おまけ


 ――クランク・アスカルト視点



「おー、派手に旅立ったなぁ。さすがは雷神の姫君ってか」


 久々に出会った俺の弟『ビャクヤ・アスカルト』。


 ビャクヤは連れの嬢ちゃんに連れられ、豪速でこの場から立ち去ってしまった。


 全く……あの嬢ちゃんの気持ちも分からないではないが、兄弟の別れくらいもう少しゆっくりやらせてもらいたい物だ。


「らいじんのひめぎみ? ねぇクランク。なんですかそれ? まさかリル・クロシェットの事ですか?」


 俺の想い人であるソニアが首を軽く傾けてそんな事を聞いてくる。


 あれ?


 ソニアのやつ、あの嬢ちゃんの正体に気付いてないのか。


 ギルド職員として様々な知識を蓄えているソニアがあの嬢ちゃんの事を知らない訳があるまいに――



「ん? あぁ、そうだが……ってあぁ、そうか。道理で誰も話題に上げないと思った。あの嬢ちゃん……認識阻害の魔術使ってたな? そりゃお前が気づかんのも無理ねぇな」


「認識……阻害?」


 認識阻害魔術。


 それは相手が自分の事を正しく認識しにくくなるようにする魔術の事だ。


 名の知れた人物が良く使う魔術で、これを使えば相手が知り合いだったとしても別人だと認識してもらえる。


 例外は相手が認識阻害の魔術に何らかの方法で気付いた場合。

 もしくは何かしらの理由によって正体を疑われた場合だ。


 あくまで相手の印象を軽く操作するだけの魔術なので、注意深く自分を探るような相手には効果が薄いのである。



「ああ、あの嬢ちゃんは――」



 もう嬢ちゃんもビャクヤもこの場には居ないし、言ってしまってもいいだろう。


 俺はソニアに嬢ちゃんの素性を告げようと口を開き――


 その時だった。



「ビャクヤは居るか!?」



 バァンっとギルドの扉を開き、二人の武装した兵士が中に入ってくる。


 その後に来たのは――



「親父……」



 現アスカルト家当主――ラプター・アスカルトだった。


 親父はどこか焦った様子で辺りを見渡し、すぐギルド内に居た俺と目が合う。


 すると……おぉ、顔真っ赤。メチャクチャ怒ってるみたいだな。



「クランク……」


「おぉ、これはこれは父上じゃありませんか。どうしました? そんなに汗を垂らして。伯爵家当主たる父上らしからぬ焦りっぷりじゃないですか。もしや……何かお探しだったりします?」


 怒ってる感じのクソ親父を軽く煽ってみる。


 すると面白い事にクソ親父はさっき以上に顔を真っ赤にさせながら怒りの形相でこっちを睨み。


「クランク、貴様……私はビャクヤを連れてこいと言ったのだっ! だというのに貴様は『分かりました』とだけ言って出てなかなか帰ってこない。

 待っていられず私自らがこうして来てみればだ。先ほど、アスカルト家の次男がギルド長の悪事を公開して退陣に追い込んだと聞いたぞ。

 本当に貴様は……何をつまらぬことに時間を使っているのだ!? 正義の味方にでもなったつもりか!? そんな事にかまけて貴様、アスカルト家の栄えある未来を閉ざす気かぁ!?」


 中々ビャクヤを連れて帰らなかった俺に怒鳴り散らすクソ親父。


 俺はそんなクソ親父を見て……「はぁぁぁ」と深いため息を吐く。




「親父……領主の息子として、不正しまくってるギルド長を退陣に追い込む事、そんなに間違ってるか? 大体、親父がもっとしっかりしていれば――」


「ふんっ。貴様には分からぬだろうがなクランク。貴族には自身にとって得か損か。それをきちんと見極めたうえで様々な決断をしなければならない時があるのだよ。どんな手段を使おうがかまわん。我々には家を発展させる義務があるのだ」



 俺の言葉を遮り、得意げに語り出すクソ親父。


 


「その点、あのギルド長は私にとって得な存在だった。確かに有能ではなかったが、目上の者である我々には決して逆らわず、こちらが無理難題を言おうと下を食いつぶしてこちらの要望を叶えてくれるガッツがあった。ゆえに、我々も奴に対しては様々な便宜をはかっていたのだ。だというのに貴様はつまらぬ正義感を出して――」



 ペラペラと自分の価値観を語り出し、俺のしたことをつまらぬ正義と一括りにするクソ親父。


 正直――聞くに堪えなかった。



「――ゆえに我々はアスカルト家の繁栄のためにもビャクヤを家に戻さなければならんのだ。やつの力が王に認められれば我が家の地位はますます盤石のものに――」


「――うるせぇよ」


「なに?」


「聞こえなかったか? うるせえって言ってんだよクソ親父!!」


 俺は短く「炎よ」と呟き、その手に炎を生み出す。


 そのまま俺は炎が宿った拳を真正面からクソ親父へと叩きこむっ!!


