第3話『リルカの戦い-2』

 ――リルカ・トアステン視点



「まずは小手調べと行こう」




 そう言うと共にギルベルトは素早く詠唱。

 それと共にその姿がき消える。


 いや、違う。


 目にも止まらない速度で移動したのだ。

 常人ならすぐ近くに居る奴が突然消えたようにしか見えないのだろう。


 でも。

 ギリギリ、私には見えている。



「――そこぉっ!!」


 ――ギィンッ。

 真正面から迫る騎士剣をダガーで打ち払う。

 幸いというべきか、そこまで力のこもった一撃ではなかったので難なく払うことが出来た。



「――上出来だ。二度も私の攻撃を防ぐとは。どうやらまぐれなどではないらしい」


「偉そうに。そんなに驚くような事じゃないでしょ? むしろ遅すぎて欠伸が出るかと思ったわ」



 私はそう言いつつ。


 冷や汗が止まらなかった。

 今の攻撃。

 正直、真正面から来てくれなかったら危なかった。


 もし他の角度から攻められていたら。

 私はそれに反応出来ていたのかと。

 そう思わずには居られなかった。 



「これは失敬。では――少し速度を上げようか」


 そうしてギルベルトが短く詠唱を唱え。


 ――ビュオォッ


 一陣の風が吹く。



「これは――」


 少しずつ風は強くなっていき。


 ギルベルトの周囲を風が支配する。



「我々三騎士は何かに特化している」



 何を思ったのか。

 ギルベルトは騎士剣をその場に放り投げながら語り始める。



「レゾニアは広範囲攻撃に優れている。氷の魔術を得意とする彼女は何者であろうと決して逃がさない。彼女以上に氷の魔術を扱える者など居ないだろう。その点においてはエクス卿も彼女にはかなうまい」


 そのままギルベルトは。

 ニヤリと笑いながら、こう告げた。



「そして私は――素早さにだけは自信があってね」



 瞬間。

 ギルベルトの姿がき消えた。

 そう知覚した瞬間。



「ぐっ――」



 突然の衝撃。

 正面から。無防備でいたところを攻撃された。

 けれど、その事を落ち着いて把握する間もなく。



「どうした? 遅すぎて欠伸が出てしまう程に私はのろいのだろう?」


「きゃっ――」



 今度は後ろからの打撃。

 声に反応する間もない。



「こっのぉっ!!」


 それでも私はせめて一矢報いるべく後ろを振り向きながらダガーを一閃。

 しかし、そこにギルベルトの姿はなく――



「どこを狙っている?」



 ガッ――



「くあぁっ」



 今度は上から衝撃。

 頭がクラクラして、地面に手をついてしまう。

 ――と。そこでギルベルトの攻撃は一旦止んだ。



「あいつは……」



 ふらつく体を叱咤しったしながら周囲を見渡す。

 居ない。


 逃げた? あり得ない。

 なら――



「さっきからどこを見ている? 私はここに居るぞ?」




 上から声が響く。

 その声に誘われるようにして私は上空を見上げて。

 そこにはふわふわと浮いているギルベルトの姿があった。



「アンタ、一体どうやって……。いや――」



 どうやってギルベルトが飛んでいるか。

 聞く前に私は理解した。


 耳をすませばギルベルトの方から強い風が吹く音が絶え間なく聞こえる。

 ギルベルトがその風を操っているのだろう。

 つまり――



「なるほど。レゾニアが氷専門で。アンタは風が専門って訳ね」


「ご名答。もっとも、それが分かったところでどうしようもないだろうがね」



 圧倒的強者という立場から見下ろしてくるギルベルト。

 さっきこいつが見せた超速度。


 おそらくこいつは風の魔術を操り、自身の補助として使っていたのだろう。

 だからこそ今のように空を飛ぶ事も出来るし、瞬間的に超速度を出す事も可能。


 普通なら早く動けばそれだけ風の抵抗の問題が出てくる。


 だけど、風の魔術をここまで精密に操れるギルベルトならそんなもの関係ない。


 風を操る事で風の抵抗をなくせばそれだけ速度は上がるでしょうし。

 さらに言えば、自身が有利になるように追い風で速度を上げ続けることも可能なのかもしれない。



「それで? しゃべってくれる気になったか? もう私にはかなわない。そう理解できたと思うのだが」


「ハッ――。誰が」




「強がっても無駄だ。前に見た時より随分と洗練された魔術を扱うようになったものだと感心するよ。素晴らしい身体強化魔術だ。だが――その辺りが限界だろう?」


「っ……」


 図星だった。

 私は今まさに全開で身体強化魔術を使用している。

 その上でギルベルトの動きに付いていけていない。


「だけどね。……まだよ」



 そう。まだだ。

 まだ私は――全力を出しきっていないっ!!




「……体全体じゃなく感覚を中心に。相手の動きを見逃さないように。感覚を極限までませる」



 身体強化魔術。

 強化を全体にするんじゃなく、ギルベルトの動きを見切れるようにと割り振る。


 一秒が数十秒にも思えるくらいになるまで感覚を研ぎ澄ませる。

 そうすればいかにあいつが超速度で動こうと、見切れるはずっ。



「ほぅ? なるほど。感覚をメインに強化するか。確かにそうすれば私の動きを追えるかもしれないな。だが、その動きに体は付いてこられるのか?」




 もちろん無理だ。

 身体強化魔術を感覚を鋭敏にするようにと割り振れば、それだけ実際の身体の動きは遅くなる。

 ギルベルトの動きを目で追う事は出来ても、体がついていかなくなるだろう。



 けど。



「それは身体強化魔術しか使わなかった場合でしょ?」



 そうして。

 私は切札を切った。




「――――――雷神招来」


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