第25話『予定外の始まり(ルイス・アスカルト-1)』


 ――ルイス・アスカルト(クソ兄貴)視点


「ビャクヤを連れ戻してこいっ!!」


「は?」


 父上が息子であるビャクヤを家から追放してから一週間が経ったころ。

 俺は父上から呼び出されていた。


 そこまではいい。

 問題は父上が今言った内容が全く持って理解不能だった事だ。


「な、なぁ父上。もう一度言ってくれないか? ちょっと耳の調子がおかしいみたいだ」


 俺がそう言うと父上はひどく焦った様子で再度。


「言った通りだっ!! 一刻も早くビャクヤを連れ戻してこい! 奴をアスカルト家へと引き戻すのだっ!!」


 そう声を荒げながら俺に命令してきた。

 どうやら俺の聞き違いではなかったようだ。

 しかし、だからこそ理解できない。


 ビャクヤ。

 最弱の無能であるくせに努力を欠かさなかった馬鹿。

 努力しているあいつを見ていると俺は無性にイライラさせられたし、そんな無能な息子を持った父上もあいつの存在そのものを邪魔に思っていたはず。


 だからこそ父上はあいつをアスカルト家から追放したのだ。

 それなのに今の父上はなぜかビャクヤを連れ戻せと言っている。

 一体何があったと言うのか。



「なぁ父上。一体どうしたんだ? あんな無能を今更家に引き戻すなんて。そもそも、あいつはとっくに野垂れ死んでいるんじゃないか? ギルドやA級冒険者には既に手を回してあるし――」


「これを見ろっ!!」



 父上がその手から何かを思いっきり投げてくる。

 俺は少し驚きつつも投げられたソレを受け取る。


 それは、映像記録用の水晶だった。



「これは?」


「お前がギルドに指示して撮らせたビャクヤの戦闘映像だ。そこには奴がA級冒険者を相手にした時の映像が残されている」


「なんだと?」


 それはおかしい。


 確かに俺はギルドにビャクヤが痛めつけられる様を映像に残しておくようにと指示した。

 同様にギルドを通して汚い仕事専門のA級冒険者『アレン・グラディウス』にもビャクヤを完膚なきまでに叩きのめすように指示したさ。


 しかし、あれから一週間ほど経った今でもギルドからの報告はない。

 そこそこ長い付き合いであるアレンからの報告も同様に来ていない。


 だから俺としてはてっきりビャクヤの奴はギルドにもよらずどこか違う街にでも行ったか、もしくはその辺で野たれ死んだのだと思っていたが……普通にギルドに行って冒険者試験を受けていたとは。



「一体何が――」


 俺は首をひねりながら映像記録用の水晶を起動させた。

 そうして映し出されたのはビャクヤとA級冒険者『アレン・グラディウス』の戦い。

 そこでは当たり前のようにA級冒険者であるアレンが無能と呼ばれるビャクヤを苛め抜いている姿が――



「――――――――――――は?」


 ――なかった。

 アレンがビャクヤを相手にどんな非道な戦いを繰り広げているのだろうと少し期待していたのだが、映っている映像はその真逆。

 そこには無能であるビャクヤがA級冒険者であるアレンを手玉に取っている。そんな姿が映し出されていた。



「な――」


 なんだ、これは?

 あの無能であるビャクヤがA級冒険者を手玉に取る?

 そんな事はあり得ない。いや、あってはならない。


 そう思いはするものの、しかしアレンが何もさせて貰えないまま傷ついていく映像は続く。

 そうして――そのままアレンは体をビクンビクンと震えさせながら倒れ、そこで映像は終了した。


「見ての通りだ。今のビャクヤは無能などではない。と言っても、どういった手段でA級冒険者を倒したのか。映像を見ても私には分からなかったがな」


「………………」 


 父上が何かを言っている。

 だが、俺は先ほど見た映像が信じられなさすぎて何も言えなかった。



「そしてこっちが本題なのだが……早急にビャクヤを連れ戻さなければならない理由が出来たのだ」



「連れ戻さなければならない……理由?」


 呆然としたまま、俺はなんとか父上にそう問い返す。


「ああ。国王陛下が我が息子であるビャクヤを王宮へと招待したいのだと。先ほど宰相殿から通信魔術でそのように仰せつかった」


「なっ!?」


 予想外過ぎる存在が話に出てきたことに今度こそ俺の頭は真っ白になる。


 国王陛下だと?

