第11話『ティナ・パレッタ・スカーレット』



 ――ティナ・パレッタ・スカーレット視点




 わたしと似てる。

 なんとなくそんなきがするおんなのこ。


 守りたい。


 うるさい。こわしたい。


 助けたい。


 だまって。そんなのわたしはしらない。


 今度こそ私が守って見せるっ!


 しらない。しらないしらないしらないっ!!



 あたまのなかにひびくおと。

 わたしのこえ。

 それをきいてるとあたまがすごくいたくなる。



 しらないこと。なのにしってることがあふれてくる。

 わたしと似てるおんなのこを壊すため、でもまもるためにわたしはあばれて。


 でも、あたまがすごくすごくいたくてうごけなくなる。



「ぐぅっ――」



 おほしさまがあたまのなかにちる。

 あたまがぼーっとする。

 それだけでもたいへんなのに。



「あ、あぁ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 くるしい。

 あたまがまっしろになる。

 ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐると。

 どこかにとんでいってしまいそう。

 そして。そして。そして。

 わたしは………………夢を見る。








「魔人が攻めて来た」



 私は自分と同じ目的で作られた妹達へと告げる。

 不安そうな顔をしている子なんて誰も居ない。

 当たり前だ。


 この程度の絶望。もう慣れっこなんだから。



「守護者システムは前回の襲撃で半壊状態。それでも……私たちはマスターとこの施設を守らなきゃいけない」



 それこそが私たちが生み出された理由。

 生まれた時から逆らえない。絶対の命令。

 だから無理なんだ。


 だから……あのどうでもいい外道や機械なんかより、この子達を守りたいと。

 そう願っていても。

 そう思っていても。


 私はこの子達よりも、どうでもいい外道や機械を守ってしまう。

 

「分かった。行ってくるねお姉ちゃんっ!」

「行ってきますわ」

「魔人を撃退したらまためてね!」


 そう言って妹達は散る。

 恐ろしい魔人達をここに寄せ付けない為に。

 その多くが命を落とすだろう。


 ――魔人。

 一度だけ対峙したけど、アレは恐ろしい存在だ。

 外見は人間と変わらないのに、その中身は規格外の化け物。


 あんな化け物達を参考に私たちは造られた。

 化け物を殺す人間に絶対服従の化け物。

 それが私たち。



「――何をぼっとしているんだい三号? こっちに来て手伝ってくれ」


「……イエス。マスター」



 マスターの指示には逆らえない。

 ご主人様であり私たちの製造主。

 妹達を道具のようにこの外道の言う事を私は拒めない。



 そうして私はいつも通り、マスターの研究の手伝いや護衛を担当する。

 その間、私は研究室の一角にある映像をちらちらと見る。


 そこには地上からここに至るまでの迷路の様子が映し出されている。

 その映像の中で、妹達が数少ない守護者と共に戦っている。


 守護者。

 それは理性を持たない。

 けれどマスター達や施設の命令に従って動く化け物だ。


 マスター達が協力して開発した地中から魔力を吸い上げ続けるクリスタル。

 それを媒介ばいかいにして無尽蔵に増え、施設を守ってくれる存在。


 もっとも、この施設にあるクリスタルは前回の魔人の襲撃で魔力を吸い上げる機能の一部が壊れて、今は自己修復待ちだけど。



「どうしたんだい三号。手が止まってるよ? よそ見なんかせず集中しないとね」

 

「――申し訳ありません。マスター」



 映像の中。

 私の妹達が魔人達に殺されていく。

 激しい戦いの中で妹達は魔人達を幾人か倒し、徐々に追い返してはいるけど。


 それでも……今この瞬間も妹達は戦って、殺されていく。



「ふふっ。さすがは僕の娘達。今回の防衛もなんとかなりそうだね」


 私たちの事をマスターは娘と呼ぶ。


 そんな娘達が映像の中で死んでいっているのに、マスターは上機嫌だ。

 防衛が成功しそう。

 その事だけを喜んで、娘と呼ぶ者達が死んでいく事をなんとも思っていない。


「とはいえ、さすがに減り過ぎたね。また作らないと……か。全く、こっちは生き延びる為の研究で忙しいってのに」


 また作らないと。

 マスターにとって娘の存在なんてそんなもの。

 道具としてしか私たちを見ていない。


 愛情なんてそこにはない。

 マスターはただ……自分が生き残る事しか考えていない。


「生き延びる為……。マスター、やはりこの星は滅ぶの?」


「またその質問か……。滅ぶよ。もっとも、正確には滅ぶのは星じゃない。そこに生きている僕達のような生命体だ」


「どうして滅ぶの?」


「隕石の衝突はもはや免れられないから。地上の生物は絶滅するだろう。そして、地下で生活する僕達もその後に来る氷河期を乗り越えられない。この星は生きられる環境じゃなくなるんだ」


