第9話『刺客さんを返り討ちにしてみた』


 ――刺客さん視点



「聖女の持つクリスタル。アレを破壊しなさい」



 この国の第一王女キャロルカ・クロウシェット。

 その命令を受けた我々は聖女の部屋に急襲をかけていた。



 第一王女の采配により、聖女を守る者は現在誰も居ない。

 あの雷神の姫君と名高いリルカ・トアステンも席を外している。


 今、聖女の傍にはリルカ・トアステンがどこからか連れて来た客人二人しか居ない状況。


 この状況で聖女の持つクリスタルを破壊する。


 とても簡単で、すぐにでも達成できそうな依頼だった。

 そのはずだったのに――



「なんだこの煙は? 火事か? それともなにかの魔術か?」



 ドアを開けると同時、部屋の中で何かが爆発し、煙が外に流れ出てくる。

 標的の姿はおろか、部屋の中の様子すらも分からない状態。


 そんな状態で。



「とりあえずここは……これだっ!!」



 男のそんな声が響く。

 どうやらこの煙、やはり人為的なものらしい。

 少なくとも火事などではなさそうだ。


 しかし――


「ちっ、面倒な」


「どうします? ここは一度攻撃魔術で――」


「攻撃魔術は使うな。聖女を殺してはならないからな」



 視界が塞がれたこの状況。

 下手な攻撃魔術を使って聖女を殺めようものなら俺達は第一王女の怒りに触れて処分されてしまうだろう。


 聖女を殺さないまま、彼女の持つクリスタルのみ破壊、もしくは奪わなければ俺達の任務は失敗となる。


 だから――



「この煙が邪魔だ。誰か、風の魔術で押し流せ」


「了解しました」


「視界が開け次第、聖女の位置を特定しクリスタルを奪うぞ。聖女と共に居るであろう奴らに関しては……好きにしろ。邪魔になるようであれば殺していい」



 そんな指示を俺は出した。

 その時。



 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「――ぎゃぁっ」



 煙の中、視界の晴れぬこの中で。

 仲間の一人が悲鳴を上げた。


 たった今、風の魔術で煙を晴らそうとしていた者だ。



「な、どうした!?」


「わ、分かりません。何か音がしたと思ったら――」




 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「んぎゃぁっ――」



 何かが弾ける音。

 そして高速で何かが風を切る音。


 そのすぐ後に仲間の一人が倒れる。



「まさか……この視界の中で攻撃を!?」


 あり得ない。

 視界がさえぎられている中、こうも簡単に攻撃を当てるなど。

 そもそも、攻撃方法が分からない。魔術にしては詠唱も何も聞こえなかった。



「そ、そんな馬鹿な!?」


「く、クソッ! 一体どこから」



「う、うろたえるなっ! 各自散開! その後、声を出すな。魔力も抑えろっ。敵はおそらく我々の何かを感知しているっ!」



 魔力か、声か、あるいは他の何かか。

 とにかく、見る以外の何かの方法で敵は我々の位置を把握している。


 この一方的に位置を割られているこの現状。

 この現状をどうにかしなければ話にならない。



 そう判断して俺達は散開し、息を殺したのだが――



 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「ぎゃぁっ――」



 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「なんでっ――」


 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「そんなっ――」



 ――パァンッ

 ――ヒュンッ



「ありえねっ――」


 

 悲鳴・悲鳴・悲鳴。

 息を殺して潜んでいるはずの部下の悲鳴が鳴りやまない。


 依然として部屋は煙に包まれたまま。

 それなのにっ!!