 どうしてそんな大物がビャクヤなんぞを意識するのだ!?

 俺がそうやって驚いている間も父上の話は続き。


「なんでもビャクヤはストールの街のダンジョンを完全攻略したらしい。にわかには信じがたい事だが……事実確認は後でいい。問題はその事について話を聞くとともに感謝の言葉を送りたいと我が家に王家から声がかかった。その事実のみだ」



 分からない。

 父上が何を言っているのか。全く理解できない。

 あの無能なビャクヤがダンジョンの完全攻略?


 そんな事、できる訳がない。

 できる訳がないだろうっ!!


「な、なぁ父上。何かの間違いじゃない……のか?」


 ビャクヤにそんな力がある訳がない。

 ゆえに、何かの間違いだ。

 そう俺は父上に尋ねてみたのだが。


「かもしれんな」


 あっさりとそう肯定された。

 

「お前の気持ちも分かる。実際、私だって耳を疑っているのだ。宰相殿からはダンジョンの完全攻略を為したのはビャクヤともう一人の少女であると聞かされたが……」


「もう一人の少女?」


 何かを言いかける父上の言葉をさえぎり、俺はビャクヤと共に居たと言う少女について聞いてみる。


「ん? ああ、そうだ。なんでもビャクヤはある少女と行動を共にしているようでな。その少女と共にダンジョンを完全攻略したらしい」


 そこで父上は何かを思いついたような顔をして。


「そうだルイス。もしビャクヤと共に件の少女が居れば連れてきてくれ。宰相が言うには十歳くらいの金髪の少女との事だ。可能であればその少女も一緒に招待してくれと――」


「それだぁっ!!」


 俺はまたもや父上の言葉をさえぎり、しかしそこでようやく確信を得た。


 そうだ。

 あの無能なビャクヤにダンジョンの完全攻略など出来るはずがない。


 しかし、実際にダンジョンは完全攻略されているという。

 とすれば答えは一つ。


 きっとその金髪の少女とやらは絶大な力の持ち主で、そいつをビャクヤは言いくるめ、その少女にダンジョンの完全攻略をさせたのだっ!!


 それしか考えられない。

 我ながら完璧な推理だ。 


 俺は自らが考え付いた真実をさっそく父上に伝えた。

 しかし。



「お前は……先ほどの映像を見ていなかったのか? 今のやつは我々の知る無能ではない。それは映像を見て分かるだろう?」


 先ほどのビャクヤがA級冒険者を倒した映像。

 それを見て父上は騙されているようだ。

 しかし、真実を知った俺にはもうあの映像の真実にも気づいている。



「何を言っているんだ父上! あれはイカサマだ!! そうに決まっている!!」


「根拠は?」


「あの無能のビャクヤがA級冒険者に勝てるはずがないからだっ!!」



 完璧すぎる推理。

 だというのに、なぜか父上の表情はどんどん曇っていくばかり。なぜだ?


「お前という奴は……頭は悪くないし実力もA級冒険者並みだというのにどうしてこうなるのか……。ビャクヤが絡むとポンコツになる病にでも冒されているのか?」


「父上?」


 項垂れてぶつぶつと独り言を言う父上。

 俺が完璧すぎる推理を披露したと言うのに、それについてはなぜか全く触れてくれない。



「分かった。ルイス、お前は少し大人しくしていろ。ビャクヤは他の者に迎えに行かせる。よくよく考えてみれば私やお前が行けば奴は意固地になって帰らんと言い出しそうだしな」


「なっ!?」


 馬鹿な。父上は俺の話を聞いていなかったのか?

