第38話『予定外の始まり(ルイス・アスカルト-3)』


 ――ルイス・アスカルト(クソ兄貴)視点



「――なるほどな。その赤目の少女がルヴィナス盗賊団の強さを支えていた切り札と言う訳か」


「ええ、そうです。当の連中は全く気付いちゃいませんでしたけどね。奴らの肉体に施されていた強化魔術の痕跡。その術者を辿ったらこいつだったって訳です」



 ルヴィナス盗賊団の前線基地へと連れてこられた俺は、ボスであるアレンの居る家屋へとお邪魔していた。


 そこでこれまでの事について、そしてこれからどうするかについて語り合っている。


 どうやらアレンはビャクヤに敗れた後、ならず者達を集めて奴を襲撃しようとしていたらしい。

 そうして仲間を集めるアレンの目に留まったのがこのルヴィナス盗賊団だったという訳だ。


 ルヴィナス盗賊団は貴族ばかりを狙う盗賊団である。

 そして、ビャクヤは曲がりなりにもアスカルト家という貴族の出だ。

 だからきっとビャクヤ殺害に力を貸してくれるだろうとアレンは考えていたそうだ。


 しかし、そのルヴィナス盗賊団はアレンのお眼鏡に叶う連中ではなかったようで。



「そもそも、奴らは単なる負け犬の集まりでした。やれどこの貴族に騙されただの。やれ貴族に女を寝取られただの。挙句の果てには俺が貧乏なのは無能な貴族が悪いとか言う馬鹿も居ましたね。

 ――全く、馬鹿な奴らですよ。奴らは根っからの負け犬だ。だからこそ、貴族から捨てられたビャクヤの境遇にはむしろ同情すらしているとか言うアホの集まり。そんなだからビャクヤ殺害には協力して貰えそうもありませんでした」



 弱者の集団。

 だからこそ、富める者である貴族を狙う。

 恨みで貴族を狙っているからこそ、そこに容赦なんてものはない。

 そうして徹底的に貴族を狩る内に、貴族を絶対に狩る凶悪盗賊団『ルヴィナス盗賊団』の悪名は広まったのだろう。


 この盗賊団の事は理解した。

 だが、この話には決定的な矛盾点がある。


 

「そこで俺は不思議に思ったんですよ。なーんでこんな奴らが有名な凶悪盗賊団として名を売ってやがるんだとね」






 そうだ。

 ルヴィナス盗賊団は弱者の集団。

 であるならば、いくら貴族に牙を剥いたとしても敵うはずがないのだ。


 地方の貴族相手ならば万が一があるだろう。

 だが、ルヴィナス盗賊団は地方貴族に留まらず、いくつもの家を潰してきている。

 そんな事、アレンが語った弱者の集団に出来るはずがない。


 もしそれを可能にするのならば『想定外の何か』が必要なのだ。

 それこそが――


「それこそが――この女の人外の域にある魔術って訳です」


「んぅ~~?」



 アレンの膝元でくぅくぅと寝息を立てて寝ている少女。


 アレンが言うには少女は名前もない奴隷としてルヴィナス盗賊団に捕らえられ、小間使いのような事をさせられていたらしい。


 それ以前は地方貴族の妻か愛人として囲われていたらしく、それをルヴィナス盗賊団がさらってきて奴隷にしたと。

 そう言う話らしい。



「こいつは物の善悪も分からない赤子みたいな奴でしてねぇ。ご主人様の命令ならなんでも聞くんですよ。そのくせこいつの使う魔術は底がしれない。少なくともサポートやらせりゃ一級品なのは確かです」



「――確かに。俺の傷を癒した治癒魔術ちゆまじゅつ。アレも確かに底が知れなかったな」


 この少女は俺の傷を触れただけで治してみせた。


 あの傷を治療すること。

 それ自体は普通の治癒魔術でも出来るだろう。


 だが、あれほどのスピードで完治させるのは不可能なはずなのだ。


 それをこの少女はいともたやすくやって見せた。


 ゆえに、底が知れない。



「他にはどんな力があるんだ?」



「確認してる限り、こいつの力はその治癒魔術と身体強化魔術くらいですね。他にも何か出来るかって聞いたことはあるんですが……なにぶん本人も自分の事についてはよく知らないのか、首をかしげるだけでした」


