖して……。ダメ。溜めが足りない。もっと――光を」



 レゾニアの氷の壁を突破できずに居るティナ。

 それでも何か手があるのか。ティナは「Ηλιακή Εκδίκηση――」と詠唱を開始しようとして。



「Είσαι η μοναδική μου λάρνακα, που με δέχεσαι. Μέσα σε αυτή, θέλω να κοιμάμαι αιώνια. Στον κόσμο της αιώνιας παγωμάρας, δεν χρειάζονται κινούμενα πράγματα」



 長々と続くレゾニアの詠唱。

 それを聞いて、ティナが驚いた表情をしながら詠唱を中断して。



「これ……この魔力の高まり……まずいっ!!」



 そう言ってきびすを返すティナ。

 そのまま俺の元へと来て。



「ご主人様っ! 前のアレ出して。壁っ!」


「壁?」


「そう、壁っ! 早く。間に合わないっ!」


「わ、分かった」



 壁というのは前のレゾニアとの戦いの時に俺が出したアーマードウォールの事だろう。

 言われるがままに俺は前方にアーマードウォールを設置。


 とはいえ、レゾニアの周りは今も氷の壁が増殖中。

 レゾニアが長々と詠唱しているのは確かに気になるが、この状態でアーマードウォールが必要だとは思えないのだが……。



「まだだよご主人様っ! 後は火っ。ご主人様は火は作れない!?」


「火? そんなのいきなりは……いや。フレアガンを使えば作れるか。だけど、レゾニアの氷を溶かすほどの火力は出ないと思うぞ?」


 そもそもフレアガンは信号弾を撃ちだすだけのものだ。

 着弾地点を燃やす効果も一応あるにはあるが、それも副次的効果に過ぎない。


「作ってっ。ここにっ。早くっ」


「ここに? いや、そんな事をしたら俺達が燃えるだけじゃ――」


「いいからっ。私が守るから早くっ!!」


「わ、分かった」


 言われるがままに俺はフレアガンを取り出し、地面に向けて発砲。

 当然、火の手が俺達へと迫り。



「Ηλιακή Εκδίκηση!」




 そこでティナの古代魔術が発動。

 俺とティナを包むように光の防護壁が出来上がる。


 結果、迫る炎で体が燃える事はなく、少し熱い程度で済んだ。



「Πάγωσε. Πάγωσε. Πάγωσε. Ο κόσμος, μαζί με όλα τα πράγματα, παγώνει στη ματιά του!!」



 響くレゾニアの古代魔術の詠唱。

 その詠唱が終わった時。



 世界が――変わった。



 ――――――――キィィィィィィィン――――――――



「………………あれ?」



 ティナの焦った様子からレゾニアが極大の一撃でも放つのかと思っていた。

 けれど、そんな様子はない。

 しかし、確実に何かが変わっていた。



 それを確認するべく俺は展開していたアーマードウォールへと触れ。



「つめたっ!?」



 アーマードウォールの冷たい感触に俺は思わず手を放す。

 そうして慌てた拍子に俺は足を滑らせ。



「あでっ」



 つるっと。

 そんな擬音が鳴りそうな勢いで転んでしまう。



「いつつ。一体何がどうなって。おっと」



 立ち上がろうとして、また足が滑りそうになる。

 今度は気を付けようと、俺は足元の氷で滑らないようにバランスを取りながら立ち上がって。



「……氷?」



 そこで気づいた。

 地面が凍っている。

 いや、地面だけじゃない。


 俺が展開したアーマードウォールも。

 地面も。

 石も。



 何もかもが――凍っていた。


「というか……さっむ!?」


 さっきまでフレアガンの生み出した炎で体が火照っていたというのに、

 今はメチャクチャ寒い。

 見ればついさっき生み出したフレアガンによる炎も今は完全に消え失せていた。


「ご主人様……無事?」


「あ、ああ。無事だよ。ところでティナ。これは?」


「これは――」



「ようこそ、私の世界へ」



 いつの間にかレゾニアを守っていた周囲の氷の盾はなくなり。

 彼女はその姿を俺達へとさらしていた。


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