第10話『暗躍する者』


 インペリアルガードによって捕らえられた黒装束の男達。

 その後の調査の結果、黒幕は第一王女キャロルカ・クロウシェットである事が分かったらしい。



「あんの女狐っ!! 怪しい怪しいと思ってたけどやっぱりだったわっ!! 証拠はまだ不十分だけれど……揃えるまでに逃げられるかもしれないし。ちょっと行ってくるわっ!」



 部下の報告を聞き終えたリルの怒りは相当なもので、止める間もなく部屋を飛び出していってしまった。



 その後を俺も遅れて追い。

 


「――もう逃げられないわよキャロルカ・クロウシェットッ! 聖女イレイナを害そうとした件について。詳しく聞かせてもらうわよ!?」


「何を言うかと思えば……私が妹であるイレイナを害そうとするはずがないでしょう? それよりもリルカ。あなたのその物言いはあまりにも無礼というもので――」



「だまらっしゃいっ! アンタみたいなのが居るからイレイナはいつまで経ってもぐっすり眠る事も出来ないのよっ! アンタに分かる? ずっと誰かから狙われて、こうしてアンタという家族にまで裏切られていたと知ったイレイナの気持ちがっ!」



「ふぅ……。時間の無駄ですね。リルカ。冷静さを欠いている貴殿と話す事はありません。今日の所はお引き取りを――」



「確かに今の私は冷静じゃないわよ。冷静でいられるわけがないじゃないっ! ねぇ、なんでよ? なんであんないい子を。それも自分の妹だって言うのに……なんでそうまでして他国に売り渡そうとしたのよ!?」



 相手が王女だと言うのにズカズカと物を言うリル。

 それに対するはのらりくらりとリルの言及を躱す第一王女キャロルカ・クロウシェット。


 俺がリルに追いついたとき、展開されていたのはそんな場面だった。




「ねぇ、なんで!? なんであんないい子を……」


「ちっ……。ですから、何を言っているのか私にはわかりかねます。この私を確かな証拠もないまま犯人扱いとは。この件はお父様に伝え、厳正なる処分を受けて貰いましょうか」



 平行線だ。


 第一王女キャロルカ・クロウシェットを犯人だと断定するリル。


 それを決して認めないキャロルカ・クロウシェット。



 リルがどういう考えで突っ走ったのかは分からないが、証拠もないままでは第一王女キャロルカ・クロウシェットが罪を認める訳もなく。



「――知れた事。そこの第一王女は実の妹に嫉妬していた。ただそれだけの話に過ぎん」


 声が響く。


 第一王女キャロルカ・クロウシェットではない。

 リルではない。

 無論、この場に居る俺でもティナでもない。


 この場に居ない第三者の声。


「まったく度し難い。自身の国を売り渡すクズに相応しき思考だ。なればこそ、役に立たんのも当然か」



「……第二王女。ソフィア・クロウシェット?」



 か細く響くリルの声。

 それがこの場に現れた彼女の正体だと、理解するまでに数秒だけかかり。



「ソフィ……ア? ど、どうしたというの? 一体何のつもりで……」



 そんな俺よりもはるかに動揺しているらしい第一王女キャロルカ。

 彼女は声を震わせながらふらふらろ第二王女ソフィアの元へと歩いていく。



「だ、大丈夫よソフィア。まだ終わりじゃない。これさえあればいくらでも立て直しがきくわ」


 そう言ってキャロルカが取り出すのは一枚のカード。

 それを見て。



「うっ。ぐっ。ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」


「ティナ!?」



 第一王女キャロルカが取り出した銀色のカード。

 それを見たティナが頭を抱えて苦しみだした。



「お、おい。どうしたんだティナ!?」


「ビャクヤ? 一体何を騒いで……ティナ? 一体何があったの?」


「分からない。ただ、あの王女がカードを取り出した途端ティナが苦しみだして……。なぁリル。あれはなんか特別な何かなのか?」


「知らないわよっ! あいつの態度から察するにろくでもない物だと思うけど……」



 そうして俺達が騒ぐ中。

 キャロルカは妹であるソフィアを安心させるかのような口調で話しかけており。



「大丈夫よソフィア。私はあなたの自慢の姉としてこの国の女王として立派に君臨してみせる。イレイナさえいなければそれが叶うの。あなたは何もしなくていいわ。ただ、ずっと私の傍に居てさえくれればいいの。だから――」



 もはや俺達の事など眼中にないのだろう。

 熱に浮かされたかのように自分の野望を語るキャロルカ。


 そんなキャロルカが語り掛けているソフィアだが。

 彼女は愛しそうに自分を見つめるキャロルカの事をまるでゴミでも見るかのような目で見ていて。



「うるさい」



 トンッと第二王女ソフィアがキャロルカの肩を押す。

 それにより、キャロルカとソフィアの距離が少し離れる。



「ソフィア? 何を?」



 なんで自分を遠ざけるのか。

 それが心底分からないといった様子の第一王女キャロルカ。

 彼女は再びソフィアとの距離を詰めようとしたのだろう。



 しかし――それは叶わなかった。



「………………え?」



 キャロルカの足は動かない。


 当然だ。


 なにせ……その下半身は氷に包まれていたのだから。



「イアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!」



 響く第一王女の悲鳴。



「な、なによアレ……。詠唱も何もなしで? 第二王女ソフィアがそこまでの実力者だなんて聞いたことがないし、あり得る訳が……」



 目の前で起きた出来事を受け止めきれず、ただ呆然とその場に立っているリル。



「ぐっうぅ。あれは……みんな……なのに……まもるから……だから……」



 どこか焦点の合わない瞳でぶつぶつと何かを呟くティナ。



「触れた瞬間に凍らせてたな。あの魔術……リルやクソ兄貴以上か? だけどアレは……」



 かくいう俺も武器の一つも出せないままに固まっていた。

 第二王女ソフィアの扱う魔術。


 アレはまるで過去にティナが見せたもののようでもあって。



「うるさいぞ羽虫が」



 パシっと。

 ソフィアは上半身は無事だったキャロルカの手から銀色に輝くカードを奪い取り。


 瞬間――これで役目は終わったと言わんばかりにキャロルカの全身が氷に包まれていく。



「ソフィア!? ソフィア!? なぜ? なぜですか!? 私はあなたを愛してっ。だからあなたさえ居れば他に何もいらないと。だから――」



 自分を氷漬けにしようとしている相手をなお求めるキャロルカ。


 そんなキャロルカに。



「ソフィア? あぁ、そうだったな。もはやこの姿を借りる必要などないか」



 そう言うなり。

 第二王女ソフィア。

 彼女の身体が――砕けた。

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