「なんだ、こいつ記憶がないのか?」


 眠る少女。

 その顔には不安の色はない。


 記憶がないのならばもう少し不安にしていてもよさそうなものだが。



「どうなんでしょうね? そこら辺の事をこいつはきちんと答えてくれないんですよ。いや、答えるだけの知性を持ち合わせていないというべきかもしれませんね。だから――」


「だから赤子と。なるほど、言い得て妙だな」



 生まれたばかりの赤子。

 だからこそ、出会った者を親ないしご主人様と設定し、その命令に忠実に動く。


 なんと便利で使いやすい人形か。


 だが――



「得体の知れない奴だな。いいのか? そんな奴を傍に置いて」



 何も考えていない赤子。


 それはつまり、どう動くかこちらでも読めないという事でもある。


 そんな奴を傍に置くなど危険すぎる。


 しかし、アレンもそれについては承知しているようで。



「良くはないですね。ですが、危険は承知の上です。

 確かに、万が一こいつがとち狂って暴れ出したら俺にも止められないかもしれない。未知の力をまだ秘めているかもって思ったらなおさらです」


「なら――」


「しかしルイス様。こいつは今の俺達……いや、少なくとも俺にとってこいつは必要な存在なんですよ」



 危険を承知で少女を傍に置いていると言うアレン。

 以前までのアレンならば危ない橋を渡るなどあり得なかっただろう。

 だが、今のアレンはここまでする。


 それもこれも全てはただ一つの目的の為。

 それこそが――




「――あの小僧……ビャクヤを殺す。こいつの力はその役に立つでしょう」


 ビャクヤを殺す。

 ただそれだけ。そのたった一つの目的を為す為。


「俺は奴を殺す為なら手段を選びませんよ。危険を冒すだけで奴を殺せる確率が上がるなら俺は迷わずそうする。それだけです」



 手段など選んでいられない。

 そのままアレンは「なにせ」と言葉を続け。



「奴を殺さない限り、俺は先に進めないんですから」



 そう言い切った。


 無能として知られるビャクヤ。


 そのビャクヤに負けたと言うアレンの評価は現在著しく落ちているらしい。

 かくいう俺も、その一件があったことでこいつへの評価を下げていた。



 だからこそ、こいつはなりふり構っていられないのだろう。

 だが、俺としても他人事ではない。


 俺だってビャクヤを殺さなければ家での立場が非常に危ういものとなる。


 アレンのなりふり構っていないこの覚悟。

 俺も見習うべきだろう。


 ゆえに――


「――違いない。ああ、そうだったな。俺もお前も、このままでは引き下がれない。引き下がれるわけがない。たとえ悪魔と契約してでも奴を殺さねばな」



 ビャクヤを殺す。

 その執念しゅうねんのみがアレンを、そして俺自身を動かしていた。


 そう、奴が死ねば全てが収まる。

 そうすれば全てが元通りとなり、上手くいくはずなのだ。

 ゆえに、今回の作戦は失敗できない。



 既に俺達、ルヴィナス盗賊団がビャクヤの身柄を要求している事はストールの街に伝わっているはずだ。


 街の奴らは盗賊団を相手にどう立ち回るべきか。ギルドにお伺いを立てに行くだろう。


 そうして盗賊団への対策を考えるのはストールの街の冒険者ギルド、その長であるギルド長となるはず。


 ストールの街のギルド長。

 長い付き合いという事もあり、俺は奴の事を良く理解している。

 

 保身に長けた奴の事だ。

 名うての盗賊団であるルヴィナス盗賊団がビャクヤという小僧一人差し出せば引き下がると聞けば、奴は喜んでビャクヤの身柄を拘束し、こちらに差し出そうとしてくるだろう。


 つまり――ビャクヤは俺達だけでなく、ストールの街の人間からも狙われるようになる。


「あの小僧のイカサマ……それを今度こそ踏みつぶしてやるっ!! ルヴィナス盗賊団の強さを支えてきたこの女、そしてA級冒険者の俺。そして俺の手足となって動く盗賊団バカども。そこにルイス様まで加わったんです。ここまですりゃあ――」


「ああ、そうだな。正直やりすぎな気もするが、これに失敗すれば俺達に後はないのだ。ならばこれくらいやっても問題ないだろう。後はストールの街の動向を探りつつ、ビャクヤの行動に注意を向けるだけ――」



 そう言って俺が紅茶でも飲もうと思った瞬間。

 むくりと。

 アレンの膝元で寝ていた少女が起きた。


 そして。



「――――――――――――来る」



 虚空を見つめ、そう呟く少女。

 来る? 何がだ?


 俺とアレンは目を見合わせる。

 その直後――







「ぎゃっ」

「ぐおっ」

「いぎぃっ」



 外から続けざまにそんな悲鳴が聞こえてきたのだった――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る