第30話『これからのこと』



 俺がクソ兄貴をスタングレネードで気絶させた直後、その音を聞きつけたのだろう。リルはこちらにかけつけてくれていた。


 ふと森の様子をうかがうと、もう燃えていない。

 ちょうど消火活動を終えたところだったらしい。



「アンタ大丈夫……みたいね。倒れてるその男……こいつは誰なのよ?」



 倒れているクソ兄貴を一瞥いちべつしながら尋ねてくるリル。



「おー、無事だよ無事。こうして俺はピンピンしてるぜっ! そんでもって倒れてるこいつは……その……なんというか……。端的に言うと俺の兄貴……みたいな? もっとも、縁は切れてるけど」



 俺はそんな彼女に自分の無事を示して見せ、ついでに倒れているクソ兄貴の事を簡潔に説明する。

 

「縁の切れてる兄貴って……じゃあこいつがルイス・アスカルト?」


 倒れているクソ兄貴を見ながらそう問い返してくるリル。

 さすが。話が早い。

 いや、伯爵家の後継者の名前くらい知っているのが当たり前なのか?

 なんにせよ、理解が早いのは助かる。



「そうそう。なんか炎を撒き散らしながらいきなり襲ってきたんだよなぁ。なんかすげぇ怒ってた。俺が居るからどうのこうの、だから死ねば解決万々歳みたいな感じで」


「ふぅん……つまりこいつが森を考えなしに燃やしてたバカなわけね。で、アンタはどうして自分が襲われたのかちっとも理解してないと」


 

 本当に理解が早いなぁリルは。

 俺は正解を言い当てるリルに頷いてみせる。

 しかし。


「でも……妙ね」


 そこでリルが思案顔を見せる。


「妙って……何がだ?」


「こいつが単独でアンタを始末しに来た事よ。この際、アスカルト家後継者であるこいつがどうしてアンタの事を狙ってきたのかについては置いておくわ。問題は、どうしてこいつが兵隊も連れずにやって来たのかって事よ」


 ああ、なるほど。

 言われてみれば確かにその通り、妙だ。


 なんでクソ兄貴が俺を殺したいと思ったのか。

 それについては今も不明だが、たった一人で俺を始末しに来るなんて伯爵家後継者としてはおかしな行動すぎる。



「当たり前の話だけど殺人は立派な罪。それは相手が貴族だろうと平民だろうと変わらないわ。だから、殺すにしても貴族が自ら手を下すなんて絶対にあり得ないのよ。誰かを始末したい場合、普通なら実行犯を雇ってそいつにやらせるはず」


「それなのにクソ兄貴は俺をたった一人で始末しに来た。つまり――」


「ええ、つまり――」



 俺とリルは目を合わせる。

 そして――


「こいつ、なんで一人でバカやってるの? 真正のバカ?」

「クソ兄貴の考えてる事は昔から分からないんだよなぁ……」



 結果、やはり何も分からなかった。



「でもどうすんのよビャクヤ。伯爵家の後継者なんかに狙われるなんて面倒この上ない状況じゃない」


「本当にね」


 いや、本当に面倒だ。

 どうして俺がクソ兄貴に命を狙われなきゃならんのか。

 こっちは今までの恨みを忘れて別の人生を歩もうとしていると言うのに、ホントとんだ迷惑である。


「それに、もしこいつの行動がアスカルト家の総意だとしたら……アンタ相当やばい状態よ? 四六時中暗殺者に命を脅かされる展開だってあり得るわ」


「うへぇ……そいつはかなり無理ゲーだなぁ」



 暗殺者。

 それは音もなく対象を始末するプロフェッショナルだ。

 もちろん、俺も実際に会った事は今までに一度もないから詳しい事は分からない。


 だが、彼らの前では俺のちょっと優れた索敵能力など何の役にも立つまい。

 そんな暗殺者に睨まれれば最後。俺は呆気なく死んでしまうこと間違いなし。

 だというのに。


「まぁアンタの索敵能力なら大体の暗殺者は返り討ちでしょうけどね」


「いやいや、無理だから」


 えらく俺の索敵能力を評価してくれるリルだが、さすがにそれは無茶ぶりが過ぎると言うものだ。

 半径10メートル以内で物音の一つでも立ててくれるなら気づける自信はあるが、奴らはきっとそんな物音など立ててくれない。

 闇夜を支配するアサシン。隠蔽いんぺい能力マックスの暗殺者をリルは舐め過ぎだ。



 その辺りの事を踏まえ、無理だと軽くリルに伝えると。



「アンタ……ホント変なところで馬鹿になるわよね。どんだけ相手を過大評価してんのよ。んな暗殺者居てたまるか」


 などと暗殺者を舐めきった事を言っていた。


 いやいや。リルさんってばそれは舐め過ぎだって。

 絶対暗殺者っていうのはそういう超人的なもんだから。マジで(何の根拠もないけど)。


 人里離れた所にある隠れ里かどっかで幼少の頃から厳しすぎる暗殺術を仕込まれたエキスパート集団。それが暗殺者というものだ。


 あれ? これ忍者知識と混ざってるか?

 まぁいいか。どっちもきっと似たようなもんだし。




 ともあれ。

 伯爵家たるアスカルト家が本気で俺を抹殺しようだなんて考えているのならば、俺に打つ手なんてない。

 せいぜい出来るのは逃げ回る事だが、暗殺者って存在は暗殺対象がどこに居ようが察知する化け物だし……うぅむ。


 そう俺が頭を悩ませていると。



「ねぇビャクヤ。アンタこの領地から……いえ。この国から出るつもりはある?」



 なんか突拍子もない事を聞いてきた。

 え? 国ってこのジェイドル国から?

 アスカルト領からはおろか、家からもろくに出ていない俺だ。

 無論、クソ兄貴の件もあるしアスカルト領からは出ようと思っていたが、それが国から出るとなると――



「あー、うん。それもいいかもな」



 考えた結果、それもアリかもしれないなと俺は思った。


 思えば俺は自分の持つスキルがゴミだと評価されて以降、家に閉じ込められていた。

 そんな俺にとって他国に行くことなど、別の領地に行くこととそんなに大差ない事だと、そう思えたのだ。


 そんな答えに「ふぅん」と少し満足げに微笑むリル。

 すると彼女は、



「そう。それならビャクヤ。アンタうちに来なさい」


「へ?」




 唐突にそんな提案というか、命令をしてきたのだった――


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