 ビャクヤはイカサマでその実力を偽っているペテン師だ。

 そんな者を王に招待されたからと家に連れ戻し、あまつさえ王に謁見えっけんさせるなど……確実にアスカルト家の名声が地に落ちる。


 それだけは阻止しなければならないっ!



「父上、考え直してくれ。そんな事をすれば――」


「ええい、うるさいぞルイスっ! 貴様は少し大人しくしていろ!! そもそも、この話を貴様にしたのが間違いであったわ」


 そう言って。

 父上は通信魔術でどこかと連絡を取りながら部屋から去っていった。



「あの無能のビャクヤが戻ってくる……だとぉ……」




 あの無駄な努力ばかりしていた無能のビャクヤ。

 あいつがひどい目に遭えば遭うほど、俺の心は満たされていった。

 ビャクヤが家から追放された時など、愉快で仕方がなかった。


 だというのにだ。

 そのビャクヤがその手に栄光を引っ提げて戻って来る?

 あまつさえ王への謁見を許可された……だと?


 しかもあの父上の態度。

 後継者を俺からビャクヤにすげかえるのもいとわない。そんな態度だった。


 ビャクヤが俺の上に立つ。

 それは想像しただけで胸糞悪すぎるものであり――



「クソォッ!!」



 その場で足をダンッと踏み鳴らし、怒りを露わにする俺。

 


「あいつが俺の上に立つなど……あってたまるものかっ!!」



 クソッ!

 クソックソックソックソックソックソォォォォォォォォォッ!!


「アレンめがっ!! イカサマをされたとはいえ無能のビャクヤなんぞに負けやがってっ!! 油断したのだろうがそのせいでこのザマだっ!!」

 


 幾度か汚い仕事を任せていたA級冒険者アレン。

 そもそも奴がきちんとビャクヤを始末できていれば何も問題はなかったのだ。

 と、そこで。



「――待てよ……始末か」



 俺はそこで考えてみる。

 父上はどうやってビャクヤを連れ戻すつもりだろうかと。

 家の使用人などに連れ帰らせようとするくらいならば父上は自分でビャクヤを迎えに行くだろう。あれはそれくらいビャクヤを重要視している。そんな態度だった。


 しかし、話の最中に父上は俺や父上がビャクヤを迎えに行くと奴は意固地になって戻らない恐れがあると零していた。

 では、どうするか。


 俺ならビャクヤと仲が良かった者に奴を迎えに行かせる。

 そうなると候補は……クランクか。


 俺の弟であり、アスカルト家の次男のクランク。

 あいつは無能のビャクヤをどういう訳か大切にしていて、兄である俺にすら歯向かっていた。いけ好かない野郎だ。


 父上はおそらくクランクに声をかけ、ビャクヤを説得させに行くつもりだろう。

 クランクは王都の貴族学校に通っているが、父上から声がかかれば数日以内にここアスカルト領へと戻ってくるはず。

 つまり――


「タイムリミットは数日以内。それまでにビャクヤを亡き者にすれば――」


 ビャクヤが呆気なく死ぬ。

 そうなれば父上も王もビャクヤが大したことがない人間だと評価を改めるだろう。



「そうと決まれば話が早い」



 聞けばビャクヤはストールダンジョンの完全攻略を為したという。

 ならば、もしかしたらまだダンジョンの周辺に居るかもしれない。

 ストールの街に戻られたら少し厄介だ。さすがに街中で俺がビャクヤを殺すのはまずい状況だしな。


 本当は俺自身が動くなど下策もいい所だ。

 だが、派手に動けば俺はきっと父上に止められるだろう。

 加えて、こういう時に使えるアレンは映像で見た通りビャクヤ相手に敗北しているし、頼りにならん。


 そうなると、やはり俺自身が動くしかない。


 そうして。

 俺はビャクヤ殺害に向けて動き出すのだった――



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