第2話『聖女様』



 そのままリルの案内に従い、俺達はクロウシェット国の王城にたどり着いた。

 そこでもリルは「リルカ様」と呼ばれていて、なんだか慕われている様子だ。



「なんというか……凄いなリルは。一体どんだけ凄い力を持った貴族様なんだ?」



 誰も彼もがリルに声をかける。

 ここに来る間、この国の民衆からも声をかけられていたし、人気が凄い。



「すごー。こんだけひろくすごー。へー」



 城の中、トコトコと勝手にどこかへ行こうとするティナ。

 俺はその手を取り、保護者よろしく手綱を握る事にする。



「こら、ティナ。勝手に歩き回ったらダメだろ?」


「んむ? かってにあるくダメ? んん~~。わかった~~」



 俺の命令だけは聞くティナ。

 彼女は俺の言葉を命令と受け取ったのか、すぐに大人しくなった。



「――ふぅ。待たせて悪かったわね。さ、行くわよ」


 そう言って先導するリル。

 その背中に。


「なぁリル。俺達は一体どこに向かってるんだ? てっきりリルの家に行くんだとばかり思ってたんだけど……」


 そう俺は尋ねる。

 だが。


「付いてくれば分かるわ。詳しい話はそこで」



 リルはそう言うだけで一向に行先は教えてくれない。


 まさかこの王城が彼女の家という訳でもあるまいし。


 いや、リルが実は王女様でしたとか言うならそれもありえるのか?


 なんて事を色々と妄想しながらリルの後を着いていき。



 俺達は王城の中にある聖堂へと来ていた。



 そこでは一人の少女が手を組み、祈りを捧げており。

 その少女を守るようにして、二人の男が祈りもしないまま近くに控えている。



 その護衛と思われる二人の男とリルがなにやら事務的な話をした後、二人の男はリルの命令によってどこかに去る。


 そうして残ったのは祈りを捧げている少女のみだ。



「――――――ふぅ」




 その祈りも終わったのか、少女が顔を上げて立ち上がる。

 


「お疲れ。帰ったわよ、イレイナ。はい、お土産」



 そんな少女にいきなりポーンと何かを投げて渡すリル。


 それは俺とリルが苦労して手に入れたクリスタルだ。


 いきなり投げられたソレを少女はなんなくキャッチして。



「――ふふっ。ありがとうございますリル。それにしても、こんなに早く戻るなんて。後ろのお友達が手伝ってくれたからですか?」


 白い修道服をまとった清楚な黒髪の少女。

 俺と同い年くらいの子だ。

 俺より少し背が低いくらいの女の子。


 そんな子が俺・リル・ティナの方を見てニコニコとしている。



「まったく。少しは驚きなさいよね。祈ってる最中。相変わらず周りの声は聞こえないんでしょ?」


「ええ。聞こえませんよ? でも、リルの事ですもの。近づいたらなんとなく分かってしまうんです」


「え。なにそれ怖いんだけど。ホント、アンタってば可愛げがないんだから」


「あら酷い。よよよよよよ。そりゃあ私には可愛げがないですよ。リルみたいに猫を被るなんて事、私には出来ませんからね」


「そうした方がお得よ?」


「いえ、結構です。恥ずかしいので」


「恥ずかしい!?」


「ふふっ」



 なにやら仲良さそうに話すリルと少女。

 そうしてしばらくした後、置いてけぼりになっている俺達の事を思い出したのか、少女が「こほん」と咳払いして。



「初めまして。わたくしはイレイナ・クロウシェット。この国の結界を維持する聖女をやらせてもらっています」


 軽く頭を下げて自己紹介してくる少女。もとい聖女様。

 俺もそれに合わせ、急いで頭を下げる。


「これはこれはご丁寧に。俺はビャクヤ。ただのビャクヤです。で、こちらが――」


「わたしティナっ! ティナ・パレッタ・スカーレットっ!」


 元気よく挨拶するティナ。

 正直、きちんと挨拶できたんだなと少し感心してしまった。


「ちなみにイレイナは聖女でもあると同時にこの国の王女様よ」


「王女ですよ~~。と言っても、第三王女なのでお飾りもいい所ですけどね」



 へー。王女様かー。

 ………………王女様!?



「ふーん。ねーねーいれーな。そのけっかい? すごーね? どうなってるのか、みせみせ~~?」


「ふふっ。可愛らしい女の子ですね。私に何か頼みですか? あ、ちょっと。くすぐったいです。きゃっ。ちょっと。頬を舐めないでください」


「え!? なんなの!? ちょ、離れなさいティナ。私はまだアンタの事を全面的に信じた訳じゃないんだからねっ!!」



 俺が聖女様の素性に驚く中。

 そんな事どうでもいいと突貫して聖女様の頬をペタペタと触り、挙句の果てには抱き着いてペロペロと子犬のように聖女様にじゃれるティナ。


 これは……いけないっ!!



