第17話『NTRなんて許せない』


 ダンジョンの第三階層。

 そこはまさに楽園とでもいうべき場所だった。


 綺麗な水が湧き。

 木の実や果物など様々なものが生い茂っている。

 ダンジョンの中だという事すら忘れてしまいそうな光景。

 例えるならそう。砂漠の中のオアシスだ。



「今日はここで休息を取るわ」



 この階層に着くなりリルちゃんはそう言った。


 ダンジョンは地下へと続いている。

 つまり日の光も当たらず、夜の闇もここからでは分からない。

 だから俺の時間間隔はとっくに狂っているのだが、リルちゃんはそこそこ正確に時間を計れているらしい。

 そのリルちゃんによると、もう既に夜という事だった。



「とりあえずアンタが今さっき倒したレヴィルボアーを解体して血抜きしてっと――」



 この階層に着く少し前、俺がショットガンで倒した牛のような魔物。

 それが『レヴィルボアー』である。

 リルちゃんはそのレヴィルボアーを片手で持ってこの階層まで持ち運んできたのだ。

 

 なお、レヴィルボアーの全長は約二メートル。普通の牛より少し大きい感じの魔物だ。

 あまりにもリルちゃんが簡単そうに持つものだから『大きさの割に意外と軽いのかな』と試しに俺も持ってみたのだが、持ち上げる事すら出来なかった。


 そのレヴィルボアーをリルちゃんは果物ナイフのようなもので手際よく解体していた。

 そうして泉の水を使って血抜きをして。

 後はその辺に落ちていた草や枯れ枝など燃えやすいものをかき集めて。



『燃え上がれ。原初の炎』



 リルちゃんが指を鳴らし、集めた物に炎の魔術で火をつける。

 そうして火を確保。



「後はさっとこうしてああしてこうしてっと――」



 レヴィルボアーから取れた骨をリルちゃんは風の魔術なんかを使って加工し、それは串のような形へと加工する。

 そんな串をいくつか作ったリルちゃんは、血抜きが終わったレヴィルボアーの肉にそれを突き刺し、焼き始めた。

 そうして。



「はい。出来たわよ」



 ――完成。レヴィルボアーの焼いただけ肉。


 味付けなど不要とでも言わんばかりの蛮族スタイル。

 それをレヴィルボアーの骨で出来た串でグサッと突き刺し、リルちゃんは俺へと突き出してきた。


「お、おう。ありが……とう?」


 リルちゃんから出来立ての肉を受け取りながら、俺の心中は疑問符でいっぱいだった。


 えぇぇ……。

 これが……これが本当に女の子の手作り料理?

 これはちょっと、いやかなり違うんじゃないだろうか?


 などと俺が思っていると。



「(がぶり)」


 リルちゃんは串で刺した肉を豪快に貪り、無言で食べていく。

 え? やだなにこの子。凄い蛮族チックなんですけど?


 小さな女の子が片手でお肉が刺さった串を持ち、それを豪快に食べる。

 それは俺が想像した女の子の食事とは違う何かだった。


「ん? どうしたの? 食べないの?」


 一向に食べようとしない俺に違和感を覚えたのか。そうリルちゃんは尋ねてくる。


 いや、食べないのって言われましても。


 そんな風に肉を豪快に食べた事なんてないし、女の子の料理っぽい物を期待していた俺としては固まるしかないっていうか……。


「あ、そっか。ごめんごめん。はい、ここに塩置いておくわね」


 コトリ。


 そう言って小さな瓶を地面に置くリルちゃん。

 それで用事は終わったとでも言うように、リルちゃんは焼いただけ肉を食べるという作業に戻ってしまう。



「………………」


 俺は半ば思考停止し、とりあえずリルちゃんが置いてくれた塩を持っている肉へと軽く振りかける。

 そしていざ――がぶり。


「………………うん」


 肉ですわ。

 愛情も真心も何もこもってない。ただの焼いただけ肉ですわ。

 もちろん美味しい訳がない。


 いや、確かにリルちゃんは事前に料理が上手くないって言ってましたけどね?

 ただ、これを料理と言うのは少し違うんじゃないだろうか?

 これを女の子の手料理として扱うのは無理があるんじゃないだろうか?


 などと俺は一瞬考えるが。



「――違うっ!!」


「きゃっ! え、な、何?」



 隣でリルちゃんが小さく飛び上がるが、今そんな事はどうでもいい。


 そう、今の俺に足りないのはイメージ力。


 確かにこれはただ焼いただけの肉だ。

 しかし、考えてみて欲しい。


 全国の女子が男子に渡すバレンタインデーのチョコは全部が全部手作りか?