「それなのに……生き残るための研究をするの?」


「そりゃするさ。なにせ僕たちはまだ生きていたいからね。その為の方法は皆も考えてくれている。人間の身体を君たちのように強化して生きられない環境でも生きていくようにするかとか……ね」


「でも。マスターの研究は違うよね?」


「そうだね。僕の研究は皆のとは少し毛色が違う。僕の研究はいっそこの星が生きられる環境になるまで眠ってしまおうというものだ。人間を冷凍保存なんかして、遥か未来の生きられる環境で目覚めさせるというもの。もっとも、課題点はまだまだたくさんあるんだけどね」



 この星の生命体は全て滅ぶ。

 それでも生き残る為に、マスター達のような人間は研究を続けている。


 そんな人間達に成り代わってこの世界を支配しようとしているのが魔人。

 だから魔人はマスター達の技術を盗むため、滅ぼす為に執拗しつように攻めてくる。


 そこで使われる争いの道具。

 それこそがマスターが娘と呼ぶ私たち。

 私たちは……道具だ。



 そうして魔人の襲撃が続き。

 マスター達の研究も進み。

 そして――あの日がやってくる。



「結局、安定もしないままにこの日を迎えてしまったね」


 外部の他の施設との連絡が絶たれ。

 この施設も外に繋がる隔壁を何重にも重ねて閉めた。

 だから、私たちはもう外に出られない。



「成功率は五分五分という所か。みんな、ご苦労様。この冷凍保存装置で遥か未来まで僕は眠る。無事に僕がよみがえる事ができるようにと祈っていてくれ」


 さわやかな顔で私たちに別れを告げるマスター。

 そんな私たちの未来は……暗い。


 確かに私たちはマスターによって作られたけど。

 それでも、人間と同じように食事も睡眠も必要だから。

 この施設から外に出れない以上、私たちももう長くは生きられない。


 それでも。

 私たちはマスターの為だけの道具だから。

 笑ってマスターを見送る義務がある。

 それをマスターが望んでるって。理解できてしまうから。



(だけど……これはこれでいいかもしれない)



 マスターが眠ったら。

 そうしたら残るのは私と妹達だ。

 残された時間は多くないけど。


 それでも、その少ない時間を私たちはマスターに縛られずに生きることが出来るから。



「あ、そうだ言い忘れてた。三号。君はそっちの装置を使ってくれ。僕のやつより成功率は低いだろうけど、運が良ければ君も遥か未来で目覚める事が出来るかもしれない」



 ……。

 …………。

 ………………。

 


 え?



「マス……ター? 何を言ってるの? 私はこの子達と一緒にマスターを見送る役目じゃ……」


「うん。元々はそのつもりだったんだけどね。でも、僕が遥か未来で目覚めた時に娘達がみんな死んでたら。それはとても悲しい事なんじゃないかなって気づいたんだ」


 あっけらかんと言うマスター。

 悲しい?

 その感情は『そういえば』みたいな軽い感じで湧き出るものじゃないのに。


「それに、目覚めた時に僕の肉体はリハビリを必要とするくらい衰えている可能性もある。そう言う意味でも補佐は必要だと思って冷凍保存装置をもう一つ作っておいたんだよ。そこで僕が補佐に選んだのが君という話。嬉しいだろう?」



 嬉しいだろう?

 嬉しいわけがない。


 妹達と別れて。

 死に行く妹達を放って。

 私はこの外道と一緒に遥か未来を生きなければならない?



 嫌だ。

 嫌だ。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!



 それだけは絶対に嫌だ。

 そんな事になるくらいならここで死んでしまいたい。

 本心からそう思って。なのに――



「分かりました。マスター」



 マスターが望んでいるであろう言葉を口にする私。

 それが私達に刻まれた命令。

 マスターの望みを叶え、その身を守るという至上命令。



 マスターの望み通り、私はマスターとは別の冷凍保存装置に入る。

 冷凍保存装置が妹達によって動作を開始する。

 眠気が私を支配する。


 ああ。

 なんて。なんて。なんて。



「――――――クソッタレマスター。地獄に落ちろ」



 面と向かっては決して言えない言葉を。

 はるか未来でも決して口に出来ない言葉を。

 この瞬間だけはと。私は誰にも聞かれない冷凍保存装置内ここで本心をぶちまけるのだった――


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