第32話『予定外の始まり(ルイス・アスカルト-2)』
――ルイス・アスカルト(クソ兄貴)視点
目が覚める直前。感じたのは痛みだった。
手足に残る鈍痛。加えてガンガンと鳴り響く耳鳴り。
「うぐっ。ここ……は?」
痛みに顔をしかめながら俺は辺りを見渡す。
見ればそこは焼けた跡が残る森だった。
そして。
「お、気が付きましたかルイス様」
「き、貴様は……アレン・グラディウス!!」
そこには俺が雇った男『アレン・グラディウス』の姿があった。
いや、奴だけではない。
見れば、ガラの悪そうな男達が俺の周りを囲んでいた。
更に――
「ぐっ……貴様、何をやっている?」
「ん~~」
俺の身体にべたべたと触れてくる白髪赤目の小柄な少女。
少女はぶかぶかの白いぼろ布を羽織っているだけの状態で、俺が痛いと感じる部位を無遠慮に触れてくる。
正直とても痛いし、なにより目障りだ。
「いつつ」
痛みに耐えつつ、俺はゆっくりと体を起こす。
しかし――これはどういう状況だ?
そうして俺は自分がどうしてこんな所で倒れていたのかと思考を巡らせ――
「そうだ、ビャクヤは!?」
思い出した。
憎き弟であるビャクヤ。
俺はこの森という地形を利用し、奴の護衛をしていた少女を奴から引き離した。
そうして護衛が火を消すのに必死になる中、俺はビャクヤを仕留めるべく仕掛けたのだ。
だが、それは失敗に終わった。
奴は不可思議なイカサマに俺をまんまと引っ掛かけたのだ。
そうしてあの無能は事もあろうに俺の『炎纏い』をあっさりと攻略して見せた。
結果――惨敗。
アスカルト家を継ぐこの俺が、無能であるビャクヤに土をつけられたのだ。
当然、許せるはずがない。
「ビャクヤは……おいアレンッ!! ビャクヤはどこだ!? この近くに居るはず……いや、そもそもお前がビャクヤを始末できてさえいれば――」
「その件については申し訳なく思ってますよルイス様。怒る気持ちも俺にはよぉぉぉぉぉぉく分かります」
「ならばこんな所でグズグズしている暇などないだろうっ!! とっとと奴を殺せぇ!! でなければ奴がアスカルト家を継ぐ事になりかねんっ」
「ん? あの坊主がアスカルト家を受け継ぐ事になりかねない……ですか? まぁ、その辺りについては後で聞くとして。ルイス様、どうか落ち着いてください。俺はビャクヤ殺害を諦めたわけじゃないんですよ。仲間を集めていたんです」
「仲間……だと? こいつらの事か?」
俺は周りを囲むガラの悪そうな男達に目を配る。
「いえ、こいつらはただの手駒ですが……ともかくルイス様、ここは冷静になって俺の話を聞いてくれませんか? その上で協力して欲しいんです。あの小僧を殺す協力を……ね」
真剣な表情でそう懇願してくるアレン。
ビャクヤを仕留められなかったこいつの罪は重い。
次に会ったら焼き殺してやろうかと思っていたくらいだ。
だが――
「良いだろう。話せ」
どうやらアレンはこうして俺の知らないところでビャクヤを殺す手はずを整えていたらしい。
ならば
寛大な俺はアレンの事を許すことにした。
(ビャクヤを殺すにしても早くしなければならんからな。手をこまねいていれば父上が奴を家に迎え入れてしまう。そうなってしまえば完全に詰みだ。その前にどんな手を使ってでも奴を殺さねば)
既にアレンの方で奴を殺す作戦が立てられているのならそれに乗らない手はない。
「ありがとうございます。それではまず――おいお前。いつまでもベタベタとルイス様の傷口触ってんじゃねぇよ。もう十分だろう? さっさと治せ」
「ん」
俺の傷口を突つく赤目の少女。
お前と呼ばれた少女は俺の傷口にそっと手を置き、そして――
「痛いの痛いの飛んでけ~~」
「………………はぁ?」
何の感情もこめず、この俺に子供のまじない紛いの事をしてくる少女。
こいつ……一体何のつもりだ?
まさかこの俺が子供のまじないごときで癒されるとでも思ったのか?
そんな事をする暇があるのなら低級の治癒魔術でもかけて欲しいところだ。
「貴様、一体何のつもり――」
「次、こっち」
「ぐっ――」
俺の質問を一切受け付けず、無遠慮に傷口に触れてくる少女。
文句を言おうとして……その時、俺は気づいた。
(待て……先ほどこいつが触れていた箇所、痛みがなくなっていないか?)
