第5話『リルカの戦い-4』


 ――リルカ・トアステン視点



 スキル『雷神招来』によって無理やり立ち上がる私。

 そんな私をギルベルトは涼し気な顔で見つめてくる。

 まるで脅威を感じていない。そんな顔だ。


「ふ。何か気に障ったかな? ――あぁ、そうか。君と聖女は親しい仲だったな。怒ったか? 激怒したか? 彼女を弄りまわすと言った私を許せないと吠えるか?」



「っ!! ………………っ!!」



「おっと失礼。先ほどの怒声が最後の咆哮。もうまともに声すら出ない様子だな。しかし、凄いな。そんな状態で立ち上がるとは」


 ええ、そうよ。その通りよ。

 あの子に手を出すな。お前達は消えろ。

 そう言いたいのに、この口はピクピクとしか動かない。


 立ち上がったのはいいものの、本当に立ち上がる事しかできていないというのが現状だ。



「だが……それでどうなる? そんな状態で私に勝てるなどとは思っていないだろう?」


 うるさい。

 そんな事、とっくに分かってるわよ。

 あんなにメッタメタにされたんだから。

 こちとら無力感でいっぱいよ。


 出来る事ならこのまま倒れて楽になりたい。

 けどっ!!



「あの……子に……手を……出す……なぁっ!」



 ひりつく口で。

 私は再び大切な親友イレイナに手を出すなと叫ぶ。

 


「無論、断る。守りたいのならば私を、レゾニアを。そしてエクス卿よりも強くあればいい。この世は弱肉強食。弱い事が罪だ。君は私より弱かった。だからこそ奪われる。これはただそれだけの話だ」



「そん……なの……」



「不服か? だが、それがこの世のことわりだ。もっとも、先ほども言った通り人間ではその辺りが限界なのだろう。君ら人間が我々に勝つなど、最初から不可能な事だったのかもしれないな」



「げん……かい……? ふか……のう?」



「実際、その通りだろう? 君の可能性と言う限界はそこで打ち止め。いや、違うか。君はその限界すら超えて私にせまってみせた。もっとも、それでも私には届かなかったわけだが」



 限界だと。

 私にとっての限界はここだと。

 決して自分には勝てないと。


 再三にわたってそう告げるギルベルト。


 実際、私は打てる手を全て打った。

 全てを尽くして。

 私はギルベルトという魔人に手も足も出なくて。



 ――本当にそこが限界なの?



 自問自答する。

 そうして前にティナが言っていた事を思い出す。


『スキル。それはもしかしたらマスターの誰かが後世の人間が魔人に対抗できるようにって取り付けた機能なのかもしれない』



 スキル。

 それは古代人も魔人も持っていない能力。

 そこにティナは可能性を見出していた。


 だからこそ私はスキル『雷神招来』を古代の魔術知識を利用して完全にコントロールする術を身に着け、ギルベルトへと挑んだ。


 けれど、そのスキルを全開で使った結果がこれ。

 完全なる敗北だ。


 魔人に対抗できるようにと人間に取り付けられた能力がスキルだというなら。

 過去のマスターとやらは見込みが甘かったのだと言うしかない。


 それとも、なに?

 私はまだ、このスキルを十全に使えていないだけとでも言うの?


 電流を完全制御し、超速度を実現する。

 けれど、ギルベルトの速度は人間のそれですらなく、まさに風のごとき速さ。

 アレを捕らえようとするなら、それこそ雷のような速さを実現するしかなくて――


 ――――――雷?


「ははっ――」


「? 何を笑っている? 気でも触れたか?」


「ええ。そうなのかも……ね」



 これからやろうとしている事を考えて。

 私は気が触れたと言われても仕方ないなと笑う。



「――――――雷神招来」



 小さく呟き、スキルを違う形で発動。

 今までやっていた体の内部に電流を流すというやり方をやめる。

 代わりに――



「? なんだ? 青白く光って……。なにをやっている?」


「さぁ。なにをやってるんでしょうね……」


 集中する。

 今までのやっていた以上に、完全に電流をコントロールする。

 失敗は絶対に許されない。


 失敗すれば最後。

 ギルベルトに一矢報いる事すらできず。


 ――そして確実に私は死ぬ。

 




「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 かつてないほどの集中。

 全ての感覚が消えて。

 そして――――――成った。



「なんだ………………それは? 体が発光している……のか?」



 驚愕の表情で私を見つめるギルベルト。

 彼の言う通り。

 私の肉体は青白く光り、バチバチと電流が走っていた。



「いくわよ魔人」


 ――バリィッ


 呆けているギルベルト。

 私は間髪かんぱつ入れずにその頬をぶっ叩いた!



