第47話『得体の知れぬ少女-3』


「じゃあ、あなたがつぎのごしゅじんさま。けってー」



 俺の方をまっすぐ指差し、なんかよく分からない事を言い出す少女。


 少女のそんな奇天烈きてれつな言動に、俺とリルは呆気に取られていた。



「こんどのごしゅじんさま。あなた。えっと……ごしゅじんさま。わたし、なにすればいい?」


 首をかしげ、真顔でそう尋ねる少女。


 いや、何をすればいいって言われましても……。


「と、とりあえず……この子が何者なのか。それだけでも聞き出しなさいよ」


 動揺を隠しきれていないながらもそう指示をくれるリル。


 なるほど。


 俺がなんでご主人様なんだとかそういう深い事は考えず、命令できる立場になったんならとりあえず俺達が今一番気になってるだろうことを聞いてみようぜって事か。



「そ、そう……だな? よし……じゃあお前。そもそも何者なんだ?」



 そういう訳で、俺はリルの言う通り少女に何者なのか尋ねてみた。


 しかし、少女は首をかしげ「んーー?」と唸るのみで。



「バカビャクヤ。そんな曖昧な質問にこの子が答えてくれる訳ないでしょ。

 出身はどこか。目的は何か。なんでご主人様を求めているのか? そこら辺の事を聞きなさいよ」



 質問がダメすぎるとリルからダメ出しが飛ぶ。


 俺は少し釈然としない思いをしながら、リルの言う通りに再びそこら辺の事を少女に尋ねてみた。


 しかし――


「うん? んーー? ちょっとわからない。ふめー。わかん……ない?」



 首をかしげ、全ての質問を分からないと一蹴する少女。


 は、話にならない……。


「つまりなにか? お前は自分がどこで生まれたのか、自分が何のために行動してるのか、なんで自分がご主人様を求めているのか。

 この辺の事が一切合切全部まとめて自分でも分からないとでも言うつもりか?」


 いくらなんでもそんな訳はないだろう。


 そう確信を持ちながら俺は確認してみたのだが。



「ん。そー。そのとーり」



 こくりと頷いてしまう少女。

 


「なんていうか……きおく……ない? おきたらあたままっしろだった。まえのごしゅじんさまたちはえっと……そう。きおくそーしつ? いってた」



「マジか……ちなみになーんにも覚えてないのか?

 逆に覚えている事を全部言ってみてくれないか?」



「んっと……」


 そこから少女の自分語りが始まった。


 それによると――






 ある日、どこかにある豪華な屋敷で少女は目覚めたらしい。


 起きた少女は自分が何者なのか、どうしてそこに居るのか何も分からなかったと言う。


 するとそこに見知らぬおっさんが現れ、少女の事を逸材だの利用できるなどと騒いでいたんだとか。


 そのおっさんは少女を側室に迎えると言って、少女を屋敷に閉じ込めた。


 その後、屋敷では定期的におっさんやその配下らしき人に体の一部を切り落とされたり爪を剥がされたりとそれはもう聞くに堪えない拷問じみた事をされたらしい。


 そうして何日か過ぎた頃。


 屋敷に盗賊が押し寄せてきて、そのおっさんと配下達は殺されたのだとか。


 唯一抵抗しなかった少女は盗賊に殺されることなくさらわれ、奴隷としてこき使われるようになったらしい。


 盗賊たちに奴隷として扱われる事に苦はなく、その頃には自然と『そうだ。わたしごしゅじんさまのやくにたたなくちゃ』と強く思うようになっていたらしい。


 そうしてまたまた見知らぬ男が盗賊団を乗っ取って自分のご主人様となり。


 その命令に従って俺を殺そうと行動していたら途中でご主人様の生体反応が消え今に至る……と。



「「………………」」



「ん? どしたのごしゅじんさま?」



 絶句する俺とリルに無邪気に声をかけてくる少女。


 ちなみにこの少女。自分の名前も忘れてしまっているらしい。


 さらに、今までのご主人様にもまともな名前を付けて貰えていなかったらしい。


 前のご主人様には『おい』だの『お前』だのと名前で呼ばれる事すらなく。


 それより前は『実験体1号』だの『奴隷2号』だのという記号みたいな名前でしか呼ばれていなかったのだとか。


 そんなあまりにもな少女の人生に俺とリルは言葉を失っていた。

 


