第24話『王』


 ビャクヤとリルがストールの街のダンジョンを完全攻略してクリスタルを無事に手に入れた頃。

 ストールの街から遠く離れたとある一室にて二人の青年は向かい合っていた。


 一人は白髪のどこか気弱そうな青年であり。

 そしてもう一人は尊大な笑みを浮かべている黒髪の青年だ。



「――陛下、少し宜しいでしょうか?」


「どうした雪うさぎ? やけに仰々ぎょうぎょうしいりじゃないか。今は二人きりなんだ。もっと気楽にクリスって呼んでくれていいんだぞ?」


「いえいえ、そういう訳には。それと雪うさぎはやめてください。僕にはスノウラビッツという名前があるのですから」



 自らの雪のように白い髪に手を添え、やれやれと嘆息して苦労人のような雰囲気を醸し出している青年――宰相であるスノウラビッツ・ラフテンコード。


 対するは厳かな椅子に足を組んで座り、頬杖をついている漆黒の髪の青年――現ジェイドル国の国王であるクリス・フローライト・ジェイドルだ。

 

 幼いころからの付き合いである彼らは他の者たちが居ない王の寝室にて語り合っていた。


「なんだ、やっぱり雪うさぎで合ってるじゃないか」


「ですから……はぁ。もういいです」


「ははははは。そう怒るなスノウラビッツ。で、どうした? また隣国のエルハルツがちょっかいかけて来たのか?」


「いえ、そう言う話ではなく……我が国のダンジョンの一つが先ほど完全攻略されたそうです」


 そんなスノウラビッツからの報告を受け、国王であるクリスの顔色がふざけた物から少し真剣なものへと変わる。


 ダンジョン。



 その存在はどの国にとっても悩みの種となるものだった。


 ダンジョンは魔物を生み出し、生み出された魔物は一定数を超えるとダンジョンから外に出て領民たちに危害を加える。

 そんな魔物だから狩らない訳にはいかないのだが、魔物から取れる肉や牙は死んだ瞬間に質が悪くなるのだろう。あまり上質な物は取れない。


 だからと言って領民たちに危害を加える魔物達を放っておくわけにもいかず。

 騎士団を動かそうにも、そんな事をすれば他国に攻められる機を与える事にもなり。

 結果、冒険者ギルドに毎年高い金を払って冒険者に魔物退治をしてもらうのが多くの国のやり方になっていた。


 そんなダンジョンの一つが完全攻略されたというのだ。

 国王であるクリスとしては聞き逃せない話だった。


「完全攻略された……だと? それはつまり、クリスタルの停止に成功したという事か?」


「その通りです」


「そうか……早いな」


 うめくようにクリスはそう呟く。


 ダンジョン。

 その完全攻略とは即ち、最深部にあるクリスタルの働きを停止させる事である。

 ダンジョンを管理・維持しているクリスタルさえ停止させればダンジョンは崩壊し、そのダンジョンからはもう魔物は現れなくなるのだ。


 この事を知っている国王クリスは国にある全てのダンジョン、その完全攻略を目標として動いていた。

 冒険者ギルドへと払っている金銭とは別に、特に秀でていると言われている特Sクラス冒険者パーティー『灰色の牙』を雇い、ダンジョンを一つ一つ完全攻略させていたのだ。


 だから、ダンジョンが完全攻略されたという報告もそこまで驚くべきことではないはずで――


「いや、しかし早すぎないか? 数日前に攻略には数か月ほど時間が欲しいと言われたばかりだったような……」


 少し前にそう言われ、『もちろん構わない』と受諾したクリス。

 だからこそ疑問に思う。

 攻略するにしても早すぎないか? と。


 そんなクリスに、スノウラビッツは苦笑しながら告げる。



「ふふっ。おそらく陛下は思い違いをなさっていますね」


「どういうことだ?」


「攻略されたのは陛下が考えているダンジョンではないだろうという事ですよ」


「なんだと? 攻略されたのはロウクダンジョンの事じゃないのか? わが国でダンジョンの完全攻略が出来るパーティーなど、あそこの攻略を手掛けている『灰色の牙』くらいのものだろうし」