「ちょっ。ティナ、ステイッ! ちょっとこっち来てお座りっ!!」


「む。ごしゅじんさまめいれい。わかった」


 聖女様にじゃれるのをやめ、トコトコと俺の所に戻って来てペタリとその場で座るティナ。

 本当に……この子の行動は読めないなぁ。

 とそんな事よりも。


「すみません聖女様。いや、王女様って呼んだ方がいいんですかね? ともかく、この子が無礼な真似をしてしまってすみません。出来ましたらなにとぞ寛大な処置を……」


 俺は王女様に頭を下げ、そう頼み込んだ。


「いや、ビャクヤ。そんな事を気にする必要は――」


「ふふっ。そうですね。このような無礼な真似、何かしらの罰が必要ですね」


「イレイナ!?」


 やはり王女様に対してのティナの行いは許されないものだったらしい。

 どんな罰が下されるのか。

 俺は深く頭を下げながら沙汰さたを待ち。


「そちらの子はまだ精神年齢が幼いようですし。ビャクヤさんと言いましたよね? 罰として、わたくしにあなたの事を教えてくれませんか?」


「謹んで拝命しま……え? 俺の事?」


 なんだそれ。

 罰……になってないよな?

 おそるおそる顔を上げると王女様はなんだか意地の悪い笑みを浮かべていて。


「はい、あなたの事を包み隠さず教えてください。リルとどんな関係なのかとか。特にその辺りの事が気になりますね」


「ちょ、ちょっとっ! それは私から説明するのが筋ってもんでしょ!? なんで初対面のビャクヤに聞くのよ!?」


「ふふっ。だってリルがその本性をさらすのって本当に限られた相手だけじゃないですか。それにあのリルが協力者をこの国に招くなんて」


「なによ? 悪い?」


「いえいえ。悪いどころかすごく喜ばしい事だと思ってますよ? なにせ、あのなんでも一人でこなそうとしていたリルが誰かに頼っているんですから」


「いや、それは――」


「さぁビャクヤさん。全てを赤裸々に話してください。あ、ちょうどそこに懺悔ざんげ室があるんで話はそこでします? きっと神様も興味深く聞いてくださると思いますよ?」


懺悔ざんげ室でする話じゃないでしょ!? ちょっとイレイナッ! さっきからアンタ楽しんでるでしょ!?」


「ふふふ。そんなことありませんよ? わたくしはただリルが認めたビャクヤさんの事が知りたいだけ。ええ、それだけなんです。ふふふふふふふふふ」


「絶対楽しんでるっ!! 大体、その辺の話なら私が――」


「リルはダメですよ。だって、リルに聞いても重要なところだけ色々とぼかされそうですし。それに、それだけ嫌がるという事は何か私に言えないような体験をしたんでしょう?」


「うぐっ。い、いや、そんな事は……」


 明らかに楽しんでる様子の王女様。

 あぁ、これ別に罰とか気にしなくていいやつだな。


 なので、俺も罰とか関係なく赤裸々に色々と話す必要はないのだが――



「そうですね。あれは俺が冒険者ギルドで試験を受けた後の事です。そこでリルはいきなり――」


「ちょっとビャクヤ!? アンタもアンタで何を勝手に――」


 矛先を王女様から俺に変え、話の邪魔をしようとするリル。

 そこで俺は。


「あ、ティナ。ちょっとリルの事を抑えておいてくれないか? これ命令じゃなくてお願いな?」


 すかさずティナにお願いして、リルの動きを抑えてもらう事にした。


「む? めいれー? おねがー? ともかく……わかった~~」


「はぁ!? ちょっとビャクヤ。アンタこんな時に限ってティナを使ってんじゃないわよ!? ちょっ、ティナも離しなさいってっ!!」


 ガッシリとティナに取り押さえられるリル。


 こんな場所で暴れる訳にもいかないからか。

 はたまたそれだけティナの拘束力が強いのか。


 リルは大人しく取り押さえられていた。



 よし。

 これで赤裸々にリルとの関係について王女様に話せるぞ。


 無論、罰とか気にしなくていい以上、そんな話をする必要はない。


 ないのだが、リルには散々してやられたからな。

 なんかよく分からないけどリルはジェイドル国での事を王女様に聞かれたくないらしい。


 だからこそ……その辺りについて俺が知る限りの事を王女様に話してやるぜっ!!




 そうしてティナがリルを抑えてくれている中。

 俺は王女様にジェイドル国でリルとの間にあった事を包み隠さず話した。


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