中等部、一年目(ルーラ12才)
SCENE-001 >> 入学式(前)
集中するあまり、周囲への注意が疎かになっていたらしい。
突然視界に割り込んできた細い指が、私の目と鼻の先で、これ見よがしにパチンッと鳴らされる。
「ねぇってば」
思いの外、近いところから聞こえてきた声に顔を上げると。屋外のベンチに座って本を広げている私の前に、見知らぬ女性が立っていた。
……
〝虹色に輝く瞳〟というわかりやすい特徴が、まず目に留まる。
魔法士と契約することで受肉した魔性は人並み外れて美しい容姿を持っている、とも聞いたことがある。
けれどこれに関しては、いまいちピンとこなかった。
……なんで話しかけられたんだろう……。
間違っても、醜くはない。ただ素直に「綺麗な人だ」と感嘆するには、いま私の前にいる魔性の美貌は冷え切っていて。向こうから声をかけてきたくせ、一つでも対応を誤ればこちらが傷を負わされる破目になりそうな、お世辞にも友好的とは言えない態度をとられると、いくら私が呑気なたちでも顔の良さに見惚れているどころではない。
「ここで何をしているの?」
「何って……」
腰に手を当て、威圧感たっぷりに見下ろされながらそんなふうに問い質されると。自分でも気付かないうち、何か良くないことを仕出かしてしまったのでは……と、じわじわ不安になってくる。
「入学式まで時間があるので、暇潰しを」
「なんですって?」
……こわ……。
「今『入学式』って言った? あなたまさか――」
詰め寄ってくる魔性の勢いに押されるよう、背中を預けていたベンチにこれ以上は無理というくらい、体を押しつけるような形になると。体だけではなく、気持ちごとがっつり引き気味の私の視界に、ふと影が落ちて。
「こいつに何か用ですか」
後ろから伸びてきた少年の腕が、抱え込むよう私の首に回される。
……アメル。
聞こえてきた声に、思わず安堵の息がもれた。
「あなたは?」
「こいつと同じ、中等部の新入生ですが」
それが何か? と、私を挟んで、魔性とアメル――同じ街から進学してきた幼馴染――が睨み合う。
ベンチに座っている私の位置から、後ろに立っているアメルの表情を窺うことはできないけど。二人の間に漂う張り詰めた空気は感じられたので。私はなるべく気配を消して、あとはアメルがどうにかしてくれますようにと息を潜めた。
心だけは篭もっている――ここ最近で一番真剣な祈りだった――と自信を持って言える。私の願いを、お優しい
「そろそろ集合時間なので、用がないなら失礼します」
初対面の相手に向かってよくも……と、引っ込み思案な私がいっそ感心してしまうほど清々しく刺々しい声で言い放ったアメルが私のことを引っ張って、魔性の返事も待たずベンチを離れる。
その頃には、引き止められなくて良かったと思うくらいには、名前も知らない魔性に対する苦手意識が私の中に芽生えていた。
「背中に視線を感じる……」
「お前にしては鋭いな」
「うへぇ」
その辺を見てくる、と言ってどこかへ行ってしまったアメルを待ちがてらベンチで本を読んでいただけの私が、いったい何をしたというのか。
「しばらく一人になるなよ。また絡まれたくはないだろ」
「そうする……」
大事に抱えていた本をしまって、代わりにアメルの袖を掴むと。手元を見ることもなく、その手をアメルがさっと掴んだ。
「魔性の相手をするのは面倒だ」
それでも私が困っていたら助けに来てくれるあたり、アメルは優しい。
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