 国王クリスは現在ロウクの街付近のダンジョンを雇っている特Sランクパーティー『灰色の牙』に攻略させていた。

 それはロウクダンジョンの魔物が近年飽和気味であるという報告を受けたからだ。


 ダンジョン内の魔物が飽和すると、必然的に魔物が多くダンジョンの外に放たれてしまう。そしてその数が多ければ多いほど住民や街に被害が出る確率が上がる。

 だから魔物の駆除という意味も含め、ロウクダンジョンの攻略をその実力を評価している『灰色の牙』へと任せたのだ。


 なので当然攻略されたのはロウクダンジョンの事だと思ったのだが。


「違いますよ。でも、陛下がそう思った気持ちはよく分かります。僕らが認識してる冒険者パーティーでダンジョンを完全攻略できるパーティーなんて『灰色の牙』しか居ませんからね」


「勿体つけるな。それで? 攻略されたのはどこのダンジョンなんだ?」


 なかなか答えを言わないスノウラビッツに焦れたクリスはそう尋ねる。

 そうして、ようやくスノウラビッツは攻略されたダンジョンの名を明かした。


「ストールのダンジョンです」


 攻略されたのはストールのダンジョン。

 それを聞いたクリスは少しまゆをひそめた。


「ストールのダンジョンだと? ストールというと……あれか? 確か伯爵家であるアスカルト家が治めているあのストールの街の近くにあるダンジョンの事か?」


「ええ、ストールというのはアスカルト家が治めている領地にある街に相違ありません。ストールのダンジョン、それはストールの街から少し離れた場所にあるダンジョンの事ですね」



 さすがは王とその側近であるだけあり、二人はすぐにストールの情報を記憶の中から引き出した。

 しかし、だからこそクリスとしては解せない。


 それは現在、ストールの街にダンジョンを完全攻略できそうな人物など居なかったと彼が記憶しているからだ。

 特Sランク冒険者は勿論の事、クリスが注目しているAクラス冒険者冒険者パーティーだってストールの街には足を踏み入れていないはず。


 では、一体誰がダンジョン完全攻略を為したというのか?

 そう訝しがるクリスにスノウラビッツは続ける。


「陛下の命により、全てのダンジョンの動向は監視しているのですけどね。先ほどストールの街のダンジョンを監視させていた部下から報告があったんですよ。崩壊するダンジョンからクリスタルを持ち出した男女の二人組が居ると……ね」


「二人組だと? まさか二人だけでダンジョンの完全攻略を為したってのか?」


 驚きを隠せず、驚愕をあらわにするクリス。

 しかし、それも無理ない事だろう。

 彼がその実力を評価している冒険者パーティー『灰色の牙』は特Sランク冒険者十人からなるパーティー。


 その『灰色の牙』ですらダンジョンの完全攻略を成すには骨が折れるのだ。

 そんなダンジョンの完全攻略を二人で成すなど……もはや腕が立つとかそんな事を言える段階を超え、異常としか言いようがない。


「何者なんだ。その二人は? 俺達がマークしていた冒険者の誰かなのか?」


 当然、そんな異常な二人組へと興味をそそられるクリス。

 しかし。


「いえ、残念ながらそもそも冒険者ですらないようです。僕が見た限り、冒険者リストに彼らの名前はありませんでしたからね」


 肩をすくめてそう告げるスノウラビッツ。

 彼は彼で既にダンジョンの完全攻略を二人で成した冒険者について軽く調べていたらしい。

 しかし、それでもクリスの好奇心は止まらない。



「なんだ、名前は分かっているのか」


「ええ、名前と顔だけは分かっていますよ。この二人組です」



 そう言ってスノウラビッツは懐から水晶を取り出し、それをクリスへと見せる。

 すると、水晶からぼんやりとした光が漏れる。


 そうして水晶は記録した映像――リルとビャクヤが崩壊したダンジョンから脱出し、その場で一息ついている姿を映し出した。



「少年の方がビャクヤ。少女の方がリルと呼ばれていました。無論、偽名である可能性も捨てきれませんが……」


「この二人がダンジョンの完全攻略を成し遂げたのか? おいおいおいマジかよ。まだどちらも成人していないガキじゃないか。特に女の方なんてちんちくりんだし。何かの間違いじゃないのか?」