おそるおそる俺は先ほど少女が触れていた傷口に視線を飛ばす。
何かがめりこみ、小さな穴が開いていた俺の左足。
その傷口が、今はもう見る影もなく完治していた。
「なん……だと?」
まさか、触れて数秒も経たない内に俺の傷を完治させたというのか?
確かに俺の負った左足の傷は重症というほどのものではなかった。
だが、完治には早くとも数分はかかるはずだ。
それを数秒も経たない内に完治させるなど、あり得るはずがない。
なにせそんな事、上級の治癒魔術ですら出来ない芸当だというのに。
いや、そもそもの話。その上級の治癒魔術の使い手すらこの世界に数人しか居ないと言われているのに。
その者達を上回る治癒魔術を。こんな幼い少女が行使したとでも!?
「痛いの痛いの飛んでけ~~」
続けて少女は俺の傷口に触れながらその呪文らしからぬ呪文を呟く。
するとやはり――少女が触れていた箇所が完治していた。
それが繰り返され、ビャクヤによって傷つけられた俺の傷は瞬く間に完治したのだった。
「あ、あり得ん。貴様は一体……」
「う~~?」
俺の傷を癒してくれた少女。
子供のようなあどけない顔をしたそいつはゆっくりと立ち上がり、ふらふらとどこかへと立ち去って――
「おっと待った」
「うぁ?」
どこかへ行こうとしていた少女。
その少女の肩をアレンは掴み、その身を引き留めた。
「お前の今のご主人様は俺様だろう? その俺様が勝手にどこか行くように指示したか? なぁ?」
「……ごしゅじんさま……。ん、わかった。ごしゅじんさま。わたし、どうすればいい?」
「お前の仕事は後でまた指示する。だからその時までは俺の傍でじっとしてろ」
「ん」
そうして少女はアレンの言葉に素直に従い、彼の隣にピタリとひっついた。
「あ、アレン……そいつは……その少女は一体なんなんだ?」
あまりにも異様な少女。
俺はアレンに少女の事を尋ねる。
するとアレンは『ククク』と笑い。
「こいつは俺が乗っ取った盗賊団――ルヴィナス盗賊団がどこからか拾ってきた奴隷ですよ。そいつを奴らの言い値払って手に入れました」
ルヴィナス盗賊団。
聞いたことがある。
最初はごく少数のチンピラ集団だったのが、その規模はいつの間にやら数百人規模のものとなっていたという盗賊団。
その構成員はどれもが貴族に恨みでもあったのか、決して村や街などを標的にせず、富める貴族のみを標的としていたらしい。
いつの日か父上もこのルヴィナス盗賊団に関しては近々どうにかしなければならないと憂いていた。
その盗賊団を今、アレンはどうしたと言った?
乗っ取った……だと?
「アレン。お前に一体何が――」
「おっと。そう警戒しないでくださいよルイス様。俺としてはあなたとは今後も上手くやっていきたい。ま、今後の事についても話し合いたいですし、アジトへと案内しますよ。――おい、お前ら行くぞ」
「「「――へい」」」
アレンに粛々と従うガラの悪い男達。
一体、俺の知らぬ間にアレンに何があったのか。
だが――
「いや、違う。しっかりしろルイス・アスカルトッ! 今その事はどうでもいいだろう」
弱気になりそうな自身の心を俺は奮い立たせる。
そうだ。気になる点は多々あるが、アレンについてなどこの際どうでもいい。
俺の目の前に立ちふさがる問題。
それはあの憎きビャクヤの事だ。
確かに俺の知らぬ間、アレンに何があったのかは気になるところだ。
だが、幸いなことにアレンはこの俺と敵対する気はなく、ビャクヤ抹殺に力を傾けたいと言っている。
俺と全く同じ目的を持ち、敵にもならないアレン。
しかも、そのアレンは今やルヴィナス盗賊団の親玉になっているらしい。
この土壇場でその力を借りられるなど……幸運と言う他にないだろう。
(ククッ。悪くない……いや、ツイているっ! 一時はどうなるかと思ったがさすがは俺だな。そうだ。あの無能のビャクヤを好きにさせてなるものかっ! 奴を殺せれば全てが丸く収まるのだ。そんな状況で俺と繋がりのあるアレンが力を得たと言うのだ。これぞまさに天命! 天は俺に味方しているぞ!)
俺単独ではビャクヤを殺せなかった。
奴がどんなイカサマを用いて俺を倒したのか、それは依然わからない。
だが、奴がそう来るというのならばこちらも手段は選ばない。
「絶対に――殺す」
そうして。
俺はアレンの案内の元、ルヴィナス盗賊団のアジトへと案内されるのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます