第14話『宣戦布告』


「君にここで本気で暴れられては困る。まだくだんの聖女は確保できていないのだろう? もっとも、止めるのはそれだけが理由ではないがね」



 その男はレゾニアと同じく黒い軍服をまとっていた。

 しかし軍人らしくない優男で、眼鏡をかけている。




「――ジルベルト。貴様、なぜここに居る」




「エクス様の指示でね。君を至急本国へ帰還させよとの命を受けた」


「エクス様が?」


「ああ。こう言えば分かるだろう? ――戦争だ」


「………………なるほど。貴様が止めたのはそれが理由か」


「その通り。エクス様としても楽しみは残しておきたいはずだからね。歯ごたえのある相手を君だけに取られるのはあのお方も面白く思わないだろう。もっとも、それでもあのお方は笑って許すだろうが……どうするね?」


「……道化が」



 そう言ってレゾニアはジルベルトというらしい男の腕を振り払い、その腕を下ろす。

 もうこの場でやり合う気はなくなったらしい。




「――さて」




 突然俺達の前に現れたジルベルトという男。

 結果的に俺達の命を救ったその男は俺達へと向き直り。



「――お初にお目にかかるクロウシェット国の方々。私の名はジルベルト・ハウロス。このレゾニアと同じく、帝国三騎士の一翼を担わせて頂いている。以後、お見知りおきを」



 うやうやしく礼をするジルベルト。

 今はやり合う気はないように見えるが……当然油断なんて出来ない。



「噂でしか聞いたことがなかった帝国三騎士がこうもポンポン出てくるなんて……。何よ、もう一人もそこら辺に隠れてるっていうの?」



 リルが尋ねる。

 それにジルベルトは「ククク」と笑いながら肩をすくめ。



「冗談を言わないでくれたまえ」



 そんなことある訳がないだろうと。

 少し呆れた様子で答えた。



「もう隠す意味もないので言うがね。帝国三騎士はこの私、ジルベルト・ハウロス。レゾニア・フロストエール。そして私たちを束ねるエクス・デュランダー様の三人で形成されている」



 帝国三騎士について語り出すジルベルト。


 ジルベルト・ハウロス。

 レゾニア・フロストエール。

 そして二人を束ねているという……エクス・デュランダー。



「分かるかね? 同じ帝国三騎士といえど、私たちとエクス様は対等ではない。エクス様こそが帝国の支柱。私たちなどそれを支える予備の柱に過ぎないのだよ」



 エクス様とやらを自分達よりも遥かに優れているお方と熱に浮かされたように語るジルベルト。

 その姿はまさに敬愛する主について語る従者のようだった。



「聖女の結界。それしか強みのない弱小国クロウシェット。このような国に出向くほどエクス様は酔狂な方ではないのだよ。もっとも、戦時であれば話は別かもしれないがね」



「結界しか強みがない弱小国……ですって?」




 ピシリ。

 その言葉が琴線に触れたのか。

 リルが怒気を帯びた声を上げた。


 それでもジルベルトは構わず続ける。


「おっと失礼。だが事実だろう? この国の騎士については既に調べさせてもらったが、一番マシなのが雷神の姫君と呼ばれるリルカ・トアステン。あなただ。そのあなたも我ら帝国三騎士には遠く及ばない」



 クロウシェット国の軍事力など大したことないと告げるジルベルト。

 そのジルベルトは『とはいえ』と言葉を続け。



「先も言った通り聖女の結界。これだけはとても厄介だと思うよ。魔物にのみ影響を及ぼす結界。そう聞いてはいるが果たして本当に結界の効果がそれだけなのか。我らにとっては未知なのでね」



 クロウシェット国の軍事力なんて目ではない。

 ただ一点。聖女の結界のみが厄介だと笑いながらジルベルトは語る。

 


「そもそも、国を一つ覆う程の結界を個人のスキルで展開し、長期間維持できるなど馬鹿げている。本当に、聖女とは興味深い人物だよ。殺すには惜しい人材だ。だからこそ――」



「だから三騎士のレゾニアが……彼女がこの国に潜伏していた? どうにかしてイレイナを……あの子を帝国の引き込む為に」



「さすがは雷神の姫君。その通りだとも。もっとも、やり方に関してはレゾニアに任せていたので詳細は知らないがね」



 クロウシェット国の第二王女に扮して色々と裏で動いていたらしいレゾニア。


 とはいえ、聖女であるイレイナさんは彼女が何もしなくても第一王女の策略によって帝国に引き渡されるかどうかという所まで話が進んでいて。


 今回、彼女が無理に動いて第一王女を排除しなければまだどう転んだか分からなかったんじゃないかなと思わないでもなく。



(いや、待てよ)



 自分の思考に待ったをかける。


 潜伏していたレゾニアが何もしなくても?

 第一王女の策略でイレイナさんが帝国に奪われそうになっていた?


 違うだろう。

 三騎士のレゾニアは聖女であるイレイナさんを帝国へと引き込む為にこの国に潜伏していた。


 つまり、イレイナさんを帝国に渡す流れになったのはレゾニアの暗躍によるものと考えるべき。



 第一王女キャロルカ。

 彼女は第二王女の事を溺愛できあいしていた。

 もっとも、その正体は第二王女に扮したレゾニアだったようだが。


 しかし、だからこそレゾニアは第一王女の行動を制御できる立ち位置に居た。

 そして――



『――それは旧文明兵器の一つ。魔物を操る事の出来るアーティファクトだよ』



 第一王女が持っていた銀色のカード。

 今はティナが取り戻したソレ。

 レゾニアはソレを指して魔物を操る事の出来る旧文明兵器と言っていた。


 つまり。



「もしかしてこの国がやたら魔物に狙われてたのって……レゾニアがこの国に持ち込んだアーティファクトが原因だったり?」


「はぁ!?」




 俺の小さな呟き。

 それをリルは聞き取り、思案顔を作る。

 そうしてすぐに同じ結論に至ったのか、キッと鋭い視線をレゾニアへと向けるが。



「ふんっ。今頃気づいたか羽虫が。良いぞ。恨むがいい。憎むがいい。怒るがいい。幸い、それに相応しい舞台はもうすぐ幕を開ける」



「舞台だと」

「舞台……ですって?」



「ジルベルトが言っただろう? 戦争だよ。我ら帝国は欲しい物を暴力によって奪ってきた。近年は国力の回復や研究しなければならないものがいくつもあったため大人しくしていたがね。だが、もうそれも終わり。そうだろうジルベルト?」


「やれやれ。困ったものだ。その事についてはまた後日、正式な使者を送るつもりだというのに」



 レゾニアの言葉にやれやれと苦笑しながら肩をすくめるジルベルト。


 どうやら本当の話らしい。


 こいつら帝国三騎士は。

 帝国は――



「宣戦布告といこう。我ら帝国はクロウシェット国へと攻め入る」


「詳細に関しては後日送り出す使者に聞いてくれ。無論、降伏してくれても私は一向に構わないよ」



 こいつらは――戦争を始める気なんだ。


 

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