第31話『これからのこと-2』
「そう。それならビャクヤ。アンタうちに来なさい」
「へ?」
唐突にそんな提案というか、命令をしてきたリル。
うちに来なさい?
それはつまり――
その意味を悟り、俺の心臓はドクンドクンと激しく高鳴ってしまって。
「ねぇビャクヤ。顔を真っ赤にしてる所わるいけど『うちに来なさい』ってそういうのじゃないかんね? 普通に私の住んでる国に移住しないかって聞いてんの。別に私の家に来て欲しいだとか両親に挨拶だとか、そういうのないから」
「いやまだそこまで考えてなかったんだけど!?」
いや、確かにそういう想像を一ミリもしていなかったかと言われれば嘘になるかもだけれど。
そんな俺を見ながらリルは『はぁ』とため息をつき。
「これだから童貞は」
なんか物凄い上から目線で呆れられた。
「どどど童貞ちゃうわっ!!」
あまりにも虚しい俺の叫び。
正直、虚しすぎて泣きそうである。
なので。
「えーーっと? リルの居る国に来ないかって話だったよな? そもそもリルってこの国の生まれじゃなかったのか」
俺は話を切り替えることにした。
そんな俺をリルはしばらくジト目で見るが、
「……そうよ。私の生まれはこの国の隣にあるクロウシェット国。ここジェイドル国に比べれば小さい国。武力に関しても近隣では最弱の小国よ」
強引に切り替えた俺の話に乗ってきてくれた。
しかし……そうか。リルはクロウシェット国の生まれなのか。
あそこは確か――
「クロウシェット国。地図で言えばジェイドル国と帝国の間にある小国だっけ?」
「そうよ。そこで私、そこそこ偉い立場に居るのよ。少なくとも他国の貴族がちょっかいかけてくるのを跳ねのけるくらいの力はあると思うわ」
「マジですか」
只者ではないと思ってたけど他国のお偉いさまでしたか。
伯爵家のちょっかいを簡単に跳ねのけられるとなるとリルってば公爵家の出とかなのかな?
なんにしても、すげぇ。
「アンタがウチ(クロウシェット国)に来てくれるなら、私が全力でアンタを守ってあげるわ。なんなら護衛を付けてあげてもいいしね」
「そこまでしてくれんの!?」
あまりの好待遇にさすがに驚いてしまう。
厄介者である俺を引き入れ、そして護衛まで付けていいだなんて。
「もちろんタダでとはいかないけどね。ちょーーっとだけ私の仕事を手伝ってもらうかもしれないわ」
「仕事? それってどんな?」
「それは……今は内緒♪ 来てくれてからのお楽しみね」
唇に人差し指を立てるリル。
可愛らしい仕草だが……行ったら行ったで何をやらされるのやら。少し怖くもある。
とはいえ。
「それで。どうする? 来る? 来ない? もちろん今すぐに決めなくてもいいけどね。ただ、遅くても一か月後までに返事をくれればいいわ」
「一か月?」
つい聞き返してしまう俺。
てっきり今すぐ来るかどうか決めろとでも言われるかと思ったから。
そう不思議に俺が思っていると。
「本当は早ければ早いほどいいんでしょうけどね。けど、アンタの力を借りられる。その可能性を拾えるのなら一か月という時間は安い買い物。そう私は判断するわ」
そう言って一か月返事を待ってくれる理由を語ってくれるリル。
しかし……相変わらず俺への過大評価を改めてくれないなぁ。
俺なんてそれほどの存在じゃないと思うのに。
どっちかと言うと銃器をポンポン出せる俺より早く動いたり力が強かったりその上色んな魔術が使えるリルの方が凄いと思うんだけどなぁ。
「でも――悪くないな」
向けられる過大評価。
今まで誰からも認めてもらえなかった俺にとって、それは意外と心地いい物だった。
だから――だろうか。
「そうだなぁ……。まぁ前向きに考えておきますかー」
気づけばそう答えている俺が居た。
そうして。
「期待してるわよ」
