第27話『意外な一面-2』


 リルちゃんの口撃こうげきによって沈黙する俺。

 そんな俺を指さして、リルちゃんは盛大に笑う。


「アッハハハハハハハ。ちょっと面白すぎるんですけどー。少し弄っただけで凄く面白い反応してくれるわねー」



 きゃっきゃとまるで新しい玩具でも手に入れたかのように嬉しそうなリルちゃん。

 いや……キャラ変わり過ぎじゃね?


 違うか。

 キャラとしては元々リルちゃんはこんな感じだったな。


 予想外だったのはリルちゃんが性に関してあまりにもあけすけだった事。

 さっきから女性にあるまじきワードをこれでもかと披露してくるからなぁリルちゃん。


 特定の話題になれば人が変わったように喋りまくる人とかたまに居るけど、リルちゃんにとってはそれが性に関する事だったと。

 そう考えれば分からなくも――いやわっかんねぇわっ!!



「どど、童貞ちゃうわっ。っていうかリルちゃんだってしょ……しょ……その……うん。とにかくそんな感じだろ!?」


 とにかくそれだけは否定せねばと強がる俺。加えて反撃も加える。

 え? 俺に経験があるのかって?

 そんなもんある訳がない。


 ある訳がないのだが、男には意地を張らなければならない時があるんだ!!


 そうして反撃を試みた俺だが――



「やっだビャクヤってばかわいいわねー。反撃してるつもりかもしれないけど顔真っ赤よ? そもそも処女も言えないとかガキかってーの。うける」


「ぐぼぁ!?」


 反撃したつもりなのにダメージを受ける俺。

 そんな俺にリルちゃんはといえば。

 今世紀最大の口撃を俺に飛ばしてくるのだった。


「あ、ちなみに私はもちろん経験あるわよ? っていうか十五にもなって経験ないとかあり得なくない?」


「ぐほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 もうダメだ。

 この話題、俺に勝てる要素が微塵もない。

 そうして俺が項垂れていると。


「でもそっか。ビャクヤも経験あるのねー。童貞なら協力してくれたお礼に一発ヤらせてあげようかとも思ったんだけど……必要ないみたいね?」


 ニヤニヤと笑いながらそんな事を言ってくれるリルちゃん。


 こいつ、俺が童貞なのを確信してそう言っているな!?


 なるほど。

 この口車に乗れば俺は男子待望の童貞卒業が叶うかもしれない。

 しかし……しかしだ。


「くっ」


 俺は素直にその口車に乗るわけにはいかない。

 なぜなら、ここでその誘いに乗るという事は俺自身が童貞であるとリルちゃんに観念して告白するという事でもある。


 この場においてそれは敗北宣言にも等しい。

 その屈辱たるや、俺がアスカルト家で受けたもの以上である事は言うまでもない。


 だからこそ――俺は男児としてその誘いに乗る訳にはいかないっ!!


「もちろんそんなものは必要なぁいっ!! 俺は経験者だからな」

 


 虚勢だろうと構わない。

 俺はそう言ってリルちゃんの誘いを蹴り飛ばして。




「ふーん、そう? それならそれでいいけど。ま、元気が出たのならそれでいいわ。さぁ、街に帰りましょ?」


「え? あ、はい」



 そう言ってピョンと飛び跳ねるリルちゃん。

 彼女はスタスタとストールの街へと歩を進めていく。



 いや、そんなにあっさり流されるとこちらも悲しいっていうか……。


 なぜだろう。

 俺は男児として正しい行動を取ったはずだ。


 だというのにもったいない事をしてしまったような。

 そんな敗北感が押し寄せてきている。



「とはいえ……だ」



 良くも悪くもショッキングな出来事があったからだろう。

 少し前まで死にたいとか思っていた俺だが、今はリルちゃんの言う通り元気が出たと言うべきか、もうそこまでうつではなくなっていた。


 いや、別に本気で死にたいとか言ってた訳じゃないけどね?

 それでも結構鬱になっていたのは本当だ。


 なにせ俺ときたらダンジョンから脱出して少し休憩という感じでダンジョン付近で野営を始めたはいいものの、そこから数日くらい項垂れていたからね。

 その間、俺はずっと鬱状態だったし、リルちゃんはリルちゃんでクリスタルを手に取ってあーでもないこーでもないと色々な魔術を試していた。


 そんな状態から脱したんだ。ここは喜んでおこう。ヤッター!!



