第13話『女は度胸』


 ティナが泣き止んだ後。

 俺とリルはダンジョン最深層の機械の部屋でティナの話を聞いていた。


「まず私たちが置かれている現状を確認するね」


 泣きまくっていたティナ。

 今は泣き止んでいるし、真面目な顔つきをしている。


 ただ、その手はリルの手を絶対に離すものかと言わんばかりに握られていて、少しシュールな光景だった。



「帝国はリルカのクロウシェット国に戦争を仕掛けてくる。その帝国を打倒するため、リルカとご主人様は帝国三騎士に対抗し得る力が欲しい。ここまではいい?」


「ああ」


「その通りよ」



 帝国三騎士の使う不思議魔術。

 そうでなくとも三騎士のレゾニアはとんでもな強さだった。


 アレに対抗し得る力を得なければならない。

 それが叶わなければ、帝国との戦争でリルカが属するクロウシェット国が勝利するなど夢のまた夢だろう。


「その為にティナ。教えて欲しい事があるの。単刀直入に聞くわ。アンタやアンタの妹が使ってた私たちとは別系統の魔術。アレ、私でも使える? それで私は強くなれる?」


「………………たぶんだけど、無理」



 一蹴いっしゅう

 力を求め、新しい魔術を覚えようとしていたリルだが、それは叶わないらしい。


「私たちが扱ってた魔術。アレは元々、魔人たちが使ってた魔術なの。私や私の妹達は魔人の遺伝子情報を元に作られた。だからこそ、魔人が使ってた魔術も扱える。だけど――」


「あの特殊な魔術は私みたいな普通の人間には使えない。完全に失われた古代魔術って訳ね」



「そう」



 これにて終了。

 リルが強くなれるかもしれないという可能性。

 その可能性は簡単に潰えて――



「ん?」



 待てよ?

 普通の人間にティナやあの少女が使おうとしていた古代魔術は使えない?


 そうなるとなんでだ?


 なんで……レゾニアはその古代魔術を使うそぶりを見せたんだ?



 あの時、レゾニアは古代魔術を使おうとしていた。

 もっとも、それは同じ三騎士であるジルベルトによって発動前に止められていたが。

 それでも、アレはティナ達が詠唱していた古代魔術だったはずだ。



「なぁ、ティナ。それじゃなんで帝国三騎士のレゾニアは古代魔術を使ってたんだ? いや、正確には使った訳じゃなくて詠唱してただけだけど」


「………………え?」



 純粋な疑問。

 ただそれをぶつけただけなのだが、そうするとティナが呆気に取られたように口を開けたまま数秒固まる。


「帝国三騎士のレゾニアって。あの氷の魔術を使う人……だよね? 確かに普通の人間にしては魔力量が多すぎるし、魔術の扱いがこの時代の他の人間以上に上手いとは思ったけど……私みたいな古代魔術をあの人が? ご主人様それホント?」


「あ、ああ。と言っても発動する前に同じ三騎士さんに邪魔されてたけど。というかあの場にはティナも居ただろ? 見てなかったのか?」


「馬鹿ねビャクヤ。あの時ティナは気絶してたじゃない。レゾニアがあの意味不明な詠唱を始めたのはティナが一撃喰らわせた後の事よ」


「あぁ、そっか」




 レゾニアとティナの戦い。

 ティナはずっと不調で、だけどティナはいきなり俺達には理解不能な古代魔術の詠唱をしてレゾニアをぶっ飛ばした。


 そうしてティナは気を失って。


 その後にキレたレゾニアが古代魔術の詠唱を始めようとしたんだった。



「そっか。あの人が……。という事はもしかして……」



 うつむきながらぶつぶつと何かを呟くティナ。


 そうしてしばらくして。


 ティナは顔を上げるなり言った。



「ご主人様。リルカ。帝国三騎士のレゾニア。それ、もしかしたら魔人かもしれない」


「「……はい?」」



 魔人?

 魔人って……ティナが言ってた昔の存在だよな?


 人間をこの世から絶滅させようと躍起になっていた種族。

 外見が人間と変わらない存在で、魔術に長けた種族。


 帝国三騎士のレゾニア。

 あいつがそんな魔人という種族だった?