そう微笑みながら言ってくれるリル。
――ドクン
「あ……」
その笑みに。
その期待に。
つい胸を高鳴らせてしまう俺。
あ、これダメですわ。
なんか分からないけどちょっとぐっと来てしまった。
これは俺、絶対クロウシェット国行きますね。
そこで彼女の力になりたいとか。
もう心のどこかでそんな事を既に考えちゃってますね。
「はぁ……」
そんな自分に呆れ、ついため息を零す俺。
なんというか……リルの言う通りちょろいなぁ俺。
これはアレだな。
なんだかんだでリルとは長い付き合いになりそうだ。
「とはいえ……だ」
俺も今さっき前向きに考えておくとか言ったばかりだ。
それなのにここで『行きます』って即答するのもなんか違う気がするよなぁ。
なんて事を思っていたら。
「それと、分かってるとは思うけど早めに返事した方が良いと思うわよ? アンタにとっても時間をかけるのはあまり良くない事だと思うし……ね?」
その視線である一点を指し示すリル。
そこには今しがた倒したクソ兄貴が白目を剥いて倒れており。
「あ」
そうだった。
時間をかければかけるほど、俺はこのクソ兄貴の魔の手から逃げにくくなるんだった。
つまり、一カ月も返事を考えている時間などある訳もなく。
あれ? という事は。
「じゃあ一カ月待てるって話は!? それくらい俺の事を評価してくれてるって話はどこへ!?」
「私の方はそれだけ待てるわよってだけの話よ。アンタの事情についてはアンタの方で管理しなさいよ。ガキじゃあるまいし」
「ぐぬぅ」
「――びっくりね。実際にそんな呻き方してるやつ初めて見たわ」
ちくしょう。
一カ月も待てるくらい俺という存在をリルが評価してくれていると。そう思っていたのに。
これじゃ俺の方が一カ月待てないと。そうリルが分かっていて持ち掛けた取引に対して俺が勝手に感動したみたいな。
そんな風に思えてしまうじゃないか。
「それで? どうするのビャクヤ? ウチ(クロウシェット国)に来る? 来ない? アンタの答え、今ここで聞かせてくれてもいいのよ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて俺の様子を
こいつ……俺の気持ちを既に察してやがる!?
その上で俺の口から『行く』と言わせようとしている!?
察しのいい彼女の事だ。どこかで俺の気持ちが彼女の国に行くことに傾いている事を察したんだろうな。
実際その通りで、俺の中で答えはもうほぼ『行く』で決まっている。
決まっているのだが、なんだかここでそれを言わされるのは負けな気がしてしまい。
「――考え中だよっ! ほら、さっさと街に戻るぞ」
俺は答えを保留にして、その場から早く立ち去るべく歩を進めた。
「ちょっと。ここでのびてるアンタの兄貴はどうすんのよ?」
そんな俺に倒れているクソ兄貴の処遇をどうするのか聞いてくるリル。
あー、クソ兄貴ね。
リルの国に逃げ込むとはいえ、始末するのは普通に犯罪だし面倒そうだしなぁ。
よし。
「そんな奴はもう知らんっ! どうせ街に戻ってダンジョン攻略したらすぐこの国からは出るんだ。放っておいても問題ないだろ」
そう言って俺はクソ兄貴を放置する事に決め、リルも置いてずんずんとストールの街へと歩を進め――
「ふふっ。国から出る……ね。もうそれって答え言ってるようなもんじゃないの。意地になっちゃってバカみたい♪」
小さくそう呟くリル。
聞こえないように言っているセリフなのかもしれないが、当然バッチリ聞こえている。
ただ、突っかかっても俺に勝ち目があるとは思えない。
なので。
俺はその呟きを聞こえなかった振りをして、やはりずんずんと先に進んでいくのだった――
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