 だが、それを見てもクソ親父は動じず。



「――ふんっ。下らんな……ルイスの真似事か」



 心底つまらなそうに呟き、魔術の防御壁を構築するクソ親父。


 伯爵家当主であるクソ親父が展開する防御壁。


 それは俺の炎をまとったパンチ程度で崩せるものじゃない。


 だが。


「――アホ。だーれがあのクソ兄貴の真似なんかするか」


 俺はその場で拳に宿った炎を『パアンッ』と弾けさせ、同時に親父の死角へと入る。


「む?」


 瞬間、クソ親父の隙が生じる。


 目の前に展開している防御壁はそのままに、そしてその後ろには待機状態にある5つの火球。


 あのまま突撃していれば俺のパンチはらくらく受け止められ、あの火球が俺を襲っていただろう。


 だが――こうして俺の姿を見失っている間は防御壁も火球も役に立たない。



「隙だらけなんだよ馬鹿が」



 トスッ――



「ぐおわっ!?」



 クソ親父の背後に回っていた俺は思いっきりその背中を押す。


 すると当然クソ親父の身体は前に飛び出し――その先にはクソ親父自身が作り出した5つの火球が。



「な、や、やめっ――」



 急いで火球を消そうとするクソ親父だがもう遅い。



 ドォンッ――

  


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



 自分の火球に当たり、その身を燃やすクソ親父。


 しかし、やはり炎への耐性があるのだろう。軽く火傷を負っただけで致命傷にはなっていないようだった。



「クランク……貴様ぁっ!! 実の父に対して何をするか!? 何の役にも立たぬ分際でこの私の邪魔だけは立派にしよってぇ……」



 自身に治癒魔術を施しながら吠えるクソ親父。


 時間稼ぎのつもりか何かは知らないが、勝手な事を言ってくれる。



「ハッ! うっせぇよバーカッ! 散々俺やビャクヤの事を馬鹿にしてくれやがったクセに。それを棚上げして自分達の役に立つと見るや『戻ってこい』だと?

 ふざけんじゃねえよ。俺達は確かにてめぇの息子だが、てめぇの道具になったつもりはねぇぞっ!!」



 もうこいつの前で猫を被るのは止めだ。


 なにせ、もう全て終わっている。



「クソ……おい貴様ら、クランクの奴を捕らえろっ!! 最悪の場合、ビャクヤに言う事を聞かせる為の人質とするっ!!」



 クズ親父らしいクズ発言。


 それに「御意」と首を縦に振り、クソ親父が率いる二人の私兵が俺の前に立ちはだかった。


「外に居る者も来いっ!! いいか、殺すなよ? 確実に捕らえろっ!」



 外へと呼びかけるクソ親父。



 外にも自分の私兵を用意していたのだろう。


 しかし――



 ――――――シーーーン



 誰も――来ない。



「な、何をやっている!? さっさと来いっ!! 誰が貴様らを雇っていると思っているのだ!?」


 私兵二人に守られているクソ親父は俺を警戒しながらギルドの外へと走り出す。


 そうして出入口へと差し掛かった時――



 ――バァンッ



「あぎゃっ!?」



 ギルドの扉が勢いよく開き、それと同時にクソ親父が勢いよく吹っ飛ぶ。



「あっれー? おかしいですねー? 何かにぶつかっちゃいました~?」



 それと共にギルドに一人の女が入って来た。


 白いローブを身に纏い、杖を持つ神官風の美少女。


 唯一普通の神官と違うのは、その腕が鋼鉄の籠手で覆われていることだろう。


 彼女は首をかしげながら吹っ飛んでいったクソ親父を見て。



「あらあら大変ですー。また一人神の御許へ旅立ってしまいました……よよよよ」



 なんとも下手な鳴きまねをし出す。

 

 それに誰もが呆気に取られる中、



「よよよじゃねぇよアホ」



 ぺしんっ――


 俺はこのアホ女の頭を軽く叩いた。



「あいたっ!?」



 叩かれた頭を抑えながら恨みがましい視線を俺に送ってくる女。


 彼女はぷくーっと頬を膨らませて。



「ちょっとぉっ!! 何するのよクランク君っ! いきなり暴力なんて……。サフィラお姉さんはクランク君をそんな風に育てた覚えはありませんよっ!?」


 ビシィっと指を突き付けて叱っているつもりらしい女神官、もといサフィラ。


 俺はそんなサフィラに飛んで行ったクソ親父を指さしながら、




「なーにが暴力はいけませんだよタコ助!! そっちの方がよっぽど荒っぽいじゃねぇか!? 見ろ、この惨状と見物人の方々の驚きようを! クソ親父のこともまぁ派手にぶっ飛ばしてくれやがって。ったく――」


