夜明けの天命

Prologue >> 竜の黄昏、エピローグ。

 青く透き通った天空。

 緑豊かな大地。

 母なる海洋。


 祝福とともに生まれ落ち、愛情深く育まれ、穏やかに死に逝く命。

 何一つ欠けることなく循環する魂。




 〝私〟が作り上げた箱庭は完全で。

 満ち足りているからこそ、完璧でなければならなくて。


 そこにどうしようもない瑕疵を見つけてしまったとき。〝私〟にとって、その箱庭は無価値な失敗作と成り果てた。




「だから、全部壊してしまおうと思ったの?」

 そうだ、と答える声は届かない。

 〝私〟には、もう、言葉を紡ぐための口さえ残されていないから。

「上手くいかなかった世界なんてさっさと見切りをつけて、新しく作り直してしまえばよかったのに」


 まったくもって、その通り。

 だから〝私〟も、多くの神がそうするように、自らの失敗を〝なかったこと〟にしてしまうため、行動した。


 そう伝えたいのに、伝わらない。

 もどかしさに、だんだん腹が立ってくる。

「今ある世界を滅ぼすんじゃなくて放っておけばよかったのに、って言ってるの」

 ……そんなことは、考えてもみなかった。

「神様のくせに責任感が強いのね。……それとも、神様?」

 見た目通りの幼い仕草で首を傾げた少女が、興味本位という内心を隠そうともせず、身を乗り出してくる。

「あなたが作った世界は全部あなたのものなんだから、もっと傲慢に振る舞えばよかったのに。どうして、箱庭で暮らす人々に〝神をも殺せる力〟なんて与えたの?」

 ……そんなものは、与えていない。

 現に〝私〟は滅びていない。

 ここにこうして、生きている。

「でも、もう何もできないじゃない。それって〝生きてる〟って言える? 少なくとも、神様としてのあなたは死んだんじゃない?」

 それは――。


「まぁ、たとえあなたにもう一度立ち上がる気概きもち権能ちからが残っていたとしても、私がそうはさせないんだけどね」

 これから、きっとながい付き合いになる。

 だからせいぜい仲良くやりましょうよと、そう言って笑う少女の幼い容貌かおだちは、〝私〟を砕いた女のそれと、よく似ていた。

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