第43話『作業完了、その背後に……(リル視点)』



 ――リル視点(アレンとルイスが炎に包まれる少し前の時点から)



「これを放り投げればいい……のよね?」



 ルヴィナス盗賊団の前線基地。


 ビャクヤの遠くからの攻撃(狙撃と言うらしい)を恐れ、大半が逃げるか隠れるかしている前線基地に私は大量の荷物を抱えてやって来ていた。



「これ……何なのかしら。ビャクヤの奴はガス缶とか言ってたけど……なんか変な匂いするわね」


 ちゃぷちゃぷと音を立てるガス缶とやら。


 それは水のようでいて、だけど水ではありえない匂いを発していた。

 


「もしかしたら危険かもしれないって言って事前に電気をコレに通してみろって言われたけど何も起きないし……一体何のつもりなのやら」



 そうやって分からない事をいくら考えても答えなど出る訳もなく。



「ま、いいわ。何が起きるかは後で分かるでしょ」




 そう気を取り直し、私は未だに誰も出てこようとしない前線基地のあちこちにビャクヤから受け取ったガス缶をその容器ごと投げていくことにする。


 この作業中、いつこの前線基地に居る敵が襲ってくるか分からない。


 なので、私は素早く作業を終わらせるべく自身のスキルである『雷神招来らいじんしょうらい』で身に雷をまとい、速度重視でガス缶をそこらに投げていった。




 ぽいぽいぽいぽいぽいぽいっ――

 


 そうしてものの数分で作業は完了。


 作業中、思いっきり足音が響いていたはずなので敵も私の存在に気付いていると思うのだけど……誰も反撃しに来なかった。



「――何事もなく終わったわね」



 ルヴィナス盗賊団。


 異様な強さを見せる盗賊団として貴族から恐れられた者達。


 そんな奴らがなんの手も打てないままビャクヤのいいようにされる。


 いくらビャクヤのやっている事が規格外だとしても、ここまで上手くいってしまうと逆に不気味に感じてしまう。



「ま、気のせいよね。アイツがおかしいだけだし。対応できなくて当然よ」


 そう言って私はビャクヤが狙撃の為に待機している場所へと戻ろうとして。


 ――その時だった。

 


「――――――おねえちゃん………………なになげてるのぉ?」


「――!?」



 突然声をかけられ、私は反射的にその場から飛びのく。


 そうして声のかけられた方を見れば。


「んーー?」



 いつからそこに居たのか。

 ぼろ布を被った白髪赤目の少女がこちらを興味深そうに見ていた。

 


「くさ。くささー。へんてこなのぽいぽい。おねえちゃん。それなぁに? それ、しらない。これとおなじ。きょうみ……かんしん? たんきゅうしん? あるっ!!」



 私よりも少し幼いくらいの少女。


 通常の教育を受けていれば普通に話せる年齢だろうに、その口調はまるで覚えたての言葉を繰り返す幼女のようだった。


 だからこそだろう。私にはこの少女がその見た目以上に幼く見えてしまい。


 そんな少女が手を血に染めているからこそ、私は得体の知れない不気味さを感じた。


「アンタ……何者? ここの盗賊団の一員?」



 そう問いかけはするものの、少女のその出で立ちを見るに盗賊のようにはとても見えなかった。


 白いぼろ布をまとっているだけの少女。


 それは搾取さくしゅする者のソレにはとても見えない。


 どちらかというと搾取される側のソレに見えてしまい――




「わたし? わたしはね、えっと……どうぐっ! ごしゅじんさまのめいれーきくどうぐっ!」


「――っ」



 笑顔で自分を道具と言う少女。


 そこに疑いなど全く持っている様子はない。



「あ、そうだっ! えっと……めいれー……なんだっけ? うんと……あ、おもいだしたっ! このじょーきょーをなんとかするんだった。それと……びゃくやころすのっ!!」



 そう言って、少女はその手に持っていたものを一瞥いちべつする。


 それは先ほど少女がこちらに見せてきた物。


 ビャクヤがこの前線基地に向けて放った銃弾。その一発だった。



「おねえちゃんはびゃくや……じゃない。ごしゅじんさまいってた。びゃくやはぼうず。つまりびゃくやは……おとこ。

 だからおんなのおねえちゃんびゃくやじゃない。なら――――――こっち?」



 少女の視線がとある方向へと向かう。


 その方向はまさしくビャクヤが潜んでいる場所であり。



「なっ!?」


 なんで分かったのか。


 思わずそう聞いてしまいそうだったのを私は寸前でこらえる。

 

