第15話『忠義の士』
――レゾニア視点
「――ただいま戻りました。エクス
「ああ。よくぞ戻ったなレゾニア」
クロウシェット国への潜入任務。
聖女を帝国の手中に収めるため、何年もかけて潜入していた私は久しぶりに本国へと帰還していた。
そうして目の前には敬愛すべきエクス卿。
この世で最も強く、正しく、ぶれないお方。
だからこそ――私は自分が許せない。
「申し訳ありませんエクス卿。クロウシェット国への潜入任務。潜入には成功しましたが成果を持ち帰る事は出来ず……」
「――
私の失敗など歯牙にもかけていない様子のエクス卿。
「お前なりに努力したのだろう? 結果も出ている。なにせ、お前のおかげでクロウシェット国の国力は現在大きく低下しているのだからな」
「しかし……」
「それに加え、あの国の第一王女は死亡。第二王女も行方不明。我らとの戦争も控えている。そんな様々な問題を抱えたクロウシェット国は今後、さらに荒れる事だろう」
ゆえに。
疲弊したクロウシェット国との戦争となれば帝国に負けはない。
それで十分。
そうエクス卿は判断しているようだ。
実際その通り。
とはいえ、
「エクス卿。実は――」
「分かっている。こう見えても俺は驚いているのだ。お前が任務に失敗した事にも驚いたがな。それ以上に……お前のその頬の傷だ。お前に傷を負わせられる存在が我々以外に存在するとはな……」
ズキンッと痛む頬の傷。
あの赤目の少女に傷つけられたものだ。
治癒魔法を施せば容易く治せる傷だ。
だが、私はあえてこの傷をそのままに残している。
あの少女との決着がつくまで、この傷は治さないと決めている。
この傷をもって、不覚を取った私の戒めとするため。
「三騎士にあるまじき
「不要だ。それよりもどのような存在がお前に傷を負わせたかが気になるな。実際に戦ったお前の口から戦闘の詳細について聞きたい」
「
そうして私はこの傷をつけられた戦闘の詳細についてエクス卿に報告した。
銃器を生み出す少年。
次元の低い雷撃魔術を扱う少女。
そして……この私に傷を負わせた光魔術と思われる何かを行使していた赤目の少女。
これら三人について私はその場で見てきた事を詳細に語る。
「――以上です」
「ふむ……」
数瞬、何かを考えるかのように思案顔をするエクス卿。
「情緒不安定ながらも我らと同じ古代魔術を行使する少女か。お前もさぞ驚いたことだろうよ」
「ええ。不覚にも少女の古代文詠唱を聞いて動揺してしまいました。そのせいで……いえ、なんでもありません」
動揺していたから不覚を取った。
思わずそう言い訳しようとしてしまったが、その行為に意味などない事に気付いて私は口を
失敗は失敗。
醜態は醜態。
動揺していたから、油断していたからなどという理由でそれが正当化される事などあってはならない。
「お前が動揺するのも無理はない。実際、俺がお前の立場であっても同じように醜態を晒していたやもしれん」
「お
エクス卿が醜態を晒す?
本人はそう言うが、そんな事ありえるはずがない。
なにせこの方に傷を付けられる者など、この世界に存在しないのだから。
それは古代魔術を行使できる私とジルベルトも同じ。
私の渾身の一撃の氷撃もこの方には傷一つ付けることはできない。
「しかし、まさか我々の他に古代魔術を扱える者が
――古代魔術。
一般には知られていない。遥か古の時代に扱われていた魔術。
古代魔術はやたら魔力の消費が激しく、制御も近代魔術に比べると遥かに難しい。
ゆえに、一般的な場面で扱う事はまずない。
だが、戦闘時ともなれば話は別。
古代魔術による攻撃は、近代魔術など比べるまでもなく強力なのだ。
「その少女。古代の生き残りというのもあり得るかもしれんな」
「馬鹿な。古代魔術が扱われていたのは数千年前の時代。そんな遥か昔の古代文明を生きる者達の全ては種を残す事すらできず絶滅しているはず。生き残りなど居る訳が……」
「古代文明時代。現代よりも遥かに高度な科学技術があった。その技術をもって人間の幾人かはコールドスリーブで現代まで眠っていたのではないか? あるいはもっと別の。他の方法かもしれんがな」
「……エクス卿は少女が古代の生き残りであると考えているので?」
「確証はないがな。だが聞けばその少女。
「ええ」
「それは失われた記憶を刺激する
「記憶を刺激?」
「仮に数千年前の古代の生き残りがどこかに居たとして。何らかの障害がその身に残っている可能性は高いだろう? 情緒不安定で頭を抱えて苦しんだというその少女の様子から察するに、記憶喪失あたりが妥当だと思っただけだ」
「はぁ……」
あの少女が古代の生き残り?
そんな
まだ我らと同じように古代文明を研究して古代魔術を身につけたのだと言われる方が納得できる。
しかし――――――
(この方の……エクス卿の勘はよく当たる。頭の片隅には残しておくべきかもしれんな)
「まぁ、その謎の少女については追って調べるという事で良いだろう。それで? その少女以外の二人はどうだった?」
「一人は転生者ですが、ただの銃火器生成能力。もう一人はそこそこに洗練された雷撃の近代魔術を扱うリルカ・トアステンです」
「ふむ。つまり?」
「取るに足らない相手かと。銃火器生成能力を持つ少年は帝国繁栄の為に使えるかもしれないと判断して勧誘しましたが、断られました」
銃火器生成能力。
あの能力が味方に付けば一般の将兵達の攻撃力を大幅に上げることが出来る。
ゆえに貴重な能力だろう。
だが、帝国各軍の隊長クラスであれば取るに足らない相手だ。
ただの銃撃で沈められる軟弱な者に帝国の重役は務まらない。
もっとも、ジルベルトは銃撃を喰らえば沈むかもしれないが。
しかし、そもそも奴には銃撃など当たらないだろうから関係のない事か。
「現代の転生者。古代魔術を扱う少女……。どちらも興味深いな。そして面白い。そんな者達がクロウシェット国にいきなり湧いて出るとはな。聖女共々、ぜひ帝国でその力を振るって欲しいものだ」
「……将兵達にこの三人は生け捕るように徹底させますか?」
「ふむ……」
口に手をやり考え込むエクス卿。
しかし彼は「いや」と軽く首を横に振り。
「不要だ。我ら帝国の勝利は盤石なれど、そこまで相手を軽くみるのは危険だろうからな」
少し頬を緩ませながら「もっとも、手元に置いておきたいという想いは変わらんがな」と苦笑するエクス卿。
「――御意」
もし。
その三人と再び相対する事があれば。
この私の手で三人を捕らえよう。
そう私はエクス卿に頭を垂れながら、心に決めた――
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