 俺はグチグチと文句を言いながらもサフィラがぶっ飛ばしてくれたクソ親父の元へと歩みよる。


 その間、サフィラが後ろで色々と喧しかったが無視。


 そうして俺は苦しそうに呻いているクソ親父を上から見下しながら。



「ラプター・アスカルト。虚偽の報告を王の耳に届けた罪、並びにここに記された貴殿が行っていた悪行の数々。

 ――どれも罪は重い。よって、貴殿の伯爵としての身分を剥奪の上、王都へと連行する」



 懐から一枚の令状を取り出し、クソ親父に見せにそれを見せながら連行すると告げた。



「なっ!? こ、これは……宰相ラフテンコード家の署名!?」



 俺が取り出した宰相さん署名付きの令状を見たクソ親父の顔が真っ青になる。


 そんなクソ親父は信じられない物を見るような目で俺をみつめてきて。



「ば、馬鹿な……クランク。なぜ一介の学生でしかないお前がこんなものを――」



 と、知らなかったのならば当然抱くであろう疑問をぶつけてきた。



「あぁ、そうだよな。クソ親父には手紙の一つも送らなかったし、そっちも俺の事なんかに興味がなかっただろうしで連絡も取り合ってなかったからな。知らねえのも当然か」



 そう前置きしてから俺は。


 クソ親父が知らないらしい学生とは別のもう一つの身分も明かす。



「ロイヤルガード第13班団員。クランク・アスカルト」


「ついでに同じく。ロイヤルガード第13班団員のサフィラ・キャンベルです~」



 俺と同じ班に所属しているサフィラ。


 彼女はそう自己紹介するやいなやクソ親父へと迫る。



「ロイヤル……ガード? 馬鹿な。アレは王室の警護を担当し、犯罪抑止のために王都を離れて活動しているというエリート集団だぞ。

 貴様が……貴様らがその一員だとでも言うのか!?」


「ふふふのふ~。その通り~。クランク君ったら好きな子のために成り上がりたーいって必死だったんですよ~?」



 驚愕するクソ親父の肩を掴み、強引に立ち上がらせるサフィラ。



「さぁ、行きましょうか~。私、クランク君のお父さんであるあなたとすっごくお話してみたかったんですよ~。

 なんでも昔、あなたのおかげでクランク君はぐれちゃって一時は道を踏み外しちゃってたとか」



 そのままサフィラは抵抗するクソ親父を無視して引きずっていく。


 クソ親父も「このっ」と魔術を使用しようとしているらしいが、それを察する度にサフィラが腕を強く掴んだりしてクソ親父の集中力を途切れさせていた。


 そのままサフィラは笑みを浮かべ。



「だからですね……お話……しましょうよ?」


「ひっ――」



 ぞっとするような冷たい笑みを浮かべるサフィラ。


 その表情を見てしまったのだろう。クソ親父は抵抗をやめて大人しくなる。



「あらあら。もう抵抗はしなくていいんですか? 別にいくら抵抗してくれても構いませんのに……。

 あ、そうだ。クランクくーん? さっきナヴァンちゃんから連絡があったわよ? 滞在予定時間を大幅に過ぎてるからさっさと帰還しなさいだってさ。もうカンッカンだったよ~?」



「げ……マジかよ」


 ソニアと協力してギルド長の罪を裁いたり。


 ビャクヤとその隣に居た少女達の分析をしたり。


 そんな事をしている間に予定していたこの村の滞在時間。それを大きく超えてしまったようだ。



「ふふっ。でも安心して。サフィラお姉さんがナヴァンちゃんに上手く言い訳しといてあげる。

 だからクランク君。その子と積もるお話もあるでしょうしゆっくりしていいよ~~」


「は!? いや、ちょい待てっ!! なんか勘違いしてねぇか!?」


「ふふ、いいからいいから~。お姉さんってば気が効いて困っちゃうわよね~?」


「要らねえお世話なんだけど!?」


 そんな俺の声も届いていないのか、サフィラの足は止まらない。


 そのままサフィラは項垂れるクソ親父の腕を強く掴んだまま、ギルドから出ていくのだった――



「クランク……今のは……」


「ん? あぁ、さっきのはサフィラ。俺に戦い方の一部を教えてくれたお師匠様みたいな人だ。前に話したろ?」


「さっきの人が……」



 既にソニアには俺がロイヤルガードの一員だっていうのは話してある。


 もっと色々と話したいが……そんな暇はなさそうだ。



「悪いなソニア。また出かけなきゃならんみたいだ。今度は……長くなるかもなぁ」



「そう……ですか」


「お、おう……」


 なぜかお互いにしんみりしてしまう俺とソニア。


 そんな空気が嫌で、俺はクソ親父のせいで中断させられたビャクヤ達の話の続きを少しだけすることにした。


「そうだ。ビャクヤの連れてた嬢ちゃんについて。まだ話してなかったよな?」


「へ? あ、あぁ。そうですね。何やら私も彼女の事を知っているはずと言っていましたけど……リル・クロシェット。彼女は何者なんですか?」


「まずその名前は偽名だな。あいつの本名は――」



 そうして俺は。

 リル・クロシェットと名乗るあの少女の正体をソニアへと明かす。



「――リルカ・トアステン。クロウシェット国には国を守護する聖女様が居るが、あの嬢ちゃんはその付き人だ。

 雷神の姫君とも呼ばれ、聖女の命を狙う者には容赦なく雷様を落とすって噂の……おっかない姫様だよ――」




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