第48話『得体の知れぬ少女を仲間にしてみた』
「リル。俺は――」
俺はこの子を見捨てたくない。
辛い目に遭って、それなのにそれを辛いとも思えないなんて悲しすぎる。
だから俺はこの子を連れていきたいと。そうリルに伝えようとして――
「いいわよ」
まだ俺が言い切っていないにも関わらず、即座に肯定してくれるリル。
「別に養わなきゃいけないのが一人増えるくらいどうってことないしね」
俺が何を言い出すか分かっていたのだろう。
リルは少女を養うくらい訳ないと。そう言ってくれた。
そうしてリルは「はぁ」とため息を吐き。
「前に言ったでしょ? アンタは分かりやすいんだって。
顔に『こんな悲惨な目に遭っている子を放っておけないっ!』って書いてあるわよ?
ホント……アンタは甘いわね」
えぇ……マジかよ……。
そこまで的確に読まれるくらい俺って分かりやすいか?
正直、リルが鋭すぎるだけだと思うんだが。
そんな俺に呆れたように。だけど薄く微笑みながら「やれやれ」と肩をすくめるリル。
「でも、いいわ。私だってこんなの放っておけないもの」
そう言って優し気に少女の頭を撫でるリル。
少女もされるがままで「ん~」と気持ちよさそうにリルに身を委ねている。
なんともまぁ微笑ましい光景だ。
しかし、俺を甘いと言うリルだが、なんだかんだでリルも甘いんだよなぁ。
言い方はちょっときついけどなんだかんだで世話をやいてくれるみたいだし。
「なんというか……素直じゃないなぁ」
そんな俺のぼやきが聞こえたのだろう。
リルは一瞬「?」と首をかしげたかと思えばすぐに顔を真っ赤にして。
「は、はぁ!? 何言ってんのバッカじゃない!?
か、勘違いしないでよね! この子の力は私にとっても有用だもの。だからこそ連れ帰りたいって。ただそれだけの話よ!! なに? なんか文句でもあんの!?」
「いや文句はないけどさ」
うーん、清々しいほどのツンデレ。ごちそうさまです。
リルの言う通り、そういう打算があったのは事実だろうけど、放っておけないと思ったのも事実だろうに。
素直じゃないなぁ。
「お前もそう思うだろ? えっと――あ、そっか。名前ないんだった」
「ごしゅじんさま? めいれいは? わたし、なにすればいい? たいき?」
名無しの命令待ち少女。
いつまでも名無しのままじゃかわいそうだし、なにより名前がないと呼ぶ俺達の方も不便だろう。
少女の失われた過去が分かれば本来の名前も分かるのだろうが、生憎今はその手段がない。
となれば……そうだな。
仮にでも何か名前を付けるか。
「なぁリル。この子の名前の案。何かあるか?」
少女を可愛がっているリル。
そっちに名前の案を振ってみるが。
「そうね……。ってなんで私が決めなきゃいけないのよ。この子のご主人様もとい保護者はアンタでしょうが。責任もってアンタが決めなさい。ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」
そのまま突き返されてしまった。
結局、俺が名づけをしないといけないらしい。
名前かぁ。うーん、名前ねぇ。
「そうだな。じゃあ……ティナ・パレッタ・スカーレットなんてどうだ?」
白髪の全体的に白い少女。
その中で特徴的な赤の瞳。
その赤の瞳からスカーレット(赤)を連想してなんとなく思いついた名前だ。
……ちょっと遊び心を入れて『T・P・S』と略せるような名前にしてしまったが、きっと問題ないだろう。
「ティナね…………………………ふぅん。いいんじゃない?
