第52話『鈍いのはお前』



「二人とも落ち着け。っていうか話が脱線しすぎだっての。俺が引っ込んだ意味がないだろうが」


「クランク兄さんの言う通り。とりあえず二人はちょいと大人しくしててくれ」



 そうしてクランク兄さんはソニアさんを。

 俺は渋るリルを話に加わらないように大人しくさせ、後ろへと下げる。



 全く……リルとソニアさんてば本当に相性が悪いよなぁ。


 とはいえ、そんな相性の悪い二人だが、ここまで言い争うような事になるとは思いもしなかった。


 リルが何を言おうがソニアさん側が『やれやれ』といった感じで受け流すのだと。そう思っていたからな。


 そうならなかったという事は、それだけソニアさん側にも余裕がなかったという事だろう。


 その原因は……探るまでもなく分かっている。



「全く……クランク兄さん。自分の女の手綱くらいしっかり握っておきなよ」



 俺はクランク兄さんにしか聞こえない声で小さくぼやく。


 するとクランク兄さんは「はぁ?」と少し呆れたような声を上げ。



「いや、どの口がそれを言うよ。お前だって自分の女の手綱まったく握れてねぇじゃねぇか。

 後、ソニアと俺はそういうのじゃねぇぞ? 俺がアプローチかけてるのは事実だけど」


 なんてトンチンカンな事を俺にしか聞こえないような声量で言ってきた。


 んん?


 自分の……女?

 それってもしかしなくてもリルの事か?



 ……クランク兄さんよ。

 さっきまでの俺とリルのやりとりを見てどうしてそんな発想が出てくるんだ……。


「いや、俺とリルはそういうのじゃないよ。

 それより……クランク兄さん。気づいてなかったの?

 ソニアさんのあの反応。アレ絶対クランク兄さんに気があるって。

 アレに気付かないとか鈍過ぎでしょ」


「いやいや、そんな訳ないだろ。

 お前……さっきまでの俺とソニアのやりとり見てどうしてそんな発想が出てくるんだよ。

 あと、お前にだけは鈍いとか言われたくねぇ」


「いやいやいや、俺は鈍くないよ。鈍いのはクランク兄さんだけ。

 全く……これじゃソニアさんも報われないね」


「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。

 全く……これじゃあの嬢ちゃんも報われねぇぜ」



 ――――――ダメだ。


 ここまで言っても向けられたソニアさんの想いに気付かないなんて。


 クランク兄さん……ここまで鈍い男だったのか。


 ソニアさんもこんな男に惚れて大変だなぁ。


 全く――



「「やれやれだよ(だぜ)……」」



 ほぼ同じタイミングで肩をすくめる俺とクランク兄さん。


 残念ながらこれ以上話し合っても意味はなさそうだ。


 そこに関してはクランク兄さんも同意見なのだろう。


 クランク兄さんは「こほん」と咳ばらいをして。



「で……だ。ビャクヤ、あのお嬢様の言ってた事は本当なのか? 国外に行くとか言ってたが……」


 ひそひそ話をやめ、脱線していた話の続きを切り出してきたクランク兄さん。


 俺もクランク兄さんになら話しても良いだろうと首を縦に振り。


「本当だよ。ちょっとリルから頼まれごとしててね。

 それに、俺はくそあに……ルイス兄さんから命を狙われてるからさ。だから、ほとぼりが冷めるまで国外にでも逃げようかと思ってるんだ」


 今俺が置かれている現状について簡潔に説明してみた。


 すると、クランク兄さんは目をぱちくりとさせ、


「あぁ? 何言ってんだビャクヤ? そのクソ兄貴のルイスはもうぶっ殺したんだろ? ならほとぼりが冷めるもクソもねぇだろ」


 そんな事を言ってきた。


 ………………はい?