「少なくとも崩壊するダンジョンから二人が出てきたのは間違いないですよ? ほら、クリスタルだってこのように少女が持っているでしょう?」


 そう言ってスノウラビッツは映像でクリスタルをかざしてニヤニヤとしているリルを指さす。


「むぅ……」


 そう言われてしまえば反論できないクリスな訳で。

 こんな子供二人が……とでも言いたげな視線を映像の二人に送り。



「ん?」


 その時、クリスの中で何かが引っかかった。


「なぁスノウラビッツ。この二人の名前、もう一度言ってもらってもいいか?」


「名前ですか? 少年の方がビャクヤで、少女の方がリルという名前ですが……それが何か?」


「ビャクヤ……」



 クリスはビャクヤの名前を呟き、映像に映るビャクヤの姿を凝視。

 そうして――クリスは気付いた。


「――思い出した。こいつ、アスカルト家の坊主じゃないか」


「アスカルト家の坊主? つまり、アスカルト家の後継者という事ですか? ですが、あそこの長兄はルイス・アスカルトという名だったはずですが……」


 スノウラビッツは記憶の中にあるアスカルト家の後継者ルイスと映し出されているビャクヤの姿を重ねるが、別人にしか見えない。

 そもそも、ルイス・アスカルトは既に成人していたはずだ。

 こんな少年などではないはず。


(ですが……どこか面影がある?)


 ルイスの姿を思い浮かべてようやく、二人がどこか似ている事にスノウラビッツは気付く。

 無論、二人は別人だ。

 別人ではあるのだが、何かしらの関係があるようにも思えて。


「そいつ(ルイス)はアスカルト家の長男だな。こいつは確か次男だったか三男だったか……そんな感じの奴だったはずだ」


「ああ、なるほど。後継者でない方の子供でしたか。それならば僕の記憶にないのも頷けますね」



 アスカルト家に連なる者という意味ではルイスもビャクヤも同じ。

 それならば両者がどこか似ているのも道理だった。

 しかし、それはそれでスノウラビッツに疑問が残る。



「しかし、よく思い出せましたね? 僕は名前を言われても全くピンとこないのですが……」


 伯爵家の三男――ビャクヤ・アスカルト。

 スノウラビッツの記憶が確かならばビャクヤは公の場に殆ど顔を出していないはずだ。


 彼との接点などスノウラビッツと同様に国王であるクリスにもないはず。

 だというのにクリスはビャクヤの事を思い出したのだ。

 その事がスノウラビッツとしては意外であり――



「お前も一度は資料で見たはずだぞ? こいつはアレだ。未解明スキル保持者だ」


「未解明スキル……。あぁ、なるほど」


 その一言で、どうしてクリスがビャクヤの事を覚えているのか理解した。


 この世界の人間は誰しもがスキルを持って生まれてくる。

 しかし、たまに何の役に立つのかすら分からない。意味不明なスキルを持って生まれてくる子供も居るのだ。


 国王であるクリスはそんなスキル保持者に関心を示していた。

 彼曰く、意味不明なスキルだからこそ伸びしろがあるだろう? との事だ。

 そんな彼だからこそ、未解明スキル保持者であるビャクヤの事を覚えていたのだろう。


「ちなみに陛下。少女の方に見覚えは?」


「いや、無いな。こっちの方はまるで見覚えがない」


「そうですか。では、少女の方に関しては引き続き探るとして……ビャクヤ・アスカルトについてはどうしますか?」


「そんな事、聞くまでもないだろうスノウラビッツ。ダンジョンの完全攻略を成し遂げた二人。しかもその内の一人はまさかの我が国の貴族であるアスカルト家の子供だぞ?」


 そう言ってクリスはニヤリと微笑んだ。

 冒険者ですらないらしいビャクヤ・アスカルト。

 つまり、現時点において彼はフリーである可能性が極めて高い。

 そして、王であるクリスはアスカルト家を通じてビャクヤと繋がることが出来る。


 ゆえに、答えなど一択である。


「至急アスカルト家に連絡しろ。ビャクヤ・アスカルトを王宮に招待したいとな。そこで俺自らビャクヤ・アスカルトについては見極める事にしよう。可能ならばそのリルという少女も同行させるようにも言っておけ」


「畏まりました」



 そうして。

 クリスとスノウラビッツはビャクヤを王宮へと招くため、動き出すのだった――


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