第33話◉敗者

33話

◉敗者


「どっ、どういうことだ…」

「何がかしら?」

「いやだって今の手、明らかに字牌を絞ったノーテン…」

「あら、そうだったかしら。覚えてないわ」


 やられたーーー


 つまり、このお嬢さんはオレの満ツモ条件を把握して、ラス目から出たら見逃しするだろうと読み、おれの一瞬の身体の反応から(いま見逃したな)と看破して、ノーテンからロンしたんだ。そうすれば、じゃあ倒すしかないと考えてオレがロンして二着終了させると踏んで。これはダメだ。どうやっても勝てない。勝負師ギャンブラーとしてのその器があまりにも違うーー



「悪い、オレ抜けていいですか。ちょっともう無理だわ」

「大丈夫ですよ。次からはラスハンコールのご協力をお願いしますね」

「あらあ。残念。もうやめるの?」

「ああ、もうこれからは麻雀は遊びでやる。今日限りで(職人として打つのは)やめだ」

「うん?じゃあ遊びじゃなきゃ今日のはなんだったのかしら?」

(稼ぐつもりで打ちに来てたなんて恥ずかしくて言えるわけねえや)

「まあ、またくるよ。おつかれ」

「またねー❤︎」


 こうして、麻雀職人だった工藤強は引退した。自分では超えられない存在を見てしまったから。 

 帰り道を歩きながら色々な事を思い出していた。

 仲間内で最強だった頃の事。

 プロ入りして先輩達をも負かした話題の新人だった頃の事。

 代表と揉めて、こんな団体の看板なんか無くてもおれはプロフェッショナルとして生きて行けるんだと言い。勢い任せに辞めた事。

 鬼神の如き強さで圧倒する南上コテツとの対局。

 椎名にことごとく上を行かれて挫折した事。

 そして福島ヤシロ。



 悔しくて泣けてきた。



 ほんの数週間前までは自分は最強だと信じていたのだ。負けることはあっても絶対に勝てない相手などいない。地力は自分が一番あるのだと。しかしそれは違った。それどころか次元の違う相手を3人も知ってしまった。


「オレは…強く…なかったんだ……」



 駅前に赤提灯があった。おでんの屋台だ。工藤はもう呑まずにはいられなかった。


「おやじさん、聞いてくれよ。おれはさ、弱かったんだよ。今日まで知らなかったんだ。絶対強いと思っていたんだよ…」

「そうかい、それは大切なことに気付いたってことさね。自分を知るのはいいことだ」

「…かもしれないけど、ずっと、最強だと思い込んでいたかったんだよ…」

「悔しいのかい。よっぽど真剣に取り組んでいたんだね。負けて悔しがれるのは、頑張ってきたやつだけだ。あんたは頑張ってたんだな。格好いいよ」








 その後の工藤はもう麻雀で稼ごうとはせず。工事現場で真面目に働き後に現場監督になる。麻雀は趣味でしかやらなくなった。

 そして、人生で一度だけ本を出版する。


タイトルは

『敗者』~何度だって負けていい。それを最後にしないなら~


 この本は多くの人に共感を呼びベストセラーとなったのだった。

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