「えっと……ちょっと待ってクランク兄さん。今なんて言った? 俺が? ルイス兄さんをぶっ殺したって?」


「なんだ、違うのか? しかしルイスはさっきソニアが話した通りルヴィナス盗賊団とつるんでお前を殺そうとしてたんだぞ?

 で、お前はそんなルヴィナス盗賊団を壊滅させた。

 だから俺はてっきりお前がもうクソ兄貴やらアレンとかいうクソ冒険者を始末し終えたもんだとばかり思ってたんだが……」


「いや、身に覚えが――」



 そこまで言ってようやく俺は気付いた。


 俺がルヴィナス盗賊団の前線基地に向けて狙撃を繰り返していた時。


 色んな人にヘッドショットをかました俺だが、クソ兄貴&アレンさんの姿は見ていない。


 なので俺は二人を撃ち殺してはいないはずだ。


 だが、その後俺は何をした?


 リルとの協力プレイで俺はルヴィナス盗賊団の前線基地を爆発させただろう?


 その爆発に二人が巻き込まれ、死んじゃった可能性は――――――普通にあると思います。



「――あったわ。心当たりあったわ……。やっべぇ。まさかの伯爵家の跡継ぎ様殺しちゃったよおい。どうしようリルえもん……」



 と、俺はうつむきながらリルに聞こえないよう小さく呟いてみる。



「お、おい。どうしたビャクヤ?」



 いきなり俯いてぶつぶつ言っている俺を心配するクランク兄さん。


 俺はそんなクランク兄さんに今の悩みを打ち明ける事にした。


「いや、クソ兄貴を殺しちゃってたかもしれない事に今更きづいたからさ……。

 どどどどうしようクランク兄さん!! 俺、これからアスカルト家に『報復じゃーっ!!』って感じで暗殺者をドシドシ送られたりするのかな?」


「はぁ? 暗殺者ぁ? なんでそんな話に……ってあぁ、そうか。あんのクソ親父。合わせる顔がないってんで何の説明もしてねぇんだな。それはそれで都合がいい……か?」


「へ? 都合がいい? クランク兄さん、都合がいいってどういう――」


「なぁビャクヤ。お前は色々とアスカルト家がらみで悩んだり心配したりしてるようだが……それ、王都に行けばぜーんぶまとめて解決するずって言ったら来るか?」



 俺の質問をさえぎり、再び王都行きを勧めてくるクランク兄さん。


 なんでも王都に行けば俺が恐れているアスカルト家から報復とかそういうのを心配しなくてよくなるらしい。


 それは少し魅力的な提案だが。



「んー、いや、先約があるからね。それが終わるまでは行かないでおくよ」



 クランク兄さんの誘い。

 せっかくのそれを俺はそう言って断った。



「あれま。振られちまったか。まぁ仕方ねえか……。そりゃお嬢様と俺の誘い。どっち取るかって話ならお嬢様の誘いに乗るわな」


 断られる事を予想していたのか。


 クランク兄さんは軽く肩をすくめるだけで俺の決定を咎めるなんて事はしなかった。



「行くのはそっちのお嬢様の実家ってとこか」


「そゆこと。それと、リルには故郷の国でちょっとした仕事をしてくれって頼まれてもいるね。まだ内容も聞けてないけど」


「ほぉう。ちょっとした仕事……ねぇ」


「うん。それとアスカルト家の報復についてとかもリルがなんとかしてくれるみたいでさ。彼女、国のちょっとしたお偉いさんらしいんだよね。それで権力使って俺を守ってくれるんだって」


「ああ、そういう認識なんだな。しかし……なるほどねぇ。ちょっとしたお偉いさん……か」


 何か含みがあるような感じでクランク兄さんが俺とリルを見やる。


 その意図するところは……読めない。


「ま、いいや。それなら急ぎなビャクヤ。急がないとおっかないクソ親父が来るからな。

 それと――ほいこれ。身に着けといてくれ」



 そう言ってクランク兄さんが投げて渡してくるのは――紫色の小さな宝石?


 なんだこれ?

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