第32話◉満ツモ条件

32話

◉満ツモ条件


 一回戦


 工藤はヤシロのその早くもなく遅くもない一定の淀みないリズムから感じ取っているものがあった。

(このリズムは強者のリズムだ。なんてこった。おそらく、只者ではないぞこの娘)


「ロン」


二三四六六⑤⑥⑥⑦⑧123 ⑦ロン


「1000点です」


(いつ張った?全く気配を感じなかった)


 流れるように、滑るように。牌を扱うその一連の所作にはまるでダンスのような芸術性すら感じられた。

 何よりこの打牌音。


”ストン”


 河に『置く』その優しい指使い。間違いなく手練てだれ。麻雀はえてして弱者であればある程、打牌音は大きくなる。緊張で強張るからだ。叩きつけないと恐怖心で切れない。あるいは、うまくいかないもどかしさのストレスからくる強打。それはつまり未熟の証明。雀士にとって打牌強打とは恥でしかないのだ。ヤシロの所作はそれとは真逆のどこまでも優しい丁寧な動きだった。


(多分この子のギアは上げようと思えばもっと上がる。しかしそれをやらないことで一定のリズムを保つ。そのリズムの中で次の一手を考えているからテンパイ気配が無いんだ)


 工藤は焦った。こんな予定ではなかったのだ。わざわざ遠征して、場末の雀荘を探して少しずつ自信を修復しようとしたのに。こんな所でも強敵に遭遇してしまうなんて。


(もしかして俺は自分が思う程強くはないのか?)とすら思い始めていた。そんなことはない。工藤は間違いなく強者の部類に入る実力は持っていた。しかし、もうこの時の工藤は自分が信じられなくなりつつあったのである。


 一回戦はヤシロが何回も和了アガってトップ。工藤はなにも出来ずラス。


 続く二回戦、三回戦、お客さんが来てメンツが変わり四回戦、五回戦、工藤にも勝負手が来る時もあったがそのほとんどがヤシロによって潰された。



 そして六回戦。トップ目はやはりヤシロだったが満貫ツモを決めればラス目が飛んで念願の初トップという条件が出来ていた。千載一遇のチャンス。


 そんな南2局親番中の手がこれ。



アカ六六六⑤⑥⑦34678 ドラ二


 これを6巡目にテンパイしてリーチしていた。トップ目のヤシロとは15000点差なのでツモれば逆転だ。ラス目は北家で1200点。するとラス目から5が打たれてしまう。


 瞬間、身体が反応してしまったが(いや、見逃しでいい。ツモればトップなんだ。焦らずとも三着目とだってそう簡単には逆転されないだけの点差があるし。何よりこの待ちはまだまだ山にある!)と言い聞かせてこれをスルー…が!なんとヤシロの身体(うで)が動いている!


「ロ…「ロン!」


 ヤシロが和了るなら見逃しの意味がない。それなら12000と祝儀1枚貰っての二着がいいから咄嗟にロンをかける工藤。


「あらー、アタマハネかあ」

「へへ、悪いねお嬢さん。トップはおたくだからいいだろ」

「もちろんいいわ」


 和了っておきながら次の自分のツモが気になる工藤。2-5は山にゴッソリいる読みなのだ、ここで上家が放銃さえしなければあるいはーーー



 次をめくるとそこにいた次のツモは2だった。

(なんだよもう、ホンッとにトップ取れない巡り合わせだなぁ。ここまでやってもダメなのかよ)と浮きの二着でも気持ちが沈んでしまう。もう、工藤の精神力はギリギリの所まで追い詰められていた。


 するとヤシロがダブロンのアタマハネで和了れなかった手牌を卓に流し込む瞬間3枚だけ手牌が表向きに倒れて見えた。それを見て工藤は衝撃の事実を知った。


南白中


 倒れた3枚は南白中。つまり、ヤシロはテンパイなどしていなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る