 今のビャクヤはこの場所から目視できるかどうかの地点に居る。


 しかも、その身を茂みの中に隠しているはずであり、発見は困難。いや、不可能であるはずなのだ。


 なのに――どうやってこの少女はビャクヤの位置を探り当てたのか。


 偶然? それとも――


 そうして私が目の前の少女にどう対抗するか考えていると。



「むぅぅぅぅぅぅぅぅ――」



 少女はビャクヤの居るであろう位置に目を向けながら。


 その右拳を大きく振り上げ。


 そして――



「とんでっけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



 ブォォォォォォォォンッ―― 



 ものすごい勢いで何かを投げた。


 風を切る音と共に、何かが少女の右拳から発射された。


 そこから発射されたのは――ビャクヤの銃弾。



「んなっ!?」


 思わず目を剥いてしまう私。


 それはそうだろう。


 少女から放たれた銃弾。


 それは紫電をまといながら、とんでもない速度で放たれていたのだから。



「なによ……それ」


 少女がその細腕でただ投げた。


 それだけでは説明できないほどの威力を秘めているであろう銃弾。


 こうして銃弾が私の目にも目視できる以上、ビャクヤが放つソレよりは遅いのだろうが……それでも、その身一つで今の芸当をこなしてみせる少女は脅威以外の何物でもない。


 そのまま銃弾は風の力を受けているとは思えないくらい真っすぐに飛ぶ。


 しかし、次第にその速度は落ちていき。


 結果、ビャクヤの潜んでいた場所に届くまでもなく、途中で燃え尽きた。



「んぁー。むり? うーん。どやってとばしてるの? なぞ? なぞなぞ? やっぱりすごー」



 標的へと届かなかった銃弾。


 それを目の当たりにしても、少女は無邪気に首をかしげるだけ。


 だけど、それを傍から見ていた私は冷や汗をかいていた。



(今の……魔術の平行使用? いくつもの魔術を同時に起動した?)



 銃弾に雷をまとわせる。


 とんでもない速度で撃ちだす。


 後はおそらく風。風を操って目標まで銃弾が届くように調整しようとしていた。


 少女が放った銃弾。


 そこには私が見た限り最低三つの魔術が並行して使用されていたのだ。


 それも、かなり高度なレベルで。


「なんなのよ、こいつ……」


 得体の知れない少女。


 私は自らを道具と称する少女の動きを見逃してなるものかと言わんばかりに見つめる。


 そうして首をかしげていた少女は――



「っ!?」



 突然、横方向にくるりと転がった。


 何かを避けるようにして、すばやく転がったのだ。


 かと思えばその直後、不自然に真後ろへとその身を飛ばす少女。


 何事だろう?


 私がそう不思議に思っていると――



「ふ……ふふ。やっぱりすごぉい。あぶなかったぁぁ」



 そう言って左腕をだらりと垂らす少女。


 その腕からは少女のものと思われる血が流れていて――



「まさか――」


 そこで私は今起きた出来事を把握する。


 おそらく、今のはビャクヤがこの少女をはるか遠くから狙撃したのだ。


 私がこの少女を前に警戒していると察したからか。


 それは分からないが、しかしビャクヤも私と同じくこの少女を脅威と感じたのだろう。


 だから撃った。

 だというのに……だ。



 それをこの少女はなんと致命傷にならぬよう避けてみせたのだ。


 目視すら困難なビャクヤが放つ銃弾。


 それをこの少女は避けた。


 正直言って、この目で見ても信じられない光景だった。


「ふ……ふふ……ふふふ…………」



 左腕をだらりとさせたまま笑みを浮かべる少女。


 少女はビャクヤの居る位置を再び見据え――



「――――――――いまのではっきりした。だから……いまからいくね?」


 ビュオォッ――



 そう宣言した少女の周りに風が発生する。


 そして――



「ふふ、あは。アハハハハハハハハハハハハハッ――」



 無邪気な笑顔を浮かべたまま。


 少女はビャクヤの方へと駆けて行った。



「なっ!? ま、待ちなさいっ!!」



 ビャクヤの素の身体能力は恐ろしく低い。


 そんなビャクヤの前にこの少女を到達させる訳にはいかない。



「ちっ――」



 私は万が一にもそうならない為、少女を追いかけるのだった――

 


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