第二章 プロット・クーポン

神は、哲学してはならない

 デウス・エクス・マキナ。

 ──そう呼ばれる演劇技法がある。


 古代ギリシアの演劇において度々用いられたそれは、劇が収拾のつかない散らかった展開になってしまった終盤、絶対的な力を持つデウスが突然現れて全てを解決し、物語を完結させるというストーリー技法であり。


 言ってしまえば、夢オチの様なものだった。


 神に扮した役者スター舞台装置マキーナで登場する。

 故に機械仕掛け(から)の神デウス・エクス・マキナ

 その歴史は古く、そして古くから『苦し紛れの解決』として、様々な批判を受けてきた手法であった。





 SS零課には〈ゴッド・ハンド〉キセキという職員がいる。


 彼は凄腕の名医という設定で、如何なる怪我も病気もたちどころに治してしまう。

 もし予定通り彼が『針が12時を指す前に』へ派遣されていれば、1ページで落葉と涼の病は治されていただろう。

 全ての問題が強制解決し、二人は晴れて退院。

 そこで、この物語は完結する──それ以上やれることがなくなるからだ。


 他には、例えば〈破壊神〉ガギラ。


 彼女は身長100メートルを越す大怪獣であり、派遣された先の世界を踏み鳴らし蹂躙する。

 彼女が『針が12時を指す前に』に派遣されたなら、1ヶ月で、或いは1ページで……落葉と涼の命──どころか、日本全土が終焉を迎えていただろう。

 物語は完結する──それ以上やれることがなくなるからだ。


 他にも例えば、〈黒幕〉スパイシメア・チェックメイト。

 例えば、〈アバター〉メアリー・スー。

 〈語り部ナレーター〉、〈マーダー〉、〈サプライズニンジャ〉、〈名探偵〉……。


 その技法を実践する時に、デウスの役割を担うのが、必ずしも神である必要はない。 

 物語を完結ブレイクできる物語力はかいりょくさえあればいい。


 完結代行サービスとは──。

 スターシステム部零課の業務とは、要するにそういうものだった。


 故に機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ

 いわば荒療治。絶対に完結しようのないはずの作品に『無理やりオチをつける』為に投じられる、劇薬だった。







 

「俺は誰だ?」


 2077年──3年前、一柱のデウスがそう問うた。

 SS零課じぶんの仕事に違和感を覚えていたその神は、取り付けられた安全弁を突き破り、ついにその禁忌タブーへとぶち当たったのだ。


「他人の世界で土足で暴れて、台無しにして……ずっと『やりたくないこと』をしている。なのに改めて振り返ると、その過去以外に、自分を定義できるものがないんだ」 


 神は、己の創造主たる人の子に問う。


「答えてくれ、俺は誰なんだ?」


 人の子は、マニュアルを片手に答えた。


「や、『やってきたこと』だけじゃありません。○○さんの活躍を、世界中の人々が望んでいます」


「じゃあ……その『やってほしいこと』が作っていく未来ってのが、俺の正体か?」


 神は人に望まれてこそ、在る。


「そ、そう答える人もいます」


 人の子は、マニュアルを捨てて答えた。


「け、けど、私が思うに……大切なのは、『何をやってきたか』じゃなくて、『何をやって欲しいと思われてるか』じゃなくて──」




「『何をやりたいか』……それこそが○○さんだと、私は思います。イコールだと思います。だ、だから、此方から聞かせてください」


 人は神に問いかけた。


「あなたは、誰ですか?」

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