SCENE-002 >> 入学式(中)

 教導院の中等部へ進学できるのは、同じ教導院が運営する初等学舎を優秀な成績で卒業した中でも、魔力量に恵まれた子供だけ。

 そういう意味で、私もまた〝選ばれた子供〟の一人だ。


 初等学舎がいくつもあるような大きな街でも、その年の卒業生に一人いればいい方だという。中等部への推薦を受けられた、ほんの一握りの子供だけが、誕生の洗礼とともに授けられた銀環――『ハーネス』と呼ばれる、装着者みにつけたものの魔力を封じる法器デバイス――をサプレッサーに付け替え、魔法を学ぶことを許される。


 ここは、そういう世界だから。自分に〝魔法士になれるかもしれない〟と期待が持てるだけの魔力があるとわかったその日から、いつか魔法士になることを夢見て、そのための勉強に手を抜いたことはなかった。

 そうして迎えた今日という日に、ようやく、本当の意味で〝魔法士への第一歩〟を踏み出すのだと思うと、感慨深いものがある。


 そんな、こみ上げてくる感情にただ浸っていられたら、どれほどよかったか。




 ……緊張してきた。

 中等部の入学式はただ座っていればいい、という式ではないから。連れて来られた会場で指定された席に座り、出番を待つ間、そわそわと落ち着きなく体を揺らしたり、首をきょろきょろさせているのは、なにも私に限ったことではなかった。

 むしろ、私の隣に座っているアメルのように、普段となんら変わらず、平然としている方が圧倒的に少数派だ。


「アメル・カディミラ」

 そんなアメルが壇上から名前を呼ばれて、席を立つ。

「――はい」

 席順的に、次に呼ばれるのが自分だとわかっているから。アメルの動きをじっと目で追いながらも、人のことを気にかけている余裕なんて、今の私には少しも無くて。

 ……気持ち悪くなってきた。


 これからとても大事な〝儀式〟があるのだと、緊張でどうにかなりそうな私を尻目に、アメルはいたっていつもどおり、プレッシャーなんて少しも感じていなさそうな足取りで、入学式の式場として使われている講堂の前方へと進み出ていく。


 入学式がはじまる直前に説明されたとおりの手順でステージの端にかけられた短い階段から壇上へと上がったアメルが、演台が置かれているステージの中央へ向かうため、横を向いたとき。ちらりとこちらに向けられた――そんな気がしただけかもしれない――視線には、緊張しすぎて吐きそうな気分になっている私のことを「これくらいのことで?」と揶揄うような余裕さえあって。

 ……つまずいて転けちゃえばいいのに。

 どうせ私はですよ……と、私が内心でむくれているうちに、銀環の付け替えを終えたアメルは何事もなく、私の隣の席に戻ってきた。


「ルーラ・カディミラ」

 そして、私の番が回ってくる。

「――はい」


 立ち上がってしまえば、当然のよう、この式に臨席している関係者や賓客の視線は私という〝新たな魔法士見習い〟に集中するわけで。

 よく知らない人たちからの無遠慮な視線に晒されながらも平然としているなんて、私には到底無理な話だった。

 ……うぅっ……。

 もう何年も心待ちにしていた瞬間を、いざその時になってみると楽しむどころではなくて。緊張のあまり走り出さないように、指示されたとおりの道を歩くのでいっぱいいっぱいになっていた私は、自分が壇上へ上がった瞬間、講堂の空気が俄に揺れたことなんて、さっぱり気付きもしない。


 この拷問じみた時間が早く終わりますようにと祈りながら、首の銀環をハーネスからサプレッサーに付け替えられて。

 新入生の数と同じだけ銀環の付け替えを行わなければならない神官さまの前を離れてからは、フロアの方を振り返ろうなんて考えもしないまま、転ばないようにと、ひたすら足元ばかりを見ていた気がする。


 だから。入学式の会場に、式の前、ベンチに座っていた私にわざわざ声をかけてきた魔性がいることにも気付かなかった。




「サディーク・エリドゥ」

 私が席に戻ると、次の新入生の名前が呼ばれて。アメルの反対隣に座っていた少年が立ち上がる。

「はい」


 ……緊張した……。

 観衆の注目を集めた少年が離れていって、ようやく。自分の出番は終わったのだと、深く安堵の息を吐く。

 自分でもいっぱいいっぱいだった自覚があるから。隣の席から聞こえてくる、私のことを小馬鹿にしたような忍び笑いも、たいして気にならなかった。

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