第4話『蠢く悪意』
――冒険者ギルド受付のお姉さん(ソニア)視点
ビャクヤ・アスカルト。いえ、今はただのビャクヤでしたか。
本日付けでアスカルト家から追放され、アスカルトを名乗る資格を失った少年。
そのステータスは誰よりも低く、人類最弱の男という噂もある。
多くの人たちから『無能』と呼ばれる少年。
大したスキルも持たず、身体能力も魔法も平凡以下という少年。
そんな少年が今、冒険者となる為に受付へと来ていた。
「冒険者になりたいんですけど、登録お願いしても良いですか!?」
キラキラした目をしながら尋ねてくる少年。
おそらく物語にあるような冒険を期待しているんでしょうけど……残念ながらこの子にそんな未来は訪れない。
「あなたは……ええ、畏まりました」
私はこの少年の事を可哀想にと思いながら、仕事だからと割り切ってあらかじめ準備していた資料を
そう――私は今日ここにビャクヤ少年が冒険者登録をしに来ることを知っていた。
正確には昨日、ギルド長からそう聞かされたのだ。
『ギルドの受付員諸君。おそらく明日あたりにアスカルト家から追放された三男坊が冒険者登録をしに来るだろう。この街ストールで他の仕事が見つかるとは思えないし、彼が日銭を稼ぐには冒険者になるくらいしか道がない』
昨日、ギルド長はギルドで働く者達を集めてそんな事を言い出した。
実際、彼の言う通りなのだろう。
貴族から余計な怒りを買うような真似を街の人達がするとは思えないし、そうなればその少年に残る選択肢は冒険者になる事くらいしかない。
「我々冒険者ギルドは国にも屈しない存在だ。無論、貴族にも屈したりしない」
冒険者ギルドは各国に存在する冒険者のサポートを行う機関だ。
よって、国や貴族から何か命令されようとも従う義務はない。
「――しかぁしっ!! アスカルト家の三男坊は多くの人々から『無能』と
「「「――は?」」」
一瞬、私は自分の耳を疑った。
国にも貴族にも屈しない私たち冒険者ギルドが、貴族と事を構えるのが嫌だからという理由で一人の冒険者の未来を閉ざそうと言うの?
私以外にもそれはあんまりだと思ったようで、ギルド長に抗議の声を上げる。
しかし――
「――お前達が言う事ももっともだ。たった一人の冒険者とはいえ、その未来を閉ざす権利など我々にも貴族様にもない。それに関してはギルド上層部でもそれなりに揉めたそうだよ。そこでだ。その話し合いでは少年を追い返す以外の案も出ていてな」
そこでギルド長は数枚の資料を取り出した。
「実はこのような
ギルド長は取り出した資料を私たちに見せる。
それによると――
1.ビャクヤ・アスカルトの試験立ち合い相手はA級冒険者の『アレン・グラディウス』が務める事。
2.試験は模擬試合とする。ビャクヤ・アスカルトが『アレン・グラディウス』に勝利すれば本試験は合格とする。
3.試験では刃引きされていない武器を扱う事。途中での試験の放棄は認めない。また、その際死者が出ようともギルドとアスカルト家は関与しない。
そんな滅茶苦茶な内容が書かれていた。
「そんな……A級冒険者が試験の立会相手!?」
「しかも相手は残虐非道のアレンじゃないか!? こんなの子供を亡き者にしようとしてるとしか思えない」
「そもそも冒険者ギルドが貴族の顔色を
そうして私たちはギルド長に考え直すように訴えるが、無駄だった。
ギルド長だけでなく、彼に繋がるギルドの上層部の多くもこれを容認しているらしく、無能と呼ばれているビャクヤ少年の為にギルドが動くなど無駄でしかないと思っているようだ。
その決定を覆すだけの力を私程度の受付嬢が持っている訳もない。
かくして。
ビャクヤ少年には絶望の道が用意されてしまった。
「では、こちらの資料に目を通してください。了承したならサインの方をお願いします」
「はいはい」
噂の通り、このビャクヤ少年は無能らしい。
疑いもせず、きちんと確認もしないまま私が渡した資料にサインを書いていく。
私にできる精一杯の抵抗として、ここで行われる試験について詳しく書いた資料を渡したのだが……どうやら無駄だったらしい。
私はビャクヤ少年がサインした資料を受け取り。
「――結構です。では、試験は10分後に行うのでそれまで待機していてください」
「え!?」
驚いた様子の少年。
もしかして冒険者になる為には試験が必要だという事すら知らなかったのだろうか?
確かに物語などの類ではそのあたりの事は省略されているけれど……その辺りは事前に調べておくべきではないだろうか?
