【第5話】 マクガフィン

   【  現実世界  14:40  】

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   株式会社ハケン・キャスト本社ビル

         西棟5階 

       営業部架空営業課トゥルーマン

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 マクガフィンとは、元々はフィクションにおいて登場人物や話を動かすキーアイテムを指す作劇用語である。

 それは、物語上きわめて重要な立ち位置にはあると同時に、本質的には他の物で代替可能であるという性質を持つ。

 例を挙げると、物語において怪盗が盗み出す『宝石』。

 価値ある宝石があるから怪盗はそれを盗もうとする、警察や探偵は犯行を防ごうとする。キャラクターを動かす動機として『宝石』は、間違いなく物語の重要な役割を担うアイテムである。

 と同時に、それは必ずしも『宝石』である必要はない。

 盗み出されるものが、宝石ではなく高価な美術品であったとしても、物語の本筋に与える影響は極めて少ないのだ。


 重要、なれども、かけがえのないものではない。

 この宝石、或いは高価な美術品を指す用語が、即ちマクガフィンなのである。


 けれども株式会社ハケン・キャストにおいて、『マクガフィン』は原義とは少々異なる使い方をされている。

 それは具体的なアイテムの総称だった。

 支援部架空支援課唯一の職員──〈発明王〉エンジンが開発する、物語を押し進める強制力ルールを持ったアイテムを指して、便利道具マクガフィンと呼んでいるのだ。


「ま、要は『ドラえもん』の秘密道具ですよね。ハイ!」


 架空営業課職員トゥルーマンザビン・エットワットは、自分で丁寧に説明を積み上げた末、結局そんな趣のない総括をした。




 ザビン・エットワットは架空社員イフでありながら、まるきり普通の若い営業職のような見た目をしていた。

 服装はネイビーカラーのスーツとブルーのネクタイ。髪は黒の七三で、遊びのない眼鏡を掛けている。


 だからこうして、徳川とザビンがオフィスの片隅で向かい合って言葉を交わしている様子は(架空営業課のあるここ5階は、階層によっては殆ど異世界の様な内装レイアウトになっている西棟の中で例外的に現実色が強く、殆ど東棟のオフィスと同じ見た目であるというのも相まって)奇妙に現実感がある光景になっていた。


「なんて。便利道具マクガフィンの説明など、支援課課長には釈迦に説法でしょうか?」


「んむ。まぁ、流石にな」


 徳川は腕を組んだまま頷く。


 そう、ザビンは一見するとニッコリ笑顔の新社会人、好青年。

 しかしよくよく見れば眼鏡の奥の目は細く鋭く、徳川は油断ならない印象を受けた。

 悪く言えば、胡散臭い──はきはきとした喋りやニコニコと張り付いたような笑顔が、その印象を強めるのに一役買っている。


 尤もそれは、疑念という名の先入観の仕業かもしれなかった。

 田中の話によれば『針が12時を指す前に』に営業をかけたのはこのザビンという男である。

 つまり春木落葉と鈴蘭涼は、彼の話を聞いて完結代行を依頼した訳だ。しかし『針が12時を指す前に』の2人は、完結代行について誤解している節がある。


(コジカの考え通り〈二刀流〉ジョー・ハウンドの派遣ミスが上層部によって仕組まれたものだったとすれば、完結代行に纏わる誤解という『前代未聞』もまたそれに関連している可能性が高い)


 2人は誤解させられた? 

 つまり、騙された?


(……ザビン・エットワットは上層部側かもしれない)




 架空営業課を訪れてザビンを見つけた徳川は、そういった疑いは伏せた上で『ザビンが取ってきた仕事で派遣ミスが発生したこと』と『その調査をしていること』だけを簡潔に伝えた。するとザビンがおもむろに『マクガフィン』について語り出したというのが、今に至る経緯である。

 ザビンの真意はまだわからない。

 便利道具マクガフィンが、本件と何か関係しているのだろうか。


 〈発明王〉エンジンの生み出したアイテムマクガフィンは、ハケン・キャストの一部業務で活躍している。

 といっても、勿論それらはあくまで架空のアイテムでしかないので、現実の社員に直接恩恵を与える訳ではなかった。

 例えば、徳川が『空飛ぶ靴』を履くことはできない。(ただし、西棟で社内デバイス安全装置を手放して履けば、その限りではないのだが)


 ここで言う一部業務とはSS課の業務、キャラクター派遣サービスのことである。

 SS一課及び零課には同じウタカタセカイに派遣することができないという問題があったが、アイテムである便利道具マクガフィンにはその制約がない。


 例えば、ウタカタセカイの派遣社員が支援課職員ゴーストライターと通信するためのインカムも、便利道具マクガフィンの一つだった。


「──なんてことは、我が社の社員なら全員知っていると思うが」


「ハイ、確かに! 少々失礼な前置きだったかもしれません。ただ弊部ウチの田中部長に以前『マ、マフィン……?』といった反応を頂いたことがありまして、念の為させていただきました!」


「む……」


 本当にどうしようもない奴だな。

 なんとなく謝りそうになったが、よく考えると徳川にそんな義理はなかった。


「では本題になりますが、こちらはご存じでしょうか?」


 ザビンはネクタイをくるりを捲って見せた。そして、その下に隠されていたコインネックレスが姿を見せる。

 コインには、どこか既視感のある人の顔が刻まれていた。


「……『真実の口』か」


 それはローマの有名な石の彫刻のミニチュアだった。

 ザビンはパンと手を鳴らす。


「ハイ! その通り、此方はかの有名な『ローマの休日』にも登場しました『真実の口』にございます。円状の石に刻まれし海神オケアノスの顔面は人の嘘を許さず、口に手を入れた嘘つきめの手首を食いちぎる──なんて物騒な伝説もある、あの『真実の口』にございます。といってもこれは、それをモチーフにした便利道具マクガフィン。徳川課長は、こちらご存じで?」


 ザビンはネックレスの紐を摘まんで持ち上げ、クルクルと回転させる。


「すまん、初耳だ。どんな効果の便利道具マクガフィンなんだ?」


「フフフ、『真実の口』は、身に着けた者が嘘を吐けなくなるという便利道具マクガフィンなのです。我々架空営業課トゥルーマンは、社より営業に出向く際にこれの着用を義務付けられております。ですからマンなのです。ハイ! もっとも、普段から身に着けている変わり者は課でも私くらいですがね。いや、私『胡散臭い』などとよく心外な評価されますので、『正直者』である客観的な保証がありがたいという事情がありまして」


 そして満面の笑みを浮かべてザビンは宣言した。


「さて、前提は終わり。私は『針が12時を指す前に』に出向き、弊社の完結代行サービスについて、確かに先方へ嘘偽りなくお伝えしました、ハイ! しっかりと記憶しております!」


「それは、間違いないのか?」


「ハイ、この『真実の口』に誓って! 疑いは晴れましたか徳川課長?」


 細い眼を更に細めて笑うザビンは、まるで獲物を蛇のように見えた。

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