「もちろん、違うかもしれない。でも、私の知る限り私と同じような魔術。古代魔術を扱えるのは……魔人か、魔人の遺伝子を元に作られた私のような存在だけ」


 だからこそ。

 古代魔術を扱おうとしたレゾニアは魔人なのだと。

 そうティナは言いたいらしい。



「帝国三騎士のレゾニア。アレが魔人だと仮定するね。そうすると、もう一つ不可解な点が浮き出てくる」


「「不可解な点?」」



「私の知ってる魔人は人間には絶対に従わない。でも、ご主人様の話だとレゾニアは誰かの命令に従ってたんでしょ? 主人みたいな存在が居るって」


「……そうね。レゾニアには『エクス様』って呼ぶくらい敬っている相手が居る。帝国三騎士のエクス・デュランダー。三騎士を束ねる存在が」



 レゾニア。

 あいつやジルベルトには指揮官が存在する。

 それこそがエクス・デュランダー。


 そして、ティナの言う通りレゾニアが魔人だとするならば。

 それに命令を下し、支配しているエクス・デュランダーも。





「帝国三騎士。帝国を支配してるっていうその三人はもしかしたらみんな魔人なのかもしれない。もちろん、そうじゃない可能性だってあるけど。魔人の遺伝子を元に作られた私たちだって古代魔術を扱えるからね」


 とはいえ、レゾニアが古代魔術を扱える人物らしいという事には変わりない。


 つまり、彼女は魔人の遺伝子を元に作られている存在か、もしくは魔人そのもの。

 他の二人も同じような存在だと思っておいた方がいいだろう。



「でも、もし帝国三騎士が魔人なんだって仮定すると……今の私たちじゃ負ける確率がとても高い。クロウシェット国の戦力ひっくるめて考えても敗色濃厚。だから……リルカ」


「なに?」


「リルカには多分、古代魔術は扱えないと思う。けど……リルカは頑張れば飛躍的に強くなれるよ」


「は?」


 いきなり変な事を言い出すティナ。

 普通の人間であるリルには古代魔術は扱えない。

 それはティナが言った事なのに、飛躍的に強くなれる?



「知らないみたいだから教えるね。この時代の人間。昔の人たちが持っていないものを持ってる」


「昔の人たちが持っていないもの? なによそれ」


「リルカの『雷神招来』。ご主人様の『TPSプレイヤー』。そういうスキルの事。もしかしたらマスターの誰かが後世の人間が魔人に対抗できるようにって取り付けた機能なのかもしれない。だってそんなの、私も魔人も昔のマスター達も。誰も持ってないんだよ?」


 言われて思い返してみる。

 レゾニアとティナ。それとさっきの黒髪の少女。


 どれもこれも不思議魔術は使っていたものの、確かにスキルみたいなのを使っているそぶりはなかった。




「聖女様の結界もそう。あんな大規模な結界。古代魔術でも再現は絶対に不可能。だから私はスキルに大きな可能性を見出してる」


 スキル……ねぇ。

 そういえば帝国三騎士さん。聖女の結界スキルだけは警戒してたっぽいな。


 とはいえ、俺のスキルである『TPSプレイヤー』はレゾニアに全く通じなかった訳だが?


 そんな俺の心境など知ったことかという感じで、ティナはリルの方を見て言う。


「それとは別にリルカ。リルカの魔術運用ずっと見てたけど……かなり力押しで雑。だからそれ、直そ?」


「え?」


「リルカのスキルは魔術と密接な関係があるみたいだから、私でも色々と口出し出来る。そこで言いたいのが、まずリルカの魔術は雑。効率化すれば絶対に今より強くなる。だから――」


 スっと。

 ティナは無表情のまま、錠剤じょうざいみたいなのをリルカへと差し出し「飲んで」と言う。



「えっと……ティナ。これは?」


「私たちがマスター達に最初に飲まされる薬。これを飲めば魔術に関する知識が強制的に脳に焼きつけられる。もっとも、凄い低確率で後遺症があったりするらしいけど」


「こ、後遺症?」


「うん、後遺症。私の知ってるのは綺麗な絵を見るだけで性的興奮をするようになっちゃったり、自分の事を男の子だと勘違いするようになっちゃったり、他人の血を衝動的に吸いたくなっちゃったりとか……そんなものかな」


「それどんな後遺症よ!?」


 断固拒否とでも言わんばかりにティナが差し出す薬から逃げ出そうとするリル。

 しかし。


「いいの? リルカ、力が欲しいんでしょ? これ飲んで集中特訓すればきっと強くなるよ? とっても簡単」


「いや、でも……。ティナとの特訓の中で魔術のやり方を学ぶとか。そういうのじゃダメ……なの?」


「そんな時間、ある? それ、きっとすごく時間かかる。クロウシェット国が滅んじゃった後に帝国三騎士に挑むつもりならそれでもいいけど……」


「うっ――」



 なぜか追い詰められるリル。

 そうして彼女は迷った挙句に――



「ええいっ! 女は度胸。それ寄越しなさいティナ。飲んでやるわよっ!」



 そう言って躊躇ちゅうちょなく。

 リルはティナが差し出した薬を飲むのだった――

 

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