「幸せな記憶がなければどんな辛い事も辛いとは思えなくなる」



 ふと、リルがそんな事を呟いた。



「過去に戻りたい。やり直したい。もうこんなのは嫌だ。

 ――私たち人間が辛い時にそう思うのは、辛くない時の記憶があるからかもしれないって。

 そんな風に私の友達は言っていたわ」


「辛くない時の……記憶?」


「ええ。それは例えば幸せだった時の記憶とかね。

 ねぇビャクヤ。人はどうして辛い、苦しいって思うのかしら?

 それは何と比較してそう感じるんだと思う?」



 痛い思いをして辛い。


 孤独な想いをして苦しい。


 人がそう感じるのはなぜか。


 そんなの、そう感じるからとしか答えようがないと思ったけれど……今はそんな事を求められてるんじゃないよな。


 となるとやっぱり――



「幸せだった時の記憶と比較している……から?」



 リルは軽く頷く。



「頭を撫でられたり誰かと楽しくお話したり。

 そんな幸せな記憶の積み重ねで人間は何が自分にとっての幸福なのかを理解するのかも……ね。

 ――もっとも、これは私の友達の受け売りだけど。私自身はそこまで深く考えた事はないわ」



 友達の受け売りと言いながら件の少女の事を見つめるリル。


 そのままリルは「でも」と言葉を続けて。



「もし幸せな記憶が何にもなくて辛い経験しかしてこなかったのなら……辛い事もなんてことない日常のように思えちゃうのかもね」



 そのまま少女に近づき、優しくその頭を撫でるリル。


 少女はされるがままで「あぅ~?」と首を傾げている。


「辛い経験も日常のように思えてしまう……か」



 記憶喪失になって。


 どこぞのお偉いさまに拾われ、実験動物のような扱いを受けて。


 そこから解放されたかと思えば盗賊団に捕まって奴隷行き。


 なんて救いのない話だろう。



「ごしゅじんさま? めいれいは?」



 無邪気に。


 だけど子供らしくなくただ命令を欲する少女。



「お前は……なんで……」


 なんでそこまで命令を欲するのか。


 いや、分かってる。


 そういう生き方しかしてこなかったからだ。



「んんん?」


 首をかしげながらこちらの命令を待つ少女。


 その仕草だけ見れば子供のように見えるが、その手は血に濡れている。


 そうでなくても俺やリルはこの子がただの子供じゃないともう知っている。


 なにせこの子は俺のスナイパーライフルによる一撃を避け、遠くに居た俺の位置を特定してみせたのだ。


 只者じゃないのだけは間違いない。


 どうしてそこまで高い能力を有しているのか。


 そもそも、この子は何者なのか。


 それは結局分からなかった。

 この子の記憶と共にそれは失われてしまったから。


 だけど――



「それでも子供……なんだよな」


 その技量が高くとも。


 どれだけ不気味で歪であっても。


 その失われた過去に何があったのだとしても。


 今のこの子はただ少しずれてるだけの女の子なんだ。



「どうするかな……」


 この子を見捨てるか。それともどうにかするか。


 見捨てる事。それ自体はとても簡単だ。


 俺はお前のご主人様にならない。どこへなりとも行ってしまえと言うだけでいい。


 そうすればきっとこの子は新たなご主人様とやらを探しに行くだろう。


 そうして行く先で利用されて。利用されて。利用され続けて。


 いつかはぼろ雑巾のように朽ち果てていくのだろう。




「見捨てたら夢に見そうだな……」



 ここでこの子を見捨てたらきっと俺は後悔する。


 となれば――どうするかなんて決まっている。

 


「リル。俺は――」


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