第29話◉工藤の遠征

29話

◉工藤の遠征


 工藤強くどうつよしは狩場を探していた。今までは自宅から程よい距離にあって手頃な雀力のカモたちが多い『ラッキーボーイ』を狩場にしていたが最近は思うように稼げない。


(あの小僧。あいつがいると稼ぎにならない)


 そう、椎名のことである。

 工藤にとって椎名は目の上のタンコブ。そこにいられると困るのだ。

 椎名はマナーはいいし清潔感もあるし打牌速度も申し分ないので普通のお客さんなら同卓したいと思うだろう。だが、工藤は違った。元プロの工藤にとっては麻雀は本気で稼ぐためにやってる副業。職人として打っているのだから負ける予定はない。しかし、そこに現れてしまった自分より強い存在。何度か対決してみたが、あれはだめだ。あれには勝てない。

 ことごとく自分のさらに上を行かれる。読みをしても自分の読みのそれすら読まれているという恐ろしさ。


 工藤は椎名との麻雀はやればやるだけプライドを粉砕されると感じて撤退することを決めたのだ。


(今日は津田沼まで遠征してみよう…もう、椎名とは打たない方がいい。どこか場末の、絶対勝てそうな店で一度砕けたプライドを修復した方がいい)


 そんな思いから工藤は津田沼『あおい』にやってきた。



 あおいの入り口は雀荘には珍しい一階にある作りだった。

 ラーメン屋のような暖簾があり『あおい』とだけ書いてある。窓には大きく【麻雀】の文字。


ガラガラガラ


「いらっしゃいませ!」


「初めてなんだが、打てるかな」



 麻雀職人まーじゃんしょくにん工藤強の最後の麻雀が始まろうとしていた。

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