第51話『相性の悪い二人』


 怒っている様子のリルと、それに逆らわず後を着いていく俺とティナ。


 俺達はリルの国へと向かう為、ギルドを後にしようとしていた。


 しかし。



「ちょいちょいちょいっ!! 待った待った。行くのは良いけどもうほんのちょっとだけ待ってくれっ!!」



 ぼろ雑巾になったクランク兄さんが俺の手を引いて止めて来た。


 驚いた。


 まさかその状態でまだ動けるとは。



「あ゛ぁ゛ん!? 何よ!? まだなんかあんの!?」



 こっちもこっちですげえ。


 リルが今までに聞いた事もないくらいのドスのきいた声を上げ、顔を真っ赤にしてクランク兄さんを睨んでいる。


 リルさん……正直、女の子が「あ゛ぁ゛ん!?」なんて言うのはどうかと思います。



「ビャクヤに聞きたいことがいくつかあるだけだよっ!! さっき茶化したのは本当に悪かった! いや、茶化したつもりはないんだがあまりの夫婦漫才ぶりに――」


「あ゛ら゛ぁっ!!」


「いぎゃーっすっ!?」



 クランク兄さんめがけて繰り出されるリルのローキック。


 その足には紫電がまとわりついていた。


 街に帰ってくる最中、リルが説明してくれた彼女が身に宿しているというスキル『雷神招来』によるものだろう。


 彼女は一定時間の間、そのスキルによって雷をまとうことができ、使い方によっては大幅に身体能力を向上させる事が出来るらしい。


 無論、こんな場面で使うべきスキルじゃない。

 多分だけど、無意識に発動してしまったんだろう。



「ふーっふーっふーっ。ツギ……ナニカイッタラ……コロス」



 ………………やっぱり意識してスキル発動してたのかもしれない。


 だって言動が殺意に満ちてるもん。


 なんか見た事もないくらい顔を真っ赤にしてるし。


 これは相当怒っているみたいだ。



「はぁ……仕方ないですね。クランク、ちょっとこっちに来てください」



 そう言いながらクランク兄さんを引きずっていくソニアさん。


 その後、二人は俺達に聞こえないようにこそこそ話を始めた。


 耳をすませればその内容は聞きとれると思うが……それはさすがに無神経だろうしやめておくか。



 そうして程なくして、ソニアさんだけがこちらに戻って来て。



「すみませんビャクヤさん。今後の予定について聞いても宜しいですか?」



 そんな事を尋ねてきた。



「今後の……予定?」


「はい。クランクはビャクヤさんがこれからどうするのか知りたいようです。

 もし、何もご予定がないのでしたら少し付き合って欲しいとも言っていますね」



「少し付き合って欲しいって……どゆことです?」



「もう少ししたらクランクは王都へと向かうのですが、ビャクヤさんにはそこに同行して欲しいのです。

 なんでも王都ではあるお方があなたに会ってみたいと仰っているのだとか。

 ちなみに、それが誰かというのは実際に会うまで口外できないそうで。私にも教えてくれませんでした」


「はぁ……なるほど?」



 王都で俺に会いたいあるお方……ねぇ。


 いや、誰よそれ。


 見当もつかないんだが?


 そう俺が首を傾げていると。


「はぁ? 王都のあるお方って……ちっ。どっからか情報掴んできたわね。

 って事はアイツは………………。ったく、こんな時にそんな知らせ持ってくんなっつーの」



 隣でぶつぶつと呟きながらクランク兄さんを軽く睨むリル。


 俺と違い、彼女には何かしらの心当たりがあるようだ。



「リ、リル……さん?」



 心当たりがあるなら教えて欲しい。


 けど、なんか不機嫌そうなので恐る恐るリルの名前を呼んでみる。


 すると――



「さんは付けんなって言ったでしょっ!! ち〇こもぐわよ?」



 ギロリと睨みつけられたうえ、とても恐ろしい事を言われた。



「すみませ……ごめんよリルゥッ!!」



 なぜか怒りのボルテージを順調に上げているリル。


 これは……ソニアさんがクランク兄さんを引っ込めたのは正解だったっぽいな。


 この件、なぜかリルの琴線に触れる物だったらしい。


 なんでなのかはよく分からないけど。


「えぇっと……それで、どうでしょうか? 何か急ぎの予定などはありますか?

 なければ私としてもクランクに付き合っていただければと思っているのですが――」


「いや――」


「お生憎様! こいつは今すぐこの国から出てくからっ!! 王都だかなんだか知らないけどそんな所に寄ってる暇はないのよっ」



 俺が何か言う前に答えてしまうリル。


 あれ?


 確かリルの国に行くのって一か月くらい猶予あるみたいな事を前にリル自身が言ってなかったっけ?


 そんな疑問を抱く俺だったが、今のリルに突っ込みなんか入れたらまた怖い事言われそうだしここは黙っておこう。



「あの……リル・クロシェット。少し黙っていただけませんか? 私はあなたではなくビャクヤさんに聞いているのですが……」


「はぁ!? なによそれ。アンタ、私に喧嘩売ってんの!? 言い値で買うわよ?」



「喧嘩を売っているのはあなただけのような気がするのですが……」



 ああ、リルがなんだかクレーマーのようになってしまっている。


 そういえばソニアさんとリルって相性が悪いんだったな。忘れてた。



「っていうかなんでさっきからアンタはこいつの事『ビャクヤさん』だなんて呼んでるのよっ!

 なに? 隣に男連れてるくせにたらそうとでもしてるわけ?」


「なっ!? そんな事する訳がないでしょう!? 私はただビャクヤさんには色々とご迷惑をおかけしてしまったから敬意を表してるだけで――」


「まったく……堅物女だと思ってたのに下半身ゆるっゆるじゃない。真面目そうな奴ほど内面ドスケベと相場が決まってるって本で読んだけどその通りねっ!!」


「誰が内面ドスケベですか!! あなたこそ女性としてその言葉遣いははしたないと思わないんですか!?」


「なーにがはしたないよっ! 男二人に粉かけてるアンタにだけは言われたくないわねっ!!」


「だからそんな事はしていないと言っているでしょう!!

 そもそも、私は一人の男性にしか興味がないんですっ。

 ――ただでさえ当人が鈍いんだか情熱的だかこの想いが何なのか。色々分からなくて今はどうすればいいか分からない状態だというのに………………変な事を言わないでくださいっ!!」


「ハッ! 何よそれ。その年でようやく初恋にでも目覚めたっての? おっそいのよ行き遅れっ!!」



「いき……。あなただって人の事は言えないんじゃないですかリル・クロシェットっ! 呼び方一つで妬いたりクランクの軽口で顔を真っ赤にさせたり。あなた、口では色々と言う割にその手の経験をした事がないんでしょう!?」


「ぐっ――何を根拠に……」


「ほら。ほーら詰まったっ!! 図星だったんでしょう!? さっきあなたは真面目そうな奴ほどどうのと本で読んだと言ってましたけどね。こちらも知っているんですよっ!」


「はぁ? 何をよ?」


「あなたみたいに口で色々と知識やら経験やら語っている女ほど実は未体験で且つ周りにもウザがられて行き遅れになりやすいって事をですよっ!!」


「言ったわねこのアマぁっ!!」


「先に煽ったのはそちらでしょう!?」



 取っ組み合いの喧嘩へと発展しそうになる二人。



 そこで俺はクランク兄さんと目を合わせ。



「「まぁまぁまぁまぁまぁまぁっ!!」」



 俺はリルを。

 そしてクランク兄さんがソニアさんを咄嗟とっさに抑えるのだった――

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