第12話『産声』
「そうしてこの時代。私はこことは別の施設……この世界じゃダンジョンって呼ばれてる場所だね。そこで目覚めたの」
ティナの過去語り。
俺とリルは映像にもあった機械に囲まれた部屋でそれを聞いていた。
「何百年……うぅん。何千年かな。私はそれくらい昔の時を生きていた。しかも人間じゃないの。当時の人間達によって作られた。魔人と人間の遺伝子情報を元に改良され生み出された……化け物」
そう言ってティナは部屋の中にある何かの溶液が詰まったカプセルを指さし。
「あのカプセルが私たちの生まれた場所。人間同士が愛し合って、子を為して成長して。それが普通だというのは知ってる。でも、私たちはそうはならなかった。機械的に生み出された後、ご主人様であるマスターに決して逆らわないように調整されるの」
ご主人様の命令は絶対。
マスターには逆らえない。
俺達の知るティナからすっかり様変わりしてしまったティナ。
だけど、やはり以前の彼女と通じるものはあって。
「名前……嬉しかった。ティナ・パレッタ・スカーレット。それまでは三号としか呼ばれてなかったから。ちゃんとした人間になれたような気がして……思わず泣いちゃった」
普通の人間として生まれる事が出来なかったティナ。
だからこそ名前というものに少し憧れがあったのだろうか?
俺には想像もできない。
「ティナ。アンタの話だとそのマスターってのもこの世界に居るんじゃないの? そいつ……どこ?」
ぐぐぐっと。
固く拳を握りしめながら。
どんよりと据わった目でマスターの所在とやらをティナに尋ねるリル。
しかしティナは軽く首をふり。
「――たぶん、もう死んでると思う」
「死んでる?」
「私が目覚めたとき、そのダンジョンは崩壊の途中だった。私が目覚めた理由は多分、冷凍保存装置を動かす魔力が尽きたから。この施設の機械。これは全部クリスタルが地中から吸い上げる魔力で動いてるから」
「でも、それならその時にマスターって奴も目覚めてるんじゃ……」
「運が悪かったんだろうね。マスターが入ってた冷凍保存装置は
それがこの世界、この時代におけるティナのルーツ。
何千年前かも不明な。魔人なんてものが出てくる時代に人間によって生み出された戦闘者。
それが時を超えてこの時代に舞い降りたのだ。
「なぁティナ。これは聞こうか聞くまいか迷ってたんだけど……さっきの子はその、良かったのか? アレもティナの妹なんだろ? なのに、その……」
このダンジョン……ティナ風に言うならば施設か。
最深層。クリスタルの部屋での攻防。
その中でティナはこの施設の守護者みたいな事をしていた少女を殺している。
『――今までお役目ご苦労様、私の妹。どうか来世では幸せに生きてね』
とても悲しそうな顔で。
しかしその手で妹と呼ぶ少女の命をティナは奪った。
さっきの話ではティナは妹を守りたいと。妹だけは守りたいと願っていたはずだ。
それなのになんで正反対の事をしたのか。
それが俺には分からなくて。
聞いていいのか分からなかったけど、俺は気づけはティナへとその理由を尋ねていた。
するとティナはぐっと自分の胸を押さえ。
「――あの子はもう……限界だったの」
絞り出すようにそう言った。
「私はあの子の事を昔の資料の上でしか知らない。私のマスターとは別のマスターに従ってた個体。私たちの存在意義はマスターの為に生き、施設を守る事」
マスターと自分を生み出した施設を守る防御装置。
それこそがティナ達が生まれて来た意味。
そうティナは自分で口にして、しかし。
「だけど――それだけに縛られるなんて間違ってる」
それだけじゃダメなんだと。
与えられた役割だけこなすなんて間違ってると。
彼女はまっすぐな目でそう言った。
「あの子はマスターの命令をずっと求めてた。自分で何も決められない人形。だからこそあんな風に壊れちゃってたんだ」
思い出すのはこのダンジョンを守っていたあの少女の最期。