兎にも角にも
私はビャクヤ少年がサインをした資料をギルド長へと届けにギルドの奥へと向かうのだった――
★ ★ ★
私はサインの書かれた資料を片手にギルド長の下に向かい、件のビャクヤ少年が試験を受ける旨を伝えた。
「そうか。分かった。ではすぐに準備するとしよう。場所は……そうだな。第三試験会場がいいだろう。いいかねアレン君?」
そう言ってギルド長は隣に居た人物――残虐非道のアレンこと『アレン・グラディウス』へと視線を送った。
「第三試験会場って……あのせまっ苦しいとこでやんのかよ? おいおいおいおい勘弁してくれよ。お貴族様から見放された坊ちゃんの最期だぜ? もうちょい盛大に観客ありでやる訳にはいかねぇのかよ」
下卑た笑みを浮かべながらそう言うA級冒険者アレン。
このアレンは腕こそ確かなのだが、黒い
先日も、この男と共にダンジョンに潜ったパーティーが帰ってこなかったと報告が上がっている。
また、公的に認められているとはいえ、この男は冒険者同士の決闘の際、高確率で相手を殺してしまうのだ。
本人は不慮の事故だと言っているようだが、そうでない事は誰もが知っている。
そんなアレンを危険と見た冒険者やギルド職員が彼をどうにかしようとしたが、その全てが罪を被せられて自殺に追い込まれたり、何者かに殺害されたりと非業の死を遂げている。
おそらくアレンの背後にはどこぞかの権力者が控えているのだろう。
敵対する者は誰であろうと殺すアレン。
そんな彼に付いたあだ名こそが『残虐非道のアレン』だ。
「なぁギルド長よぉ? 俺としては観客ありの方がやっぱ燃える訳よ。大衆の面前で雑魚がみっともなく逃げ惑う姿ってのは見てて滅茶苦茶に面白いからなぁ。だからそこんとこ考慮してくれませんかねぇ?」
ギルド長に対し、気安く頼み込むアレン。
ギルド長もそんなアレンに怒っている様子はない。
むしろどこか馴染んでいるような雰囲気がある。
もしや……アレンとギルド長の間には何かしらの繋がりが?
ならばこのアレンの馬鹿げた提案も通ってしまうのでは?
そう私は心配したのだが。
「悪いが今回はそうもいかんのだよ。かの無能ことビャクヤは家から勘当されたとはいえ、アスカルト家のご子息だったというのは紛れもない事実だ。そのビャクヤが大衆が見ている中で醜態を晒してしまった場合、アスカルト家の評判そのものにも影響する恐れがある」
「はぁ? その無能は家から叩きだされたんだろ? なら後はそんな無能の事なんて知らぬ存ぜぬ通せばいいだけじゃねぇのか?」
「無論、アスカルト家はビャクヤが何をしでかそうが知らぬ存ぜぬを貫き通すだろう。実際、書類上でも既にビャクヤはアスカルト家とは何の関係もない存在となっているからな」
「なら――」
「だが、それで納得しないのが世間というものだ。ビャクヤがアスカルト家のご子息であったのが事実である以上、彼の行いはアスカルト家に影響を及ぼす恐れがある。だからこその今回の依頼だ。分かるだろう、アレン冒険者?」
そこで私は首を傾げる。
依頼?
依頼というのは一体何のことだろうか?
首をかしげる私だが、アレン冒険者にはその意味がきちんと理解できたらしく。
「あぁ。なるほどね。ようは何かをしでかす前に……か。了解了解。まぁ、今まで散々世話になったんだ。これくらいの事なら仕方ねえ。地味な第三試験会場での試験立ち合い、引き受けますよギルド長」
先ほどの不満を取り下げ、気味の悪い笑みを浮かべるアレン。
そして彼はこう続けるのだった。
「だが――そのやり方に関しては俺の一存で決めて構わねぇんだよな?」
ぞくっ――
悪寒が背中を走り抜ける。
アレン冒険者のその目。
その目はまるで捕食者のごとき野生の目だった。
「無論だとも。むしろ先方がそれをお望みだ。試験の内容は記録映像に残しておけとのお達しもある」
映像に残す!?
そんな事、普段の試験ではしていないのに。
そもそも、映像を残すには記録と転写の魔術が使える魔術師と、転写させる専用の水晶が必要だったはずだ。
前者の魔術師ならともかく、後者の水晶は数が限られているという事もあり値段が張る。
簡単に手に入れられるのは王族や貴族くらいのもので……。
そこで私は気付く。
まさか先ほどの依頼というのは。
それにこの試験、もしかして――
「アハハハハッ――。後で何度も見て愉しむってか? いいねいいね最高だねぇっ。それなら思う存分やってやるよ。クク、最弱無能君の泣き叫ぶツラが楽しみだぜ」
そのバックに力のある何者かの影をちらつかせるアレン冒険者。
そしてアスカルト家の反感を得ないように動くギルド長。
(まさか……いえ、おそらくそうなんでしょうね。この一件、アスカルト家が絡んでいる。おそらく追放した自分の子供が何かをやらかす前に秘密裏に始末をしてしまおうと……そういう事なんでしょうね)
自分達の手を汚すよりはアレン冒険者のような野良の冒険者に依頼した方がリスクは少ない。
勘当した我が子を放置するよりは、始末した方がより安全である。
理屈では分かるけど……自分の子供になんてことを――
もちろん、これは全部推測だ。
よって、証拠も何もない。
だから私にこの流れを断ち切る事なんて出来るわけもなく。
そんな自分の無力を感じさせられながらも、時は当然の如く進んでいく。
ビャクヤ少年の試験開始時刻。
処刑にも等しいその時間は刻一刻と近づいていくのだった――
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