「なっ――」



 ようやく。

 ようやくまともにギルベルトに一撃を与えることが出来た。



「馬鹿な!? 一体なにが……。殴られただと? この私が? 知覚する事すら出来なかったというのか?」



 殴られたという事実すら受け入れられない様子のギルベルト。

 当然、その程度でこの私が手をゆるめる訳がないっ!



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ――バリィッ

 ――バリィィィッ

 ――ピシャァッ




「ぐっ。ぬっ。おぉぉぉぉっ」



 殴る。蹴る。ぶん殴る。

 今までの鬱憤うっぷんを晴らすように、私はギルベルトを一方的に蹂躙じゅうりんする。

 


「この……。Αιολική Κυκλώνα」



 ――ビュゥッ



 ギルベルトが古代魔術を詠唱。

 それと共にギルベルトの周囲の風が弾ける。


 ギルベルト自身を守るようにして。

 奴を中心に風が侵入者を阻むかのようにして吹き荒れた。



「くっ――」



 一旦、距離を取る。

 今、私は無理やりギルベルトに追撃をかける事も出来た。

 それをしなかったのは、電流のコントロールを乱さないという自信がなかったからだ。



「くっ。はぁ……はぁ……。馬鹿げている。私以上の速度だと? 一体なんだそれは? 一体何が起きている?」


「答えると思う?」




 形勢逆転。

 とはいえ、油断は絶対にできない。

 そんな余裕なんて、今の私にある訳がない。



 ――バリィ……バリッ。



 電流が弾ける。弾け続ける。



「まさか………………」



 そんな私の姿を見て悟ったのだろう。

 ギルベルトは信じられないという顔をしながら。



「まさか……自分自身を雷へと変えた? 肉の身体を捨て、雷となったと。そう言う事なのか?」



「いくらアンタでも雷様かみなりさまの速度には追い付けないでしょ」



 雷をけられる存在など居る訳がない。

 ギルベルトが風の魔術を使い、風のような速度で移動しているとしても。


 雷の速度には勝てない。

 


「仮に……。仮に君のそのスキルで自身を雷に出来たのだとしよう。理屈は全くもって意味不明だがね」



 どこか諦めたように笑うギルベルト。

 そのまま奴は私に。



「その上で聞こう。――――――正気か?」



 そう尋ねてきた。


「なるほど。確かに私も雷の速度にはついていけない。その状態なら私に勝つ事も可能だろう」


 自分に勝てると。

 そう冷静に評価するギルベルト。


 そこは否定する気もないらしい。


 けれど。

 奴はこの状態でいる私の弱点を見抜いていた。



「だが、その状態は君が自分自身という存在を雷へと変化させ、それを人間の形で操る事によって成り立っているはず。もしそのコントロールを一瞬でも誤れば……君という存在はおそらく霧散するだろう」


「でしょうね」


 それこそがスキル『雷神招来』によって自分自身を雷と化した時のデメリット。

 一度でも電流のコントロールを間違えれば私という存在は霧散する。

 だからこそ、絶対に気は抜けない。


「再度聞くが……正気か?」


 正気か……ですって?

 そんなの当然決まっている。



「正気じゃないに決まってんでしょ」



 そう、こんなのは正気じゃ決して出来ない芸当だ。

 自分自身という存在を雷に変え、その自分を電流を操る要領で動かす。

 ここまでうまくいく保証もなかったし、これから先もうまくいく保証はない。


 けど――



「これしか方法が思いつかなかったからやっただけ。追い込まれてなきゃ絶対にこんな事しないわ」


 負けたくない。

 ギルベルトに。こんな魔人になんか絶対に負けたくない。

 大切なイレイナを守りたい。


 だから――やることが出来た。


 ギルベルトの言う人間の限界なんて知ったことじゃない。


「私の限界は私が決めるわ」



 ここが私の限界だなんて、私は絶対に認めない。

 もしそこが限界なのだとしても、無理やりにでもその限界を超えるだけ。

 きっと、それが出来るのが人間なんだ。


 だから――



「――あんまり人間なめんじゃないわよ、魔人」


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