第8話『蠢く悪意-3』


 ――冒険者ギルド受付のお姉さん(ソニア)視点



「ぐっ――」


 激昂げきこうしたアレン冒険者の手が私の首をギリギリと締め上げる。


 息が……出来ない。


 必死に手を振りほどこうとする私だが、A級冒険者であるアレン冒険者の手は振りほどけなかった。

 もしかしてこのまま……そう恐怖を覚える私だったが、思いもよらない所から救いの声が上がった。


「落ち着きたまえアレン君!! 彼女のせいではない。君は先ほどまでどこに居た? 治療室だろう? あそこはこの第三試験会場とは違い関係者以外立ち入り禁止という訳ではない。そんな場所に傷を負った君が運ばれ、対するビャクヤ少年は無傷でギルドに居座っているのだ。戦いを見た者でなくても勝敗がどうなったのか、想像するのは簡単だろうっ!」


「ぐっ――」



 その言葉に納得したのか。

 アレン冒険者は渋々と言った様子で私の首からその手を離した。



「ケホッケホッ――」



 ようやく呼吸が出来るようになった私はその場で咳き込む。

 その間もギルド長とアレン冒険者の話は続いていて。


「話は分かった。だが、俺はあの小僧をぜってぇに許さねえ。いや、むしろ俺は俺自身の為にもあいつを殺しとかなきゃならねぇ。あいつが生きている限り、俺は無能な小僧に敗れたマヌケとして舐められる。そんなの納得できるかよっ!! それなら逆恨みで小僧を殺した殺人犯として扱われた方がマシってもんよ」


「待ちたまえアレン君ッ! 今ビャクヤ少年を亡き者にすれば君が犯人ではないかと疑われる。確かにそれも問題の一つだ。だが、それ以上に大きな問題がある」


「あぁ? それ以上の問題だと?」


「そうだ。今回、ビャクヤ少年が君を倒したので試験に合格させなければならないという話をしていた所でな」


 そこでギルド長が私を軽く睨んだ。

 先ほど私がビャクヤ少年を合格にするべきだと言った事を疎んでいるのだろう。

 そのまま彼はアレン冒険者へと続きを語る。


「合格となれば当然ビャクヤ少年は冒険者となる。そんな彼が殺害されたとなれば、ギルド側としては犯人の捜索に乗り出さなくてはならないんだ。そうなった場合、真っ先に疑われるのは間違いなく君だぞっ!!」



 バアンッ――


 衝撃音。

 見れば、アレン冒険者がその拳が壁にめり込んでいる。

 今のはその衝撃音だったようだ。



「おい。おいおいおいおい正気かギルド長よぉ。あの小僧が冒険者になる? んなの許される訳ねぇだろうがよぉ。お前、そんな事したらあのおかたに何をされるか……まさか分からねえとは言わねえだろうなぁ?」


 あのお方。

 アレン冒険者が言うその『あのお方』こそがこの二人の後ろに居る人物なのだろう。

 そして、その人物は十中八九アスカルト家そのもの。もしくはアスカルト家の中でそれなりの権力を行使できる誰かだ。


「あ、アレン君っ! 今その話は――」


「うっせぇんだよっ!! もし仮にだ。仮にあの坊主が冒険者になる事をあのお方が許したとしても俺は許さねえ。もしそんな事になってみろ。俺は――」


 そうしてアレン冒険者はその手を自身の剣へと伸ばす。

 すると。


「わ、分かった。こちらもどう判断すればいいか迷っていた所だ。ビャクヤ少年は不正の疑いありとして不合格という事にしておこう」


 簡単にギルド長は折れ、アレン冒険者の言う通りにすると言い出した。


「ギルド長!!」


 あまりにもな決定に私は思わず声を上げる。

 少し脅されただけで一冒険者の行く末を捻じ曲げるギルド長。

 こんな男が冒険者ギルドの長だなんて……。

 問題のある男であると前々から感じてはいたけれど、これほどとは思わなかった。

 


 こんな決定など到底受け入れられる訳がない。

 私はギルド長に考えを改めてもらうべく言葉を尽くそうとして。


 ガシッ――


「あぁん? なんか文句でもあんのか小娘よぉ」


「――ひっ」


 隣で話を聞いていたアレン冒険者に腕を掴まれた。

 かなりの力が入っているようだ。痛い。

 けれど、アレン冒険者からすればこれでも加減している方なのだろう。


 もし彼が本気で力を入れれば。もし彼がその気になってしまったら……そう思うと急に怖くなってきた。


「ギルド長は賢い判断しただろうが。それをただの受付の姉ちゃんがうだうだ言うのは違うだろうが。なぁ、そう思わねぇか? なぁ!?」


 ギリギリギリと私の腕を掴む力を強めるアレン冒険者。

 それが怖くて私は。


「は……はいぃ……」


 そう答えてしまっていた。


「だよなぁ。そうだよなぁ。しかし……わりぃなぁギルド長。俺は頭に血が上ると回りが見えなくなる時があってな。この小娘の前で色々と喋っちまった。わりぃ」


「本当だよ……。全く。よりによってソニア君に知られてしまうとはね。彼女は正義感が強い事で有名な職員なのだよ。まぁ、この様子なら問題なさそうだがね」


「ほぉう。なんだそうなのか。なら念には念を入れて――」


 そう言って。

 アレン冒険者はその腰にある剣を引き抜き、私の首元へと当ててきた。


「――――――」




 怖い。

 怖い怖い怖い怖い。

 屈しちゃいけないなんて思いはどこかに行ってしまって、今はただこの状況から早く解放される事だけを望んでしまっていた。


 そんな私にアレン冒険者は静かに告げる。


「今回の事、誰にも言うんじゃねぇぞ。もし誰かに今の話をバラしてみろ。その時は俺がどんな手を使ってでもてめぇを殺してやる。いや、殺すだけじゃ勿体ねぇな。あらゆる苦痛と辱めを受けさせたうえでその辺の魔物にでも食わしてやるよ。女として生まれた事を後悔するくらいになぁっ!!」


「ひぅっ――」


 情けないくらいに私は震えて、怖くて目を閉ざした。

 そんな私にアレン冒険者は続ける。


「先にこれだけは教えといてやる。俺とギルド長に味方する奴は多い。そして、俺はお友達が多くてなぁ。そいつらにお前の監視を頼んでやるよ。だから……な? 怪しい動きをした時点で俺への裏切りとみなす。分かったか? 分かったならおら。指切りだ」


 急に優し気な声で私に語り掛けるアレン冒険者。

 私は目を開けるけど、その笑みはあまりにも胡散臭くてやはり恐怖は拭えない。

 だから――


「はい……」


 そうして私は。

 アレン冒険者やギルド長がアスカルト家の誰かの命令によってビャクヤ少年を貶めようとしているのを悟りつつも、見て見ぬふりをすることになってしまった。


 なんて弱いんだろう。

 力だけでなく、心が弱い。

 そんな自分に嫌気が差してしまうものの、どうしようもない。


 そうして。

 私はビャクヤ少年へと不合格となった事を伝えに行くのだった――



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