「はぁ……」





 ダメだ。

 どうしてもやはり敗北感が俺を襲ってくる。

 心のどこかで『そこは誘いに乗って脱童貞しとけよ馬鹿野郎!!』と後悔しまくっている俺が居る。



「あ、そうだ」



 そんな俺の心境に気付いているのか居ないのか。リルちゃんが俺の方を振り返る。



「ビャクヤ。これからは私の事をリルって呼び捨てにしなさい」


「はい?」



 なぜか突拍子もなくそんな事を提案するリルちゃん。

 彼女は俺を見ながら「はぁ」と軽くため息をつき。


「『リルさん』みたいに他人行儀な感じで呼ばれるのも『リルちゃん』とかガキみたいな扱いをされるのもコリゴリって話よ。言っとくけど、アンタが心の中で私の事をガキ扱いしてた事なんてとっくに分かってるんだからね? ――ったく。少しこっちが小柄だからって舐めんじゃないわよ」


 マジか。

 さすがはリルちゃん。

 元々察しがいいとは思ってたけどここまでとは。


「ほら、呼び方を変えるのにも今はいい機会でしょう? 初めての共同作業(ダンジョン攻略)。一緒にたくさん動いて汗をかいた仲じゃない。だから……ね?」


「いや言い方ぁ!? 誤解を招く言い方をするなぁっ!!」


 周りには誰も居ない。気配すらも感じない。

 だから誰かに今のを聞かれる恐れはないのだが、それでも俺は突っ込まずには居られなかった。

 しかし、リルちゃんは止まらず。





「え~~。リルちゃん何を言ってるのか分からなーい。ほら、私って子供扱いされるようなキャラだからさ? ビャクヤお兄ちゃんにお願いしていっぱいいっぱい頑張って動いてもらったのは事実でしょ? ねぇ、未だに心の中でリルちゃん呼びを継続してるビャクヤお兄ちゃん?」


「誰がお兄ちゃんだよっ!! っていうかもうそれ察しがいいとかいう領域超えてない? もうそれマインドスキャンの領域ってか普通に心読んでますよねぇ!?」



 俺が心の中でリルちゃん呼びを辞めていない事に気付いたのか、リルちゃんが全力で俺を弄ってくる。

 そこまで察しがいいともはや恐怖すら覚えるレベルである。


「いや、単純にアンタが分かりやすすぎるだけだから。こっちを思いっきり子ども扱いしてんのが態度に思いっきり表れてるのよ」



 ジト目で睨んでくるリルちゃん。

 自分では分からなかったが、俺の態度は分かりやすかったらしい。



「というわけで――――――ねぇねぇどうするビャクヤお兄ちゃん? このままお兄ちゃんと会話を続けたまま街にでも入ったらお兄ちゃん豚箱に入っちゃうことになるかもしれないけど……あぁ、それも面白そうね」


「いやいや。会話してるだけで豚箱行きとか大げさな」


 

 と言いつつも俺は一応想像してみる。

 このまま俺とリルちゃんがストールの街に帰還した場合。

 そこで今のような際どい会話を延々としようものなら――



★ ★ ★


『君』


『はい? ってあなたは……衛兵さん!?』


『少し署の方までご同行願えるかな』


『い、いや。今の会話は違うんですっ! 激しく動いたって言うのはダンジョン攻略の話で――』


『あの日、最後の方は激しかったねお兄ちゃん? 私、(魔術の影響で)体中に電気が走ったみたいだった。最後は(魔物が一斉に)襲ってくるしで壊れちゃうかと思った……』


『いや、そりゃ実際にあなたの身体には電気が走ってたから――』


『なるほど……特殊プレイという奴か。こんな幼い子に。それも自分の妹に手を出すだけではあきたらずそこまでするとは……クズめ。おい、連れていけ』


『はっ』


『え? いや、ちょっと待ってください!! 今のはちがっ。まっ……アァァァァァァァァッ――』



★ ★ ★



 ――――――あれ? これ豚箱行きになってもおかしくないのでは?

 しかもこれ、例え無実だと分かってもらえても『ロリコン性犯罪者』だの『妹に手を出した鬼畜野郎』だのの汚名を授かるのでは?


 その事にようやく俺は思い至り――


「悪魔か!?」



 既に俺が詰んでいる事に気付いた。



「で、どうする? 呼び方変える? それとも豚箱行っちゃう? 私は別にどっちでもいいんだけどね~」



 勝ち誇ったような笑みで俺を見下すリルちゃん。

 ぐぬぬ……万事休すか。

 いや、呼び方を変えるくらい別に俺としてもどっちでもいいかなと思わないではないのだが。

 なんて感じでうなっていると。



「――はぁ。もういいわ。先行くわよ」



 そう言って手をひらひらさせながらストールの街に向けて再度歩を進めるリルちゃん。

 なんか知らないけどその横顔は少し寂しそうで。 


「ちょっと待ってくださ……いや……」


 いつもの感じでリルちゃんを追いかけようとした俺だったが、とっさに思いとどまる。



 リルちゃんは言った。

 ガキみたいに扱われるのも、他人行儀な感じで接されるのも嫌だと。

 その気持ち、分からないでもない。


 リルちゃんは冗談交じりに言っていたが、俺達は仮にも共にダンジョンの攻略を為した仲であり、すなわち冒険者風に言うなら同じパーティーに属する仲間だ。


 仲間なら対等に接するべきだと俺も思う。

 対等に接しない。上辺だけの関係など寂しいだけだ。

 

 だから――



「――待てよ、リルっ!!」


 

 

 俺は仲間に接するように。そんな気安い感じに言いなおしながらストールの街へと歩を進めるリルの後を小走りで追いかけた。

 その時。



「ふふっ♪」



 リルが笑った。

 そんな気がした。



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