いや、私は別にこの子がどんな名前を付けられようが構わないんだけどね!!」
全力で興味ないアピールをするリル。
だけど俺でも分かる。それ、絶対嘘だ。
だって今、俺の付けた名前を思いっきり吟味してましたもん。
これ、
「てぃな? なにそれ? ごしゅじんさま。それ、めいれい?」
「あっ」
リルの拘束という名の可愛がりからスルリと抜け出し、ぱたぱたと俺の元へと駆け寄ってくる少女。
逃げられた当のリルは少し不満そうにしていた。
……やっぱり情が移りまくりじゃねえか。
俺はそんなリルを見ないふりして、駆け寄ってきた少女に初めて命令を下す。
「ああ、命令だ。今日からお前は『ティナ・パレッタ・スカーレット』って名乗れ。それがこれからのお前の名前だ」
もちろん不満があれば考え直すけどと付け加え、そう少女に名付ける俺。
すると少女はしばらく視線をさ迷わせて。
「てぃな……わたし? それがわたしのこゆうめいしょう? えっと……じんめー?」
「固有名称って……地味に難しい言葉知ってるな……。
ともあれ、まぁそういう事だ。お前という一個人を表す名前。一人の人名。それが『ティナ』だ。もちろん、気に入らないなら別のを考え直すけど――」
「てぃな・ぱれった・すかーれっと……」
その後、俺の問いに応えず何度もそう呟く少女。
そうしている中で。
「あれ? あれれ?」
不意に、少女の目から涙がこぼれ落ちた。
「あれ? なんで? なんか……ほわほわ? きごうじゃないの……はじめてだから? はつたいけん」
次から次へとあふれ出る少女の涙。
俺とリルは「「え?」」と混乱するしかなく。
けれど、一番困惑していたのは少女自身らしく、自分がどうして泣いているのか分からない様子だった。
「えっと……そんなに『ティナ』って名前が気に入らないなら別のでも――」
「いやっ!! てぃないいっ! これがいいっ!!」
初めて激情を爆発させる少女。
よく分からないが、名前はティナでいいらしい。
「そ、そうか。じゃあ……ティナ。これからはしばらく俺達がお前の面倒を見たいと思う。だからお前さえよければ一緒に来てくれないか?」
俺は手を差し出しながらティナに一緒に来ないかと尋ねる。
もうこの子は自由なんだ。
だから後の事はこの子自身が決めるべきで。
「んむ? それ、めいれい? めいれいならもちろんついてく」
だというのに、未だに命令に縛られているティナ。
「いや、命令じゃない。提案だ。ティナはもう奴隷じゃないし、そもそも俺をご主人様だなんて呼ばなくてもいい。これからは自由にしていいんだよ」
「んー? ごしゅじんさまはごしゅじんさま……だよ?
ティナ、どれいかよくわかんなだけど……ごしゅじんさまのいうことはきかなきゃ」
「いや、だからそういうのはもういいから。別に命令に縛られる必要なんてないんだよ」
「むぅ……ごしゅじんさまいってることむずかし。
じゆー? それ、ティナよくわからない。りかいふのう?」
その後、どれだけ自由にしていいと言っても首を傾げたり意味不明と繰り返すティナ。
どうやら自分の意志で何かを決めるという考え自体が今のこの子にはないみたいだ。
「今のティナに自由にしろっていうのは難しいみたいね」
「だな……」
自由を求めず、ただただ命令のみを欲しているティナ。
ただ命令のみをこなす人形のような生き方をしてきたティナの心を救うにはそれなりに長い時間が必要という事……か。
「それにしても……どこまでもご主人様の命令は絶対って考え方なのね。話を聞く限り、強迫観念めいた物をかんじるわ。その辺りがこの子の失われた過去に関係してるのかもね」
「ご主人様の命令は絶対って信じ込んでしまうような過去……ねぇ」
そんなもの、どう考えても悲惨な過去のような気がする。
もしかしたらティナには過去を思い出させない方が良いのかもと思えるくらいだ。
「――いや、そんなのここで考えても仕方ないな」
ティナの失われた過去をどうこうする事なんて俺達には出来ない。
なので、考えるべきはこれからの事だろう。
「結局は根気よく付き合っていくしかない……よな」
「そうね。辛い過去しか知らなくてこうなったのなら明るい未来を見せてあげればいい。人のぬくもり。大切な物の存在。なんてことのない日常。
――そういうのを根気よく教えてあげるしかないわね」
普通の子供なら知っているような事。
それを教えていくことこそが重要だとリルは
「ごしゅじんさま? たいき? めいれいはたいき?」
「おっと、そうだった。今ティナが求めてるのは命令だったな」
今は命令のみを欲しているティナだけど。
いつか必要じゃなくなると信じて、俺は一つの命令を下す。
「じゃあティナ、命令だ。俺達についてこい」
「――ん、分かった。ティナ、ごしゅじんさまたちについてく。よろ、ごしゅじんさま」
そうして。
俺達はティナという仲間を得たのだった――
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