第2話 針本小毬

5月2日


俺はつくづくツイてないなと思ってしまう。その証拠に、昨日ぶつかった女が、なぜ

か知らないが神原陸斗の探偵事務所『エージェント神原』の入り口の玄関に立ってい

る。


昨日の今日で一体何の用だ。俺への個人的な恨みか? 恨みも何も俺の方が恨んでる

んだけど。いや、俺と同じ学校の制服を着ているなら学校で直接話せばよかっただろ

う。ということは、神原の事務所に用事か? てか、おんなじ学校だったのかこい

つ。


「あ、あの!」


明るい髪色のくせに、性根の暗そうな女が、急に声の爆弾を発す。驚いて半歩下がっ

てしまった。


「なんだよ」


ああ、鬱陶しい。出来ればお前なんかと話したくない。お前さえいなければ、俺は今

も普通に家に通えていたし、『令和の怪盗』と名高い俺の100%の勝率も下落する

ことなんてなかった。


 「あ、すいません。え、ええと」


 「冷やかしなら帰れよ。暇じゃねえんだ」


 雇用主は仕事しねえくせに暇だけどな。


 「待ってください!」


 閉めたドアをもう一度開くと、女の目には光が宿っていた。


 「私は、どうしても、あなたに会いたくて。聞きたいことがあるんです」


 さっきまでビクビクと情けなく怯えていたくせに、生意気にも真っすぐな目で俺を

射すくめる。


 「なんだよ」


 ムカつくんだよ、その顔。幼児みてえなしょぼい顔でこの俺を睨むな。


 「私に触られて、何も感じなかったんですか?」


 「あ?」


 いきなり何言ってんだこのチビ。通報してやろうとスマホを取り出したところに、

怠惰の塊こと神原陸斗が現れた。


 「ああ、君は。上がって上がって! もう、駆は本当に気が利かないね」


 「変態に利かす気がねえだけだよ」


 「ん? 何の話?」






 信じられるか!


 この女、針本小毬とその婚約者、古村健次郎の話には信憑性など微塵もなかった。


 「こいつの身体には見えないトゲの呪いがあって、それを解呪するために青バラを

手に入れる?…なめてんのか、お前らは」


 一通り話し終えると、針本小毬は臆病な面で黙り込み、スマホ越しで話していた古

村健次郎は『まあまあ』と穏やかに笑った。


 『さっきも話した通り、報酬は弾むよ。僕はこう見えて…、通話だから見えない

か、お金持ちなんだ』


 自分で裕福をアピールするなんてますます胡散臭い。


 「信じられねえよ。本当は何が狙いなんだ? ええ?」


 貧乏ゆすりが止まらない。息が荒くなるのを自覚する。


 『分かった。見せるしかないね。小毬』


 「え、でも、健次郎さん」


 『僕は大丈夫だよ。ご理解いただくためには必要なことだから』


 紳士のような妙にムカつく対応で、俺に動画を見せるよう、針本小毬に指示を出し

た。


 約6インチに映し出された光景に、意識が一瞬だけフリーズする。


 通話相手の男と同じ声で、悲鳴にも似たうめき声を出し、学生服を着た男が、暴れ

るように地面を転がっていた。


 『アレも見せてあげて』


 「…はい」


 次は画像。先ほどの男と思しき上半身に、紫色の毒々しい水玉模様が散らばってい

るのが分かる。


 『3日は動けなかったよ。生死に問題は無かったけどね』


 「…はい」


 自嘲気味に笑う婚約者と、下を向いて嫌なことを思い出しているような少女。


 「ってことだ。健気な少女の頼みだ。快く受け取ってあげなよ」


 援護射撃するように割って入る神原。


 「雇用主は俺だし、ここは俺の事務所だってのも、忘れてないよな?」


 「ずりいよ」


 他者とは対等をモットーに生きる神原に命令され、仕方なく俺は、


 「わーったよ! やればいいんだろ! やれば!」


 どいつもこいつも、自分らの望みを押し付けやがって。


 「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」


 感涙するがごとく、深々と頭を下げた女。


 『感謝するよ、『令和の怪盗』さん』


 「そう来なくっちゃな、俺と対等じゃなくなる」


 にわかに信用しがたい大人2名が安堵する。


 こうして俺は、『不可視のトゲ』とやらを身体に宿す女・針本小毬の呪いを解くた

めに、青バラを巡る物語に巻き込まれることとなった。

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