確かにアレは壊れた人形というべきものだった。
自分では何も決められず、でも決めてくれるマスターもきっとこの時代には既に居ない。
だからこそ最期の時。
マニュアルに書いてない事をいきなり求められ、だけど何も決められないから。
あの子は壊れた人形のような挙動をしていたのか。
「そっか……」
分からないでもない。
誰かの指示でしか生きられない子。
その誰かの指示がなくなった途端、あんなふうに壊れてしまう女の子。
そんなもの、生きているとは言えない。
ティナの言う通り。来世に期待してその生を終わらせてあげたいと思うのも理解できる……か。
「「「………………」」」
機会に包まれた部屋で。
機械音が響く中、俺達は何も言えないでいた。
「……あーもうっ! めんどくさいわねっ!」
ダァンっと。
リルが大きく足を振り上げ、それを勢いよく下ろす。
「リル?」
「えと……ごめんなさい。こんな過去話、聞かされても迷惑なだけだったね。もっと生産性のある会話をするべきだった。私たちの置かれている現状。まず優先すべきは――」
いきなりキレるリルに困惑する俺。
ティナはといえば自分が過去語りしていた事を詫び、今後どうするべきかについて話を進めようとするのだが。
「んな事はどうでもいいのよっ!!」
たった一喝。
それだけでリルはティナを黙らせ、その肩をガッシリと
「アンタの妹がどうだとか。アンタが何者なのかとか。そんなのどうでもいいのよ!」
そのまま。
リルはティナの顔をまっすぐに見ながら言う。
「ただ、私の前で辛気臭い顔で居るんじゃないわよ。調子が狂うじゃないっ!!」
「えと……ごめんなさい?」
「謝ることじゃないでしょっ! 記憶がなくてパッパラパーだったアンタはそんな辛気臭い顔してなかったわよ。もっとシャンとしなさいよっ!」
「それは記憶がなくて興味が先行してた状態だったからで私は――」
「あぁ、もう! ホンット焦れったいわねぇっ!」
ギュッと。
有無も言わさないまま、リルがティナの小柄な体を抱きしめる。
「ティナ。アンタは私の数少ない友達よ。だからこれから私と仲良くしなさい! そんでいつか心の底から笑えるようになりなさいっ! 異論は認めないわ!」
リルカ・トアステン。
彼女がめんどくさいと言ったのはティナがどこか寂しそうだったからなのかもしれない。
「アンタの知らない世界。この私がいっぱい見せてあげる」
ダンジョンという名の施設に閉じ込められ、まだまだ見知らぬ世界を残すティナ。
そんなティナにリルは世界を見せると言う。
「これから私がアンタに見せる世界の中で。アンタにとって新しい何か大切な物が出来る事を私は願うわ」
そうして。
「過去の事を忘れろとは言わないわ。それも大切な思い出。大切にしなさい。だけど――」
そこでリルはティナを抱きしめるのをやめ。
その目をまっすぐに見ながら、とても真面目な顔で言うのだ。
「アンタの妹達の為にも、私はいつの日かアンタに心の底から笑えるようになって欲しい」
その目があまりにもまっすぐで。
とても綺麗で。
だから。
「ぷっ。くくっ」
俺は思わず笑ってしまった。
ああ、
耐えきれずに笑ってしまったじゃないか。
でも、仕方ないだろう?
だってこんなにも眩しい。
本当に。
リル・トアステン。
彼女はなんでこんなに眩しいんだろう。
思えば俺もこれにやられたんだったか。
何と言えばいいんだろうな。
リルは狙ってかどうか知らないが、俺達が本当に欲している事を言ってくれるんだ。
「本当に……敵わないなぁ」
「うぅ。あぁ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ティナの泣き声が響く。
それはまるで赤子が生まれた時に上げる産声のような。
そんなふうに俺には聞こえたのだった――
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