「――ラスト」


 ――パァンッ

 ――ヒュンッ


「ぐぉぉぉっ」


 そんな声を最後に。

 俺の手足は何かに撃ち抜かれ、身動きがとれなくなってしまうのだった――




★ ★ ★



「――ラスト。………………ほい終わり。意外と呆気なかったな」


「むーー。むわむわ。ごしゅじんさま。もういい?」


「あぁ、もういいぞ。敵が沈黙した今、もうスモーク張る意味もないし」


「わかった。じゃぁ……………………ばびゅーんっ!」



 ティナが短い詠唱と共に部屋に充満したスモークを風で押し流す。

 そうしてようやく視界は晴れ。



「ぐっうぅ……」

「いてぇ……」

「こんなバカな事が……」



 部屋に倒れ伏している幾人もの黒装束の男達。

 その男達は自らの手や足を押さえ、痛そうにうめいていた。



「あの……ビャクヤさん?」


「ほい? なんですかイレイナさん? もしかしてどこか怪我とか……」


「いえ、私は大丈夫。怪我一つありません。それよりも、その……彼らは大丈夫なのでしょうか?」


 どこかおずおずとした様子で尋ねてくるイレイナさん。


 その視線の先は倒れて苦しそうにうめいている黒装束の男達で。


 どうやらイレイナさん、こいつらの心配をしているらしい。


「あぁ、大丈夫ですよ。心配しなくても死ぬような怪我は負わせてません。ヘッドショットせず、手足に命中させましたからね」


「へっどしょ……え?」


「手足を矢みたいなもので撃ちぬいただけって認識でいいですよ」


「は、はぁ……。それならいいのですけど……」



 敵が死ぬような怪我をしていなくて良かったと安心するイレイナさん。


 一応こいつらあなたの事を狙ってた敵なんですけど……。


 いや、敵の心配もしちゃうくらい優しいから聖女なのかもな。



「ぐっ……貴様……何者なんだ? なぜあの視界の中で……」



 黒装束の男達の中で、やたら指示とか飛ばしていたリーダー格が俺を睨みつけながらそう尋ねてくる。

 俺は肩をすくめて。



「アンタらが忍者さんといえど熱源反応までは誤魔化せないだろ? もっとも、モノホンの忍者さんなら近づいてきた事にも気づかずにこっちがやられてただろうけど」


「にんじゃ? ねつげんはんのう? 何を言っている?」


 今回俺が使用した武器はサーマルピストル。

 熱源反応を感知しながら放てるピストルだ。


 この武器さえあれば状況にもよるが、視界が塞がれた真っ暗闇の部屋の中だろうと敵の熱源反応を頼りに銃弾を命中させることが出来る。


 これのおかげで俺は刺客さん達の熱源反応を頼りに銃弾を命中させることができた。


 その事を俺は得意げに説明しようとして――


「……っておいおいおい。負けた側が勝った側を質問攻めってのはおかしいだろ? まずはこっちの質問に――」


 こっちの質問に答えて貰おうか。

 そう口を開きかけると同時にこちらに迫ってきていた聞き覚えのある足音が聞こえてきて――


「――それはこっちで引き受けるわ」



 この騒ぎを聞きつけたのだろう。

 所用でどこかに行っていたリルが戻ってきた。



「悪かったわねビャクヤ。まさか向こうがこんな直接的な手段に出てくるだなんてね……」


「いや、大丈夫だよ。それでこいつらだけど……」


「帝国支持派に雇われた刺客でしょうね。多分だけど、イレイナの持つクリスタルを破壊しようとしてたんじゃないかしら? あれさえなければ我が国としてはイレイナを帝国に差し出すしかなくなる。だから――」


「あーー、なるほど」



 確かに。

 言われてみればこいつら、聖女を殺しちゃいけないとかクリスタルを破壊だとか言ってたな。


 それも全て、帝国にイレイナさんを送り出して帝国の庇護下に入りたいって奴らの思惑おもわくによるものか。


「だからビャクヤ。後の事は私たちに任せなさい。ここまでしてイレイナを帝国に売り渡そうとするクズ。その正体をこいつらの口から吐いてもらおうじゃないの」


 ふっふっふっふと邪悪に笑うリル。

 そんなリルに恐怖を感じたのか。


 刺客さんのリーダー格の男が覚悟を決めたかのような眼差しを見せて――



『イーリタ・ラティオス』


 リルの魔術。


 バリィッという音と共に黒装束の男達の身体がビクンと震える。


 

「ふん、馬鹿ね。自殺なんてさせる訳がないでしょう? せっかく得た情報源……。たっぷりじっくりこってり時間をかけて吐き出させてやるんだから」


「こえぇ……」


「おー、はやい」



 いつの間にやら魔術発動準備を終えていたらしいリルの一撃。

 それは自殺しようとしていたらしい黒装束の男達をとらえ、一時的に麻痺状態にした。



 かくして。

 イレイナさんを襲ってきた黒装束の男達は為すすべもなく、自殺すら許されないままリルの率いるインペリアルガードに捕らえられたのだった。


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