 全国の女子が恋人に作ってくるお弁当。果たしてそれは本当に手作りなのか? レトルトでない保証は?


 それに対してこの肉はどうだ?

 この肉は絶対に確実に間違いなくリルちゃんが焼いた肉だ。

 レヴィルボアーを狩ったのは俺だが、これを切り刻んで血抜きして焼いたのはリルちゃんなのだ。

 つまり――これは間違いなく女の子の手料理だっ!!



「――うまいっ!!」


「はぁ!?」



 これは女の子の手料理。

 そう思うだけでどんな料理もおいしく頂ける。

 男児ならば誰もが持っているであろう能力である。



「ここにリルちゃんお手製の塩を振りかけて――やはりうまいっ!!」



 イメージしろ。

 想像するのは丹念にこのお肉を焼いてくれたリルちゃんの姿だ。


 彼女は俺の為にっ!

 俺の為っ!

 俺の為だけにっ!! 


 この肉を作ってくれたんだ。


 そうイメージするだけでこのお肉は誰もが認める美食へと進化する。


「そ、そんなに美味しい?」


「美味いっ! 最高だっ! こんなに美味しい肉は食べた事がないっ!!」


「そ、そうなんだ……。えっと……もっと食べる?」


「もちろんさっ」



 追加で肉を焼いてくれるリルちゃん。

 その優しさで俺の胸はいっぱいになりそうだ。



 そんな楽しい食事の最中――



「グルゥゥゥゥゥゥゥッ」

「ガルゥゥゥゥッ」

「ギャギャギャギャギャギャッ」



 リルちゃんの焼いた肉の匂いにつられたのだろう。

 多くの魔物がこちらに寄ってきていた。



「やっぱりダンジョンに居る魔物も匂いには敏感みたいね」


 そんな魔物達の襲来を予期していたのか。リルちゃんは冷静だった。

 彼女は冷静にまだ残っている肉の刺さった串を手に取る。

 そうして投擲とうてき体勢たいせいになり。


「まさかっ!?」


 そこで俺は気付いた。

 リルちゃんは俺の為に丹精込めて作ってくれた肉を放り投げ、魔物達の注意を逸らすつもりなのだと。

 俺の為だけに作ってくれたリルちゃんの手料理が魔物達に奪われる。


 それはつまり――NTR(ネトラレ)に他ならないっ!!



「さぁぁぁせるかぁぁぁぁぁぁっ!!」



 俺は怒った。

 激オコである。

 ゆえに、最大火力を魔物達へと浴びせるべくアレを呼び出した。


 アレとはそう。


 TPSにおいて最大の火力を持つ武器。


 その名を――ロケットランチャーと言う。



「くたばりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 シュゥンッ――

 すばやくロケットランチャーの弾が魔物達へと向かっていく。

 もちろん銃弾ほど速くはないし、避ける事も不可能ではないだろう。


 だが、避けられても問題はない。 

 


 ドゥーンッ!!



「「「ギャビャアァァァァァァッ」」」


「んなっ!?」



 着弾したロケットランチャーは盛大に爆発する。

 その爆破の余波だけでもプレイヤーに致命傷を与える事ができる。

 それこそがTPS最強武器の一つであるロケットランチャーだ。


 効果は抜群のようで、魔物達は一掃した。

 したの……だが……。



 パチッパチパチッ――



 ロケットランチャーによる爆破によって草木が燃える。

 そうして火は強まり、結果。



 ボォォォォォォッ――



 めっちゃ燃えた。

 それはもう盛大に燃えている。



「………………やっべ」



 そこでようやく冷静になる俺である。

 しまった……こんな森林地帯でロケットランチャーをぶっ放すとか何を考えているんだ俺は。

 ついつい迫る魔物達に対して抑えがたい殺意を抱いてしまった結果だ。

 反省。


 そして、隣に居るリルちゃんはと言えば。



「………………」


 あ、うん。

 思いっきり大口を開けて燃えている木を見てますね。

 こんなアホな事を俺がするとは思わなかったんだろう。


 しかし、幸いなことに火の手が上がっているのは第三階層の一部。

 俺とリルちゃんが位置する場所の反対側であり、その間には泉があるのでここまで火が迫る事はない。

 ダンジョンといっても第三階層は広いし、火事の死亡原因としてよく上げられる一酸化炭素中毒になったり窒息したりする事はきっとないだろう。


 なので。


「いただきま~~す」


 俺はリルちゃんが正気に戻って怒る前に彼女の手作り料理を食べきるべく、食事を再開するのだった――


 もちろん、彼女が放り投げようとしていたお肉もその手からそっと回収して美味しく頂きました。



